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おれは裏モノでこんな企画を行ったことがある。街中でカツラ男性を見かけるたび「それってヅラですよね」と指摘するという内容だ。失礼きわまりないこの行動は、決してカツラであることをからかおうとしたのではない。ヅラがバレバレであることをあえて伝え、事態の改善を促すことが目的だった。もうちょっと自然なカツラに変えたらどうですかと。しかしあれから数年、事態はまったく好
転しない。相変わらずモロバレなカツラーたちは威風堂々と街を闊歩しており、周囲にヒミツが漏れているとは夢にも思ってない様子だ。これ以上、不幸な状況を放置するのは良心が許さない。いま一度、おれが立ち上がらねば。
JR上野駅にやって来た。都内の数あるエリアの中からこの地をピンポイントで選んだのにはむろん理由がある。ずさんな造りのカツラ、つまりモロバレのヅラを着用している連中が飛び抜けて多いのだ。きっと上野には彼らを呼び寄せる磁場のようなものがあるのだろう。すれ違う男性の頭部に視線を飛ばしながら構内を巡回するうち、さっそく1人目のターゲットをホームで発見した。
40後半らしき長身のサラリーマンで、どこか知的な印象を与える風貌。が、一転、生え際に目をやれば、定規で線を引いたような案配で不自然このうえない。ヅラバレの典型ともいえるパターンだ。これはほっとけませんよ。すっと近づき、周囲に聞こえないよう小声で話しかける。「あの、すいません」
「はい?」
「失礼ですけどそれってカツラですよね?」
中年男の柔和な表情が一瞬にしてこわばった。
「いえ、違いますけど」
「え、そうなんですか? でもそれカツラに見えるんですけど?」
「だから違いますって」
「生え際が不自然なんです。普通、髪の毛ってそんな風に生えないと思うんですけど」
指摘すると、男性はいたわるような手つきでヅラに触れ、眉間にシワを寄せた。
「あのさ、アナタいきなり何なの? たしかにカツラだけどそれがなにか問題あるわけ?」
おっと、ようやく認めたな。
「カツラをかぶるのは別に構わないんです。でも、バレバレなのが問題でして」
「は? 何それ?」
「ですから、もう少しバレにくいカツラに変えたほうがいいんじゃないかと」
男性が卑屈な笑みを浮かべる。
「もういいです」
「あと前髪のボリュームにも違和感が…」
「もういいってば!」
男性は逃げるようにどこかへ立ち去った。それからしばらく後、高崎線のホームで丸っこい肥満オヤジが目に止まった。これまたかなり主張の強いヅラだ。てっぺんや後ろはやけにもっさりしてるのに、側頭部の毛が異常に少ない。ヅラがサイドのハゲをカバーしきれてないようだ。さらに突風にでも遭ったのか、頭頂部の髪が思いっきりめくれ上がっており、ヅラの頭皮に相当するメッシュ部分がムキ出しに。ひどい、見てらんないよ。すかさず声をかける。
「あの、失礼ですけどそれってカツラですよね」
カッと目を見開いたまま、おっさんがゆっくりと振り向く。よもや他人からそんなことを言われるとは想像すらしてなかったのだろう。まるで幽霊でも見るような表情だ。
「な、何でそう思ったの?」
「見た瞬間わかりますよ」
「…あそう。でも別に気にしてないから」
え、バレてもいいんだ? だったらこれ以上、おれがとやかく言う筋合いはないな。不安そうにオッサンが声を発する。「で、どこが不自然だった?」やっぱ気にしてんじゃん!
「まず頭頂部の毛がめくれあがってカツラの地肌が見えてますよ」
「えっ!」慌てて髪をなで下ろしながらオッサンが続ける。
「他は? あとはどこが変?」「側頭部と他の部分にすごくギャップがありますね」
 悲痛な叫びが上がった。
「ああ〜〜やっぱそうか。そうだよね。最近、横の毛が薄くなってきたからちょっと不安だったんだよな。…そろそろ新しいのオーダーしなきゃダメだね」
うんうん。こういうセリフを聞くと、こちらもアドバイスのしがいがあったってもんだ。すぐに活動を再開したところ、ホームの自販機近くで怪しいサラリーマン(40代半ば)を発見した。前頭部から頭頂部にかけては異様なボリュームと光沢のある髪で覆われているものの、両サイドにハゲが露出しており、えり足の髪もパサパサ。いかにも、ヅラをかぶってます感がハンパない。
「あの、すいません。それってカツラですよね?」
オッサンはのっけから敵意を剥き出しにしてきた。
「無礼だな。他人に向かってよくそんなこと言えるね?」
「いや、バレバレだから別のカツラに変えた方がいいかと…」
「それが無礼だろ。なんでアンタにいちいち指摘されなきゃいけないんだよ。言っていいことと悪いことがあるだろ」
「はい。ただ、人に言いにくいことを言ってあげるのも、優しさなんじゃないかと」
ここでオッサンのテンションがトーンダウンした。
「…まあ、アナタがバレバレと言うならきっとそうなのかもね」
「いまの頭の状態にちゃんと合うものにすれば多分、大丈夫だと思いますよ」
「ああ、わかったよ。怒って悪かったね」
いいんですって、趣旨を飲み込んでくれたのなら。良いカツラが見つかるといいですね。またしてもレーダーが不審者をキャッチした。絵に描いたようなもろヅラだ。60半ばはいってそうなオヤジさんが、バッティングヘルメットのような物体をすっぽりかぶって澄ましている。出動だ。
「すいません。失礼ですけどカツラをされてますよね」
「ええ、そうですよ」
ケロッと答えるオヤジさん。ずいぶんいさぎのいい人だ。
「実は端から見ててバレバレなので、忠告したかったんです」
オヤジさんから笑みがこぼれる。
「ああ、なるほどね。あまり人からそんな風に言われないから最初ビックリしちゃった」
「すいません」
「いや、いいのいいの。僕の周りはみんなカツラのこと知ってるから」
「でも知らない人にバレちゃうとイヤじゃないですか?」「価値観の問題じゃないですかね。僕はハ
ゲ頭を見られるより、カツラをかぶってた方がいいから。オシャレのつもりなんだな」
そう言ってヅラをぺろっとめくって見せるオヤジさん。素直なばかりか茶目っ気もあるようだ。
「でもね、アナタのそういう親切心はすごくうれしかったな。言いにくいことを言ってくれてありがとうね」改善を促すアドバイスはオヤジさんにとって不要だったみたいだが、こちらの意図をちゃんと理解してくれたのは素直にうれしい。他のカツラーもこの人みたいだったらいいのに。
上野の街中へ繰りだしたところ、アメ横の雑踏で、周囲に違和感をまき散らしながら歩くオッサンと遭遇した。ヘルメット型カツラの中でも最強種と言われる、前髪がひさしのように盛り上がっているやつだ。なんであんな恐ろしいものをかぶって平然としていられるんだろう。はやく正気に戻してあげないと。
「すいません、それってカツラですよね」
「そうだけど」
チラッとこちらを見たオッサンは表情も変えずスタスタと歩を進める。構わず続けた。
「周囲にバレバレですよ」
「ふ〜ん、あ、そう」
「もう少しまともなカツラをつけた方がいいと思います」
「あそう。このカツラ、マトモじゃないんだ」
オッサンは困ったような顔で考え込んでいる。今さらひさしタイプの購入を悔やんでいるのか。
「失礼ですけど、そのカツラはどこで買ったんです?」
「ん? …いや、買ったわけじゃないんだよね」
何だか奥歯に物がはさまったような言いぐさだな。オッサンが照れ笑いを浮かべ、くるりと顔を向ける。
「私ね、カツラ屋をやってるの。これも自分の店で売ってるものなんだけどさ」げげ、マジ!?
二重で失礼なこと言っちゃったよ!
「あの、すいませんでした。そんなこととは知らず…」
「別に謝らなくていいよ。でもちょっと考えさせられるよね。自分ではいいカツラだと思ってたんだけど、店のお客さんに悪いことしちゃったのかな」
はい。非常に申し上げにくいんですが、その型番は廃番にした方がよろしいかと思います。
上野公園近くの交差点で奇っ怪なヅラを発見した。ところどころ髪が変色し、全体もロウで固めたようにガビガビになっている。何というか、見る人を不安な気持ちにさせる危うい質感だ。問題は、かぶってる人がちょっと強面なことだ。推定60才。眼光がやけに鋭い。こいつはちょいと勇気がいるな。
「すいません、それってカツラですよね」
いきなりの質問にさっと色を失い、オッサンが睨みつけてきた。
「違う! バカなこと言ってんじゃないよ」
やはり手強そうだぞ。
「でもそれ、カツラにしか見えませんよ」
「バカ野郎、違うって言ってんだろうが!」
「ちゃんとしたカツラに変えた方がいいと思うんですけど。なんかゴワゴワしていかにも不自然に見えますよ」
「……」
オッサンはいったん沈黙し、やがてまた口を開いた。
「うちのカミさんにもキミと同じことを言われて、この間ケンカしたんだ。自分では大丈夫と思ってても、やっぱり他人が見るとわかるんだな。はぁ〜」
自分に言い聞かせるようにつぶやくと、オッサンはゆらゆらと人混みの中に消えていった。ひどいヅラに出くわしたのは、アメ横そばのアダルトショップだ。使用者は70近いジーサンで、頭上に未知の宇宙生物を乗っけてるような有様になっている。熱心にアナルプラグを物色しているところ、まことに恐縮だが、いざ突撃だ。
「あの、すいませ〜ん。それってカツラですよね」
やや間があってジーサンが口を開いた。
「…わかりますか」
「ええ、かなりはっきりと」
てか、これでバレてないと思ってたなら認識が甘すぎるとしか言いようがない。しかし、ジーサンは納得がいかない様子だ。
「うーん、生え際はちゃんと隠れてるし、普通はわからないと思うんだけどね」
「いや、それは…。髪型も頭から浮き上がった感じも、どう見たってカツラってバレバレですよ」
「それはアナタが目ざといからじゃなくて?」
「はい。100人見たら100人カツラだって断言しますよ」
「え〜そこまで…。でもこれ、買い換えたばかりなんだけどな」
新しくても、役に立たなければ何の意味ありません。次回はご自身にフィットするものを選んでください。立ち寄ったコンビニでレーダーが激しく反応した。なんだあのヅラは!ぴっちりとしたあの横分け、まるで能に出てくるオカメのお面じゃないか。
「すいませ〜ん、それってカツラですよね」
「ええ、そうです!」
50過ぎのオッサンが元気に答える。どことなくうれしそうに見えるのはナゼだろう。
「失礼しました。ちょっとわかりやすすぎるカツラだったので」
「はい、すいません。わざわざありがとうございます」
「ちゃんとしたものに変えた方がいいと思いますよ」
「ええ、ありがとうございます」
ペコペコと頭を下げるオッサン。しかしやはり、その表情はどこか楽しげだ。…この人、もしかしてカツラのことを突っ込まれて喜んでる? 
「こちらからカツラのことを指摘しといて何ですけど、あまり気分を害されてませんよね?」
オッサン、今度は明らかな笑顔になった。
「ええ、ええ。私、このカツラで出歩くのが好きなんです。みんなギョッとするでしょ。それが楽しくて。だからアナタみたいな反応もうれしいんです。ありがとうございました」
想像の斜め上をいく展開だ。わざとモロバレなヅラをかぶって楽しんでいるなんて。こりゃまさに余計なおせっかい以外の何者でもありませんわな。