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だだっ広い畳敷の部屋、目つきの鋭い数十人の男たちが、盆ゴザに置かれたッボを凝視し、固唾を飲んでいる。任侠映画でお馴染み、我が国独自の伝統的ギャンブルでもある丁半博打の一風景だ。しかし現在、この伝統文色は絶滅の危機に瀕し、ウワサでは、東京・浅草や神奈川県辺りで、細々と行われているだけ。バブルがハジけてからというもの、シノギの減ったヤクザには、賭場を開いたり、また参加するだけの経済的な余裕がなくなったというのがその理由らしい。また、カジノなど手軽なギャンブルが台頭してきたことも大きく影響しているというのだが…。
「やってるところは、いまだにやってるよ。それも盛大にね。私の出入りする賭場は凄いよ、一晩で2億円以上も動くんだから。どうだろ、私も通算で4干万は勝たしてもらってるんじゃないか」
そう豪語する御仁、仮にA氏としょう。彼は中部地方で開業医を営む。れっきとしたカタギながら、この2年間折りを見つけては、関西に拠点を置くN組主催の賭場へ顔を出しているという。1日で2億が動き、そして一介の町医者が4干万も勝てる鉄火場とは、いったいどんな場所なのだろう。
旅館の大広間を借り切るんだ。遊びは丁半がほとんどだけど、たまに手本引きなんかもやってるし。まあ、私なんか、あの独特な場の雰囲気が好きなだけで、他の客と比べれば、全然大したコトないよ。きっかけは、大阪に住む知人の紹介だった。強引に誘われ、恐る恐る顔を出したのが、運の尽き。元来、バクチに目がないA氏は、生まれて初めて目にする賭場に、大きな感銘を受けた。
「賭場を開くときに、サラシを巻いた胴元が大きな神棚に祝詞を唱えるんだよ。ビシっと締まるんだこれが」
確かに、各地に存在する地下カジノへ繰り出せば、2憶と言わないまでも、1日で数千万のカネが動くトコロはいくらでもある。しかし、彼にしてみれば、映画さながらの雰囲気の中、《博徒》と切った張ったを打ち交わすことが、えもいわれぬ快感なのだ。ところで、客のメンツはというと、スジ関係者はもちろんのこと、素人連中もかなりいるらしい。僧侶や、A氏とその知人のょうな医者などの小金持ちから始まり、関西の大企業の会長、社長、果ては大物俳優まで。実に多種多彩な常連の数は20人以上にも上るという。
まず客は、広間に通されると、入り口で木札を購入。むろん警察が突然踏み込んできたときの対策である。ちなみに、札は大きさの違うものが4種類あり、最小の5万円から順に、10万、50万、100万だ。
「私なんかは札の種類を組み合わせて、総額1千万くらいが限度。でも中には、札束ぎっしりのアタッシュケースを持って来る人もかなりいるからね。100万の札を山のように買ってるんだから驚きだよ」
通常、A氏が出入りする賭場は、広間に盆が2つ設けられ、一方で丁半、他方で手本引きが行われる。賭場は夜8時に開かれ、そのまま朝方までぶっ通し。休憩は一切挟まれない。
「その間はもう、修羅場。特に親分連中や企業の会長さんたちは、ー回に賭ける額が違うかりね。夏、冬関係なく、額から汗がしたたり落ちてるよ」
むろんA氏とて、額が他より少ないとはいえ、1回に高級外車を買える金額を張っている。汗をたらすのは氏も同様。特に振り師が勝色と壷を開ける際の緊張はハンパではない。
「もう、命が縮む思いというか、それこそ漏らしちまいそうになる。とにかく生きた心地がしないんだ。で、ポンと負けたときは、毎回自殺したくなるよ。年がいもなく便所で泣いちゃったりしてね。ま、いずれにしろ、上下する額が半端じゃない。この私でさえ、ー日で前半1600万勝ち、後半気づくと1800万負けなんてザラだから。なかなか止められないのもわかるでしよ」
が、しょせんはヤクザの世界。あるときA氏は、
「やはり自分は素人」なのだと痛感せざるを得ないンーンを目撃する。
「去年の暮れだよ。ー組ってのがあんだけど。ふと気が付くと、そこの親分さん、顔色が青色や土色を通り越して、白子のようになってたんだよ」
それが証拠に、時々立ち上がっては、広間の入り口にある木札の両替所に寄り、おと3だけツケてくれ」と、N組の幹部に懇願している。そして、それから2時間がたつかたたぬかの後…。てうおら、お前え。ちょっと隣の部屋に来たらんかい」
突如、N組の若い衆が3人、広間にドカドカと乱入し、組長があっという間に連れ去られた。若頭の怒鳴り声が聞こえるんだよ。
『これえ、お前のモンで間違いないなあ』とかって。
あとで聞いたら、そのとき、ー組長の組事務所のビルと自宅の権利書を取り寄せて、確認してたらしいね。A氏と、その組長、権利書を奪われた直後に姿をくらましたため、不足分の取りたては1組の組員にまで及び、結局2カ月後、1組は解散したという。
「あの日は、親分さん1人で9千万も負けたらしいよ。バカバ力しい話だけど、その事実を聞いて、ようやく我に返ったんだ。簡単に一家がメチャクチヤになるような遊びは遊びじゃないってことをね。そう思わない?」