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明らかにカツラのおっさんにそれってヅラですよね?と聞いてみた

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町中で、明らかにカツラのおっさんを見かけたとき、口元がムズムズしてくるのは俺だけだろうか。
生え際、毛の量、質。どこをとっても故パンチョ伊東氏や例の原発保安院の男性のような頭を目にすると、ひどく胸がざわついてしまうのだ。バレバレですよと教えてやりたい!
みんな、同じ気持ちのはずなのに口にしないのは、怒られるんじゃないかという怖れと、わざわざ指摘するなんて可哀想という憐憫のためだと思う。でもそれって正しいのか。俺だって、デブやチビ、ハゲといった肉体的欠陥をあげつらうのは、人としてどうかと思う。子供のイジメみたいなもんだ。
しかし、ヅラがバレバレだと教えてあげることは、今後の改善につながるありがたいアドバイスなのではないか。いわば、チャック開いてますよ、スカートめくれてますよ、などと同じ種類の。
「失礼ですが、それってヅラですよね?」
俺の勇気は、その場では煙たがられても、いずれ感謝されるに違いない。東京・上野は初夏を思わせる陽気に包まれていた。通りには、すでに半袖姿の人たちがあちこちで見受けられる。駅の周辺をてくてくと歩きながら、行き交う男性の頭を注意深く観察すること小一時間。最初のターゲットが現われた。50代後半と思しきサラリーマンで、オールバック気味の七三分けが、「太陽にほえろ!」の殿下を思わせて粋だ。が、悲しいかな、生え際がマジックで線を描いたようにクッキリしている。まるでヘルメットじゃん。すぐに後を追う。が、今さらになって心臓がバクバクしてきた。いきなりブチ切れられたりしないよな…。スー、ハー。大きく深呼吸してから男に声をかける。
「あの、すいません」
「ん、なに?」
人の好さそうな笑顔が返ってきた。さあ、言うぞ言うぞ。
「それってカツラですよね?」
一瞬、男性はキョトンとした表情を見せ、それから訝しげにこちらをにらむと、返事もせずにスタスタと歩き出した。気分を害したらしい。追いかけるように横に並び、さらに言葉を投げかける。
「カツラってわかりますよ」
「……」
無言の男性はこちらを振り向くことなく、競歩のようなスピードでそそくさと駅の構内に消えていった。続いて、アメ横の年季の入った洋品店で、恰幅のいい初老の男性に目が止まった。もろヅラだ。
ハゲた部分がヅラの守備範囲を大きく上回っているせいで、ところどころ地肌がむき出しになっている。頭のてっぺんはふさふさなのに、横や後ろはすだれ状態って、あなた。何がなんでも忠告しないと。オッサンが店から出てきたタイミングですっと側へ近寄る。
「あの、それカツラですよね」
恐る恐る尋ねる私を、オッサンはキッとにらんで立ち止まった。
「いきなり何を言いだすんだ。非常識だろ」
「いや、カツラのサイズが合ってないんじゃないかと…。地肌が見えてますよ」
「え?」
一瞬、慌てたように手ぐしで髪をセットするオッサンだったが、鏡がないので状態は悪化するばかりだ。あちゃ〜。
「いや、それだと余計に…」
途端にオッサンの声のトーンが荒くなった。
「オマエちょっとオカシイだろ! 
だいたいね、初対面の人間にそういうこと言いますか? 私だってね、かぶりたくてかぶってるわけじゃないんだよ」
「いや、かぶるのはいいと思うんですが、あまりにバレバレなので…」
「何様だこの野郎! もうあっち行けよ!」
うーん、どうもアドバイスとは受け取ってくれないみたいだ。立ち飲み屋が並ぶ入り組んだ路地で、怪しいオッサンを発見した。たっぷり過ぎる毛量といい、風にピクリともなびかない石のような質感といい、ヅラとしか思えない。自販機でお茶を買っているところに接近だ。
「違いますよ」
ちょっと驚いた様子で、しかし男性はキッパリと言い切った。またまたぁ。そんなウソついても騙されませんよ。
「これ、植毛したんですよ。…どっか変ですかね?」
ほう、植毛だったか。なるほどカツラじゃないな。そいつは失礼しました。
「そうでしたか。てっきりカツラかと」
「そっかー、やだなぁ」
髪を横に縦にとなで回しながら彼が言うには、以前、頭頂部の髪がほとんど抜け落ちてしまったため、180万もの大金をつぎ込んで植毛手術を受けたらしい。
「自分では元通りになったって喜んでたんだけどね。でもカツラっぽく見えるならガッカリだなぁ」
 心底残念そうにため息を吐いている。さすがの俺も気の毒になり、ペコリと頭をさげた。
「すいません、なんか余計なことを言ったみたいで」
「ううん、いいよ。君が教えてくれなかったら気づかなかっただろうし。近いうちにクリニックに行って相談してくるよ」
 これぞ、当初の目的を達成した形だ。でもあまり大金をつぎ込まないようにね!間もなく、またもやヅラレーダーに不審人物が引っかかった。このオヤジさん、頭頂部とそれ以外の部分の毛色がまったく違うじゃないか。駅構内に入ったところで声をかけると、男性は少し間をおいてから笑顔を見せた。「そうですよ」
おっと、あっさり肯定するとはいさぎよい。
「毛の色が違うんで、きっとそうなんじゃないかなって思ったんですよ」
「へえ、そうですか。完全に薄くなってからつけ始めたので、会社の同僚はみんな知ってるんですよ」
「反応はどんな感じですか?」
「別にフツーですよ。若い女性には、若返りましたねって言われますけど」
ヅラってのは変に隠そうとするより、この人みたいに堂々と、メガネやめてコンタクトにしましたぐらいの態度で使い始めたほうがいいのかも。当人にとっても周囲にとっても。大通りの歩道で、中年男性の神々しい後頭部が飛び込んできた。あのびっちり四角い七三のフォルム、ボリューム過多の毛量はヅラに間違いない。
「それってカツラですよね?」
「いやいや、違うよ」
何がオカシイのか、オッサンはニヤニヤと笑って手を振った。ウソだ!こんな不自然な髪型あるわけがない。
「ははは、本当だって。ちゃんと生
え際見てごらんよ」
お言葉に甘え、目を近づけてチェックした。確かに毛は1本1本、頭皮の毛穴から生えている。このオジサン、恐ろしく毛が太くて多いだけだったのだ。あーらら、やっちゃったよ…。
「失礼しました…」
「ハハハ、俺には誰も直接言ってこないけど、たまに友だちが『あの人ってカツラですか?』って聞かれるみたいだよ。まったく失礼しちゃうよな。なんでみんな間違えるかなぁ」
たぶん、というか間違いなく髪型のせいです。同じ歩道には、かなりパンチの効いた外見のオヤジも歩いていた。鳥の巣のようなくるくるパーマのかかったカツラをてっぺんにちょこんと乗せ、横や襟足はストレートのまま無造作に伸ばしている。フタを取ったら落ち武者スタイル確実だ。
「えーー? 私がー? ふふ、違いますけどー」
違いませんって。それがヅラじゃなかったら切腹しますよ。
「いえ、カツラですよね」
「違いますよー」
オヤジはニヤニヤしたままだ。どこから来るんだ、その自信は。こっちもムキになってきた。急所を突いてやる。
「あのう、オデコのところ、少しめくれ上がってますよ」
「え……」
 オヤジの目が中空を見つめた。
「……買ってから時間が経ったからなぁ。傷んじゃったのかなぁ」
「そうかもしんないですね。また買い直せば大丈夫だと思いますよ」
「そうだなぁ」
虚ろな目をしたオヤジは、夢遊病者のようにふらふらと立ち去っていった。喫煙所でレーダーが反応した。 推定年齢40才。キッチリ横分け、定規で線を引いたような生え際が目にまぶしいパンチョタイプのカツラである。光沢がありすぎて鉄腕アトムみたいだ。ただ問題は、ずいぶんと怖そうなお方なことだ。これまでの相手とはちょっと顔つきが違う。こいつは勇気がいるぞ。
「すいませーん。それってカツラですよね?」
いきなりの問いかけに男性はサッと色を失い、すぐに眉間にしわを寄せてこちらを見据えた。
「は? カツラじゃねーよ」
こいつは手強そうだ。
「ホントですか。カツラにしか見えませんけど」
チッと舌打ちが聞こえた。
「おめえ、何なんだよ。カツラじゃねえっつってんだろうが!」
「ちょっと触っていいですか?」
「ダメに決まってんだろ、バカ!
あっち行けよ!おちょくってんのか?失礼なヤツだな。おい!」男性のこぶしが俺の肩にめり込んだ。痛ってぇ〜。
「今度わけわかんねえこと言ったらマジでぶっ飛ばすぞ」まったく、こういうことがあるから、みんなアドバイスしたがらないんだよな〜。駅のホームに立っていたのは、カツラを被っていたころの故青島幸男そっくりのオッサンだ。
「すいません。それってカツラですよね?」
オッサンの反応は、本日で一番、予想外なものだった。
「おっ、何や、わかったか!」
ニカっと笑い、えらく楽しげである。なんだなんだ?
「いや、ちょっと、わかりやすいカツラだったもので」
「そやろな。ワシもこんなん被りたないもん。今日みたいな日は特に蒸れるしな」
「でも、いつもつけてらっしゃるんですよね?」
オッサンは大げさに手を振った。
「いやいや。普段はつけてへんよ。仕事で得意先に出向くときとか、フォーマルな場だけや。エチケットっちゅうやっちゃな」
陽気なオッサンは関西で小さな会社を経営していて、昨日から出張で東京に来ているのだという。そんなわかりやすいヅラをつけて営業にいったら、先方にムダなプレッシャーを与えると思うのだが、この際、黙っておこう。
「カツラ歴は長いんですか?」
「もう30年近くになるかな。いまはピンでしっかり留めるタイプのやつやから安心やけどな、昔のはごっつしょぼくてな」
ヅラトークの機会が珍しいのか、オッサンは乗るべき電車を1本見送ってまで語りつづけた。
「むかし、住んでたマンションの共有玄関から外に出ようとしたきにな、突風が吹いてカツラもブワァーと飛んでいってしもたことがあるねん。ブワーって。漫画みたいやろ。あれにはさすがに血の気引いたわ。ほんでな…」
さすが関西人、コンプレックスを笑いに変えてくる。将来ヅラのお世話になる日がきたら、この人を見習おう。
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