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物心ついてからずっと、男子に好かれた記憶は一度もない。ずっと太り気味で、中学に入っ
たころには体重が70キロを超えていた。おかげで性格は控え目になり、自分から誰かに話しかけるようなことはなかった。ただ、好かれた記憶がない代わりに、特別嫌われたという記憶もほとんどない。ただ一度だけ、クラスでの席替えのとき、隣になった男子に
「げっ、渋井かよ! グエェ〜」
と、からかわれたことを覚えているくらいだ。女子の友達もいなかったけれど、イジメられていたわけではない。イジメたくなる個性もないほど地味な存在だったのだろう。高校に入っても体型は変わらず、だから性格も変わらず、周囲の対応もおもしろいほど変わらなかった。わざわざ無視されるのではなく、そこにいることすら気づかれないような、まるで空気のような立ち位置だ。青春時代なら当然あるべき恋愛ごとにも、まるで縁がなかった。ほんのり好きだなと思える男子はいたけれど、どうせ成就しない恋になんて夢中になれやしない。夢中になれないからあれこれ妄想することすら現実的じゃなく、ちょっと恥ずかしいけれどオナニーのときは架空の誰かを想像していた。高校卒業後に、今も勤務している食品工場に就職した。ここでも基本的な扱われ方は変わらなかった。もともと人と話す機会の少ない職場なうえに、周りの男女がちょこちょこ行っているらしい飲み会とかボーリングにも声がかかったことはない。月から金まで、朝9時から夜の7時までお弁当に具材を詰め、土日はテレビや漫画を見てゴロゴロ過ごす。クリスマスや誕生日、ディズニーランド、それにエッチ。同世代の女の子たちがそんなあれこれを楽しんでいることは知っていたけれど、あまりに別世界のことなのでうらやましいと感じることもできなかった。 
24才になった私が初めての彼氏と出会うことになったきっかけは年末に見たテレビCMだった。
『いいからオレのところに、来いよ…』
アニメのイケメンがそんな台詞をはいていた。なにこれ?どうやらスマホで遊ぶ「恋愛ゲームアプリ」らしい。へえ、CMでやるくらいだから、流行ってるのかな。何気なくダウンロードしてみた。学園系恋愛だの、イケメンがアナタを奪い合うだのと書いてある。自分の名前を登録してゲームがスタートだ。
『美香、オレと駆け落ちしないか?』
短髪のチャラついた男子にいきなりこんなことを言われた(文字で表示される)。なにこれ、急展開
すぎない?ボタンを押してストーリーを前に進める。
『美香が好きなんだ。でも親に結婚相手を決められてる。オレと一緒に逃げてくれないか?』
そうか、こうやって恋愛をしていくゲームなんだ。ちょっと付き合ってあげよう。
『ちょっと待った!』
急にロン毛のバンドマンみたいな人が現れた。
『俺は中学のときから美香のことを好きだった。俺のことをちゃんと見てくれ! 大好きなんだ!』
え、この人も私のことが好きなんだ。へえ。この調子で3人の同級生に告白されてしまい、学校生活を送りながら場面場面でどの彼を選ぶかを考えなければならなくなった。ひとつボタンを押すたびに、彼らから誘いがかかる。
『今日、一緒に帰らない?』
『来週の日曜日空いてる?良かったら一緒に買い物でもどう?』あまりに新鮮すぎて次の展開や言葉が気になってしまう。やば、もう夜中の12時過ぎてるじゃん。早く寝なきゃ。
翌日。お昼休憩のときに、なんとなしに例のゲームを開いてみた。あの3人、次はどんな風に私を奪
い合ってくれるんだろう。現実とリンクして、ゲームはお正月前の設定になっていた。イケメン3人が『オレと初詣に行こう』と誘ってくる。どうしよう。ロン毛の奏(かなた)クンがいいかなぁ。一番ワタシのこと好きそうだし。でもそうなると他の2人が可哀想だし…。ここはいったん保留かな。
午後の仕事に戻り、ラインに流れてくるお弁当に具材を入れながらも私はまだ迷っていた。思い出すのは奏クンの熱い言葉ばかりだ。『オレの気持ちを知ってるのに、もてあそぶなんてズルいよ』
『世界で一番オマエが好きだ。この気持ちは一生変わらない』
うん、やっぱりあの2人には悪いけど、初詣は奏クンと行ってあげることにしよう。自分の気持ちに素直にならなきゃ。年末から工場がお休みに入り、ありあまる時間を私は3人との駆け引きに費やした。本命は奏クンだけど、後の2人も情熱的に誘ってくれるしムゲにはしにくいから。元日。お母さんと地元の神社へ初詣に出かけた。いい歳して母子が仲良く初詣なんてみっともないけど、家でゴロゴロも怒られるし。なるべく知り合いに会わないように身を縮めながらお賽銭を投げ、手を合わせる。普通の24才なら彼氏と一緒か、せめて女友達とわいわいやってるんだろな。なんだか居ても立ってもいられなくなり、家に戻ってすぐ奏クンの誘いにOKを出した。
『オレと行ってくれるのか? ありがとう!』
キラキラした笑顔で喜ぶ奏クン。なんか可愛いなぁ。画面が神社に切り替わった。奏クンはいつもの制服姿ではなく、お洒落なダッフルコートだ。一緒にお賽銭を投げる。
『美香、なんてお願いした? オレはお前と付き合えますようにって祈ったよ。アハハ』
なんだか照れくさいけど、やっぱり奏クンと来て良かったな。こんなお正月、初めて。初詣の帰り道に奏クンとゲームセンターに寄った後、急に変な画面が出てきた。〝次のストーリーに進むにはアドオンを購入してください〞小さな文字で100円と併記されている。このゲームを続けるには100円がかかるってことみたいだ。100円をケチってこの恋が終わるなんて、とてもじゃないけど考えられない。奏クンは、こんな私のことが好きだとはっきり言ってくれた。それに私はまだ何も答えていない。私だってちゃんと好きって言いたいよ。ボタンを押したら課金が完了した。月々のケータイ
料金に加算されるみたいだ。奏クンの様子を確認しにいく。
『美香、あのさ、もうすぐバレンタインだよな。オマエ、誰にあげるか決めたの?』
なんか不安そうな顔してる〜。やっぱり可愛いな。チョコレートか。そんなの誰かのためにプレゼントしたことなかったな。いつも当日が過ぎてから安売りされるのを自分のために買ってたから。
正月休みが明け、仕事がはじまった。あいかわらずお弁当に具材を詰めながら、ただただ時間が過ぎていくのを待つ毎日だけど、空き時間には奏クンと会える。それがなによりの楽しみだ。バレンタイン当日、奏クンが恥ずかしそうに口を開いた。
『お前のチョコ、楽しみにしてる。もらえたら、ちゃんとオレの気持ちを言うから』
ボタンが出現した。押せばチョコを渡せる。少し待って、そのボタンを押す。
『ありがとう! マジで嬉しいよ。あのさ、話があるから屋上行かない?』
屋上って…それって告白ってことかな?
『オレと付き合ってほしい。オマエのこと、一生大事にするよ』
「OK」「断る」の選択肢が表示された。ここまで来て断るわけないよ。私も奏クンが大好き。ポチッ。『やった! お前は今日からオレの彼女だ。大事にするからオレについてこいよ?』
この瞬間、人生初の彼氏ができた。イケメンでちょっと俺様系だけど、ものすごく優しいカレだ。余韻に浸る間もなく、画面に課金の表示が出た。この先へ進むにはまた100円かかるみたい。次はどうなるんだろう。デートとか、キスとか、そういう普通の恋人みたいな展開になるのかな?そりゃなるよね。だって両思いなんだもん。私は躊躇することなく課金ボタンを押した。奏クンと私はいろんな所にデートに出かけた。遊園地、カラオケ、お買い物。そのたびに課金が必要だったけど、ボタンを押さないわけにはいかなかった。課金してからデートまでは1時間もかからずに終わってしまうけど、迷うことはない。次に会うときはどんなことが起こるのか楽しみで仕方ないからだ。ただちょっとした不満もあった。彼、なかなか求めてくれないのだ。どこかにお出かけできるのは楽しいけれど、その先がないのはちょっとどうなのかな。私だって女だから、そういうの期待してるのに。ついつい浮気してしまったのは、そんなワガママからだった。大胆にも私は、別のゲームを3つもダウンロードしたのだ。セレブとの恋、社内恋愛もの、そしてボディガードと総理の娘(私)の禁断の恋。それぞれのゲームに出てくる男性はまったく違う個性を持っていた。すぐにお気に入りの男の子ができた。セレブパーティで出会った大物俳優の悠月(ゆづき)クンだ。ダントツで甘いフェイスをしていて、胸がキュンキュンしてしまうほどだ。彼は出会った初日から肉食系だった。パーティでいつの間にか酔っぱらってた私をスイートルームのベッドに運び、無言で乗っかってきた。
『なぁ美香、オレとシタい?』
そんな間近で見つめられたらヤバイよ。アタシまだ処女だし…。
『ほら、こっちにおいで。優しくシテあげる』
え〜いいのかな。いきなりそういう関係だなんて。でも私、こういうのを求めて浮気したんだし…。課金の表示が出てきた。彼とスルなら450円だ。意をけっしてボタンを押すと、徐々に画面が暗くなり、次のシーンでは朝になっていた。私、しちゃったんだ。リアルでは男の人の手に触れたこともないのに…。その日、悠月クンの顔を見ながら、指でアソコを触った。初体験はこうして終わった。新しくできた3人の彼氏たちはみんな情熱的なオトナの男って感じで、デートのたびにキスとかエッチを求めてきた。要求を受け入れるために課金することもあれば、無料のままでエッチまで進むこともあるけれど、いずれにせよ一回のデートが終わればストーリーは終了し、次のデートのために課金しなければならない。キスまでしてくれたんだから、次はもっとエッチなことになるに決まってる。今日がこんなエッチなら次はもっと大胆なことを…。そのドキドキが私の迷いを吹き飛ばした。課金画面が現れればすかさずボタンを押す。どうせ400円程度なんだから。彼らのエスコートは、いつも私をドギマギさせてくれた。一緒に旅行に行って混浴でイチャイチャしたり、パーティをこっそり抜け出して非常階段でディープキスしたり。露骨な絵柄は出てこないけれど、そんなシーンになるとどうしてもオナニーをしてしまった。ちょうどいい場面でスクリーンショット(画面を保存)を撮ってスマホに残し、それを見ながらしてみたり。恋人ができるってこういうことなのかなと思った。さわやかデートもいいけれど、やっぱりイチャイチャしてこそ男女が付き合う意味なんだろう。だからずっとプラトニックな奏クンのことは、私のほうからフッてしまった。課金を止めてしまったのだ。
なんとなく自分に余裕が出てきたなと思ったのは、親戚のお姉さんの結婚式でだった。お姉さんが2つ年下の大工さんと誓いのキスをしているとき、まったくうらやましいと感じなかったのだ。
(あのダンナさんより、私の彼氏たちのほうがずいぶんイケメンだよね)
私はイケメン3人といろんな場所でエッチしているのに、お姉さんはあんな大工さんなんかで喜んでるなんて。なんかバカみたい。現実がどんなことになっても、彼氏たちは私を裏切らなかった。夏。お母さんに誘われて海辺の親戚の家に出かけたときもそうだった。砂浜で一人だけ洋服を着たまま
自分の容姿をひがみつつ、こっそりスマホを開いてみたら、〝夏イベント〞が開かれていた。課金450円で、いま付き合ってる彼氏と海へ旅行できるのだ。目の前の海を尻目に、課金ボタンを押した。ストーリーはするする進み、いつしか私は社内恋愛中の彼氏と一緒にビーチではしゃいでいる。
『やべ、その…』
なに、どうしたの赤くなっちゃって。
『その…美香の水着を見たらちょっと興奮してきちゃった』そうでしょ。お楽しみは夜までガマンしてね。お母さんや親戚なんかほったらかして、あなたのもとへ行くわ。クリスマスイブ。今年は彼氏が3人もいるので、これまでとは違い、ウキウキして仕事に身が入らない。朝から黙々とお弁当に具材を詰めながら、今夜の彼氏たちとのイベントを思い浮かべていると、夕方になって、工場長が大きな声をあげた。
「今日は物量が多いので、残業できる人はしていってね〜」
こういうことはたびたびある。出れる人は出て、用事がある人は帰れる。いままで断ったことなかったけど、今日はダメに決まってる。忙しい夜が待ってるんだから。センター長が1人1人に残業の
可不可を確認していく。私の番がやってきた。
「渋井さんは、大丈夫だよね?」
「いや、今日は帰りたいんですけど…」
「ええ? なんで?」
目を大きくして驚く工場長。それは…。
「渋井さんは用事なんかないでしょ。じゃあお願いしますね」
残業が決定してしまった。既婚者やデートの予定がある人たちは定時で帰っていき残ったのは冴えないオジサンばかりと私だけだ。残業は夜の11時まで続き、身も心もくたくたになった私はようやく帰りの電車に乗り込み、すぐにスマホを開いた。『美香、メリークリスマス! ギューってしてあげる』思わず涙が出そうになった。
初めての彼氏ができてから3年が経った。27才になった今、私は8人と同時並行で恋愛している。世間では私みたいなのを小悪魔って呼ぶのだろう。彼らとデートを進めるたびに課金する毎日は変わっていない。毎月だいたい1万円、クリスマスみたいなイベント月は3万円ほどになるだろうか。ケータイ代としては高いけど、私は洋服やメイク代がかからないのでなんとかやりくりはできている。う、今さらりと書いたけれど、相変わらずリアル世界での私は、恋愛とは無縁の日々だ。この前のクリスマスイブ。いつも仕事場で一緒に作業している地味な女の子が珍しくお休みをとった。どうやら後日の同僚の騒ぎ方からして、彼氏ができたみたいだ。あんな地味でブスな子にリアルな彼氏が。どうせダサイ男なんだろうけど、周囲の現実はこうしてゆっくりと進んでいるみたいだ。どうぞ、勝手にお幸せに。私はまだ処女でいいわ。エッチなんていつでもいっぱいできるんだし。