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いきなり私事で恐縮だが、そして本ルポは最後まで私事なのだが、お許しを。
昨年の暮れ、再婚して家庭を持つことになった。妻となった女性は、俺と同じくバツイチで、彼女には当時小学2年生の、連れ子の浩太(仮名)がいた。彼女と結婚するということは、同時に浩太の父親になることでもあったわけだ。実は俺自身も、幼少期に父が再婚した関係で、現在の母に連れ子として育ててもらった身だ。実の子のように愛情を注ぎ育ててくれた母に対しては恩義を感じている。
俺が連れ子の浩太を、自分の子として育てていくと決意できたのは、そんな母の存在があったからかもしれない。さて、そんなわけで家族3人、これまで、仲良く幸せな家庭生活を営んでこれたわけだが、一つだけ、心に引っかかっいることがある。いまだに浩太が、俺のことを「お父さん」呼んでくれないのだ。浩太と出会ったころ、彼にとって俺は、ママの友達のタネちゃん」だった。
「ねえねえ、タネちゃん。この絵、ちょっと見てみて」
「タネちゃん、日曜日遊ぼうよ」
このように、浩太は俺のことをタネちゃんと呼び、そして今もまだそのままなのだ。母親と2人で暮らしてきた浩太にしてみれば、突然、目の前に現れた母の友人「タネちゃん」が、自分の父親だと言われても、そう簡単に受け入れられないかもしれない。その子供心はわかる。
ただ、今のうちに「お父さん」と呼ぶ癖をつけておかないと、将来もずっと「タネちゃん」のままになり、いびつな親子関係になりそうなのが心配だ。何より、俺自身が、浩太を自分の子として育てる覚悟をしただけに、お父さんと呼んで欲しいという気持ちを少なからず持っている。読者のみなさんにはあらためてお許し願う。限りなく個人的な、多くの人にとって無関係なテーマであることは十分承知の上で、当ルポを進めていきたい。なんらかの策によって、妻の連れ子は俺をお父さんと呼んでくれるのだろうか。浩太はこの春小学3年生になったばかりだし、周りの子供たちと比べても素直なタイプの子供だと思う。ストレートに「お父さんと呼びなさい」と一言伝えれば、素直に従ってくれるはずだ。もしくは、妻に「お父さんって呼ぶように浩太に言ってくれないか?」と働きかける手もある。妻と浩太の繋がりは強いので、おそらくこの方法が最も簡単に目的は達成されるだろう。
だが、それは違う気がする。多感な時期の子供に、このようなデリケートなことを強制してはいけないと思うのだ。なのでまずは妻から教育することに決めた。そう実は妻も俺のことを「タネちゃん」と呼んでいるのだ。この関係が浩太に与えている影響は大きいだろう。お母さんがタネちゃん呼ばわりしている男を、お父さんと呼ぶわけがないじゃないか。
夜、浩太が寝静まった後に、妻に話を振ってみた。
「なんかさ、普段、俺のことタネちゃんって呼んでるじゃん? その呼び方、そろそろやめてもいいんじゃない?」
「え、なんで?」
「なんか変じゃん。タネちゃんて。お前の苗字だってタネイチになったんだしさ」
「まあ、確かにね。じゃ何て呼べばいいかな?」
「お父さん、とかでいいんじゃない?」
「え〜、お父さんか。…まあいいけど」
何だか不満そうだが、一応は納得してくれたみたいだ。翌日から妻に変化が現れた。俺に用があるとき、タネちゃんとは呼ばなくなり、「ねえ、ねえ」とか「あのさあ」などと呼びかけるようになったのだ。なんだろう、照れ臭いんだろうか? それじゃ意味ないんだけど。とりあえずは、「タネちゃん」がなくなっただけでもよしとするか。実にナイスな方法を思いついた。これまで、浩太と普段の会話をするときの俺は、自分の一人称に『俺』を使ってきた。例えば、
「浩太、俺の携帯知らないか?」とか、
「俺はこれから仕事だから、浩太は先に帰ってなさい」
てな具合だ。その一人称を「お父さん」に改めればよいのだ。さっそくその日から試してみることにした。夜、帰宅してすぐにダイニングの自分の席に座ると、浩太が部屋から顔を覗かせた。
「おかえりー」
「ただいま。お父さん、お腹減ったな〜。浩太もお腹すいただろ?」「うん。今日ね、これ作ったんだよ」
牛乳の紙パックで作った工作物を見せられた。お腹減った発言は完全にスルーだ。
「何なのそれ? お父さんに貸してよ」
「電車だよ。はい、貸してあげる」
「ふーん、上手にできたね。お父さんにくれるんでしょ?」
「ムーリー!」
これだけお父さんを連発していれば変化に気付いてもいいはずだが、浩太はその直後、「ねえねえ、タネちゃん、これ見てよ」と言いながら、別の工作物を差し出してきた。翌朝、朝食の時間にも攻撃の手は緩めない。
「浩太は目玉焼きと卵焼きどっちが好き?」
「ボク目玉焼き!」
「お父さんは卵焼きが好きだな〜」
「ふーん。タネちゃん、おしょうゆ取ってください」
 なかなか難しいな。しかもなぜか丁寧語になっちゃってるし。まあいい。そんなにすぐには変わらないだろうからな。一人称お父さん作戦は、今後も継続していこう。次はサザエさん作戦だ。あの一家の大黒柱である波平は、サザエ、カツオ、ワカメから「お父さん」と呼ばれている。一話のうちに何度かは「お父さん」発言が登場するように思う。浩太と一緒にサザエさんを見ながら、波平が「お父さん」と呼ばれるシーンのたびに、「いいな〜」とボソッとつぶやいてみるのはどうだろう。世の中の家族はみんなお父さんのことを「お父さん」と呼んでいて、それを俺がうらやましがっていることを知らしめるのだ。浩太はアニメなら基本的に何でも好きなので、絶対に食らいつくはずだ。翌日の朝。浩太が自室の布団からノソノソと起きてきて、ダイニングの自分の席に座った。よし、それではパソコンで上映開始。
「あっ、サザエさんだ!」朝はいつもニュース動画しか流していないので、大喜びで食らいついてくれた。よしよし、読み通りだ。
『父さんが変わった』
 いつものサザエさんの声でタイトルが流れる。わざわざ波平が主役の回を選んでおいたことは言うまでもない。いつもカツオを殴ってばかりの波平が反省し、優しい父になるものの、優しくなった波平に周囲も自分も違和感を感じはじめ、結局、元の怒りっぽい波平に戻って一件落着、というストーリーだ『お父さん、お背中流しましょうか?』
『おお、カツオか』
波平の盆栽を壊してしまったカツオが、反省のつもりで波平の背中を流しにくるシーンだ。浩太もニヤニヤ笑っている。
『は〜ありがとう、カツオ。気持ち良かったぞ』
『お父さん、もう少し念入りに洗いましょう』
このカツオの自然なお父さんという呼び方はどうだ。まったく素晴らしい。
「お父さん、か。いいな〜」
わかりやすく大きめの声でアピールしてみたつもりだが、浩太はサザエさんに集中していて、まったく気付いてない。その後も、カツオが波平のことを『お父さん』と呼ぶたびに、「お父さんだって」とか「いい親子だなあ」などとコメントしてみたが、浩太の反応は一切なし。完全にアニメの世界にどっぷり入ってしまったようで、食い入るように画面をみている。これ、効果あるんだろうか。やはり、浩太が自発的にお父さんと呼ぶには、俺自身が父親らしさを見せる必要があるとおもわれる。普段から、休日は一緒に公園で遊んであげたり、宿題を一緒に考えてやったりと、世間並みの行動をしているつもりなのだが、まだ父親らしさが足りないのだろうか。もう少し浩太にはわかりやすい方法が向いてるのかもしれない。一緒に公園に行き、キャッチボールをしてみてはどうだろう。ボールを投げるときに繰り返して名前をコールすれば、自然とつられて呼び合いに発展させられるんじゃないか?
「次はお父さんが投げるぞ、ほら浩太!」
「次はボクが投げるね、はい、お父さん!」
理想はこんなイメージだ。週末、朝食を食べ終えたタイミングで誘ってみた。
「浩太、久々にキャッチボールでもしようか?」
「え!?タネちゃん、お仕事休みなの? 公園行く!」ということで、自宅からすぐ近くの公園に向かった。浩太はまだ野球のボールが上手く扱えないので、サッカーボールを使ったキャッチボールだ。
「じゃ、お父さんから投げるぞ」
「うん」
「ほれ、浩太!」
パシ!ボールをキャッチした浩太が、そのまま無言でボールを投げ返す。
「お、前よりうまく投げれるようになったな。じゃ次はお父さんな、ほい浩太!」パシ!「あっ!」
ボールを取り損ねて転がったボールを、取りに走る浩太。
「タネちゃん、もっと弱く投げて〜」
 やっぱりタネちゃんだな。
「ゴメンゴメン、お父さん次は弱めに投げるよ。ほれ浩太!」パシ!
「よし、浩太、そこから投げれるか?」
「うん、やってみる!」
 またもや無言でボールを投げ返す浩太。
「じゃ、次はお父さんな〜。はい、浩太!」パシ!
「浩太!投げるときは声出して行こうか!」
「うん!おりゃ〜!」
まったくもって意図が伝わってないみたいだ。一朝一夕にうまくいくとはさすがに思っていなかったが、以上の作戦は実に2カ月にも渡って繰り返され、それでも成果のないまま夏をむかえてしまった。そんな折、たまたま実家に用があって電話したとき、母親にこの悩みを打ち明けてみた。
「タネちゃんはないと思うんだよね」
「あはは、タネちゃん、いいじゃない」
「いやー、今は笑ってられるけどさ。将来困るじゃん」
「なにも困らないわよ。だいたいあなたも私のこと、おばちゃんって呼んでたわよ」
え?俺が今の母と出会ったのは5才前後のころだ。正直、当時の記憶はかなり薄れている。唯一はっきり覚えているのは、どこか座敷のあるお店で、父親の隣でご飯を食べていた母の姿だ。これからお母さんになるという説明があったのかなかったのか、そこまではわからない。なぜ知らない女の人がそこにいるのか、不思議、というほどではないけれど確かにヘンなカンジがその場にはあった。
「おばちゃん、おばちゃんって、1年ぐらいずっとそう言ってたじゃない」
「ほんとに?」
「そうよ、覚えてないの?」
5才の少年にしてみれば、たとえ一緒に暮らし始めようとも、母親として接してくれていようとも、おばちゃんはおばちゃんだったのだろう。
「じゃ、俺にお母さんって呼んでほしいと思ってたりした?」
「そうねえ。最初のころは寂しかったけれど、そのうちお母さんて呼ぶようになったでしょ。あなたたちだって自然と親子になるのよ」
俺はなにをきっかけにお母さんと呼ぶようになったのだろう。いや、たぶんきっかけなんてものはなく、それは自然なことだったのだ。一緒に暮らすうちに、照れや恥ずかしさ、実の母親への申し訳なさのようなものが消え、お母さんをお母さんと呼べるようになったってことだと思う。5才ですら1年もかかったのだ。いろんな感情を身につけた3年生の浩太にその〝自然〞が訪れるのは、もっともっと先のことだろう。お父さんと呼んで欲しいなんて要求は、単なる俺のエゴでしかないのかもな。というわけで、いまも浩太は無邪気な3年生のままだ。
「ねえ、プール連れてってよ。すべり台のあるとこ」
「ああ、俺そういうの苦手なんだよ。怖いじゃん」
「タネちゃん怖いんだ。意外だね」
今朝の会話はこんな感じだった。