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タグ:デビュー

  • 2019/01/18AV女優になった理由

       1993年、神奈川県に生まれた佐原は、幼少時からおませな子だった。「私はよく覚えてないんですけど、幼稚園ですごく仲のいい男友だちがいて、いつもその子と一緒だったらしいです。ちょっと目を離すとすぐにキスしてたって母が言ってました(笑)」小学校に入ってからは、ジャニーズ系のガキ大将にゾッコンになった。小3のバレンタインで彼とディープキスを経験すると、一気に性的な興味が芽生えだした。「...

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  • 2018/12/21AV女優になった理由

       1979年、宇江希ともえは茨城県で生まれた。3人兄弟の末っ子だったこともあり、同居する曾祖父母や祖父母に可愛がられ、すくすくと育った。毎日、2人の兄たちと自宅の庭で野球の打撃練習をしたり、ピアノ教室に通ったり。そんなごく普通の少女時代を過ごしてきた彼女に、その後の人生を狂わせる事件が起こった。「小5の頃、自宅を新築したんですが、そのとき出入りしていた大工の棟梁がすごい人でなしで、...

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  • 2018/12/08AV女優になった理由

       古海みくは1993年、滋賀県に生まれた。幼稚園にいく朝は、子煩悩だった父親にいつも玄関前でほおずりされるのが日課だった。「ヒゲが痛くてタバコくさくてイヤだったけど、お父さんは大好きでした」エリートサラリーマンの父と、家庭的な母。体操、トランポリン、ピアノ、そろばんなど、彼女がやってみたいと言えば、両親が走り回って教室を探してくるような、そこそこ裕福な家庭だった。一家が別の街へ引っ...

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  • 2018/11/29AV女優になった理由

       1993年、北海道に生まれた桃実は、父、母、2つ上の姉の4人家族。幼少時代はいつも家の中にこもり、姉と一緒にお人形遊びをしていた。「実は私、生まれたころは未熟児で。保育器で育ったから体が小さくて、外に出たくても出れなかったんです。性格も大人しかったですね」小学校に入学後は、自然と友達が増えていったが、家では父と母が険悪な雰囲気を漂わせていた。原因は父のDVだった。「小4のとき両親...

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  • 2018/11/24AV女優になった理由

       1978年、白鳥寿美礼は青森に生まれた。幼少時代、両親は共働きで日中はほとんど不在だったため、同居している祖母に預けられることが多かった。「祖母は躾に厳しい人だったけど、両親と一緒にいる時間があまりなかったからか、私自身、祖母に一番懐いてましたね。何でも素直に言うことを聞いてたな」小学校に入ると持病の喘息が悪化、入退院を繰り返すようになり、学校を休みがちに。そのせいでイジメに遭う...

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  • 2018/11/07AV女優になった理由

       美緒みくるは1992年、東京に生まれた。両親は2つ上の病気がちな兄につきっきりだったため、幼いころはあまり構ってもらえなかった。「寂しかったですね。でも母のことが大好きだったから、せめて私は負担にならないようにって幼心に思っていて。ワガママを言わないイイコを演じてたかな」小学校では率先して学級委員をつとめる典型的な優等生だったものの、中学に入るや悪友の影響で非行に走り、万引きを繰り返...

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  • 2018/09/27AV女優になった理由

       1986年、東京に生まれた星川麻美は、生後間もなく原因不明の高熱で生死をさまよった。しかし以降は大きな病気もなく、他の子供より身体が弱いことを心配する両親をよそに、外で元気よく遊ぶ子供に育った。「一度死にかけたとは思えないくらい健康になりましたね。ジッとしてないから母は目が離せなくて大変だったみたい。ひとつ上のお姉ちゃんは大人しい性格で、幼いころからずっと仲がいいですよ」小学校に...

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  • 2018/09/26AV女優になった理由

       千葉に生まれた仁科瞳は両親と祖母、そして兄の5人家族の中で育った。一家総出で八百屋を営んでいたため、幼少時代はひとりおとなしく人形と遊んでいた。「自分でいうのもなんですが、聞き分けのいい子供でしたね。ただ、小学時代に大きな出来事が二つありました。一つが母の蒸発です。ある日突然、若い男と消えたんですね」事情こそ知らされなかったものの、彼女は幼いなりに自分たちが母に捨てられたことをな...

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  • 2018/09/17AV女優になった理由

       1985年、筧井まりは福島県に生まれた。両親が共働きで留守がちだったため、幼少時代は近所に暮らす祖母の家に預けられることが多かった。「毎日、裏山とかで元気よく遊んでましたね。幼稚園に入ってからはますますおてんばになっちゃって、男の子グループをまとめるリーダーって感じでした」そんな彼女が変態男に狙われたのは小2の夏休み。知らないオジサンに『ジュースを買ってあげよう』といわれ、疑う事...

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  • 2018/09/14AV女優になった理由

    意志が弱そうなのでウチでの仕事は厳しいかなと思ったのですが、彼女がポッリと漏した一言が引っかかりまして。「私、すごくドMなんですよ・・・」どうでしょう、皆さん。ちよいと遊べそうじゃないですか。さほどにマゾならば、我々の手でイジメてあげれば彼女も大喜びするのでは。来月号より新連載「私を奴隷にしてください(仮)」を開始します。毎回、読者の皆さんの中から、公開調教してくださるドSな紳士を募集し、一緒に町...

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レズに目覚めAV女優デビュー

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1993年、神奈川県に生まれた佐原は、幼少時からおませな子だった。
「私はよく覚えてないんですけど、幼稚園ですごく仲のいい男友だちがいて、いつもその子と一緒だったらしいです。ちょっと目を離すとすぐにキスしてたって母が言ってました(笑)」
小学校に入ってからは、ジャニーズ系のガキ大将にゾッコンになった。小3のバレンタインで彼とディープキスを経験すると、一気に性的な興味が芽生えだした。
「よく彼の家でお互いの性器を触りっこしてましたね。はじめは彼が私のパンツに手を入れてアソコのスジを上下にこするだけだったんですよ。でもそのうち『俺のも触ってよ』って言うようになって。69の体勢になって、触りっこしたこともあったっけ」
結局、彼とはそれ以上の関係にはならなかったものの、中1のとき、ついにロストバージンの機会が訪れた。それも最悪の形で。当時つき合っていた彼氏の家に遊びに行ったところ、彼の部活の先輩が
待ち受けていたのだ。
「何で先輩まで一緒にいるのってパニックになっちゃって。そうこうしてるうちにパンツを脱がされて、先輩に無理やりオチンチンを入れられちゃったんです。で、先輩が射精したあとで、今度は彼氏が挿入してきて。ごめんなさい。あまりのショックでその先のことは覚えてないんです…」
悲劇はそれで終わりではなかった。先輩と彼氏との3P話が学校中の噂となったのだ。以来、男性不信に陥った佐原だったが、持ち前の性的好奇心の強さは健在で、それは進学した女子校でも存分に発揮された。
「同じ学校の子に告白されてレズに目覚めちゃったんです。お互いにクンニし合ったり、ローターでちょろっと遊んだりって感じ。その子とは1年ほどで別れて、また別の子とつき合いました」  高3の秋。ようやく男性不信から脱却した彼女は、バイト先で知り合った30才のバンドマンと交際を始めた。17才の少女に顔射や剃毛、アナルセックスを強要する変態男ではあったが、もともと彼女自身もスケベなことにはどん欲なだけに、彼とのセックスライフは非常に満足できるものだった。
佐原がAVスカウトマンに声をかけられたのは、高校を卒業し、その彼と別れた直後のことだ。
「最初はむちゃくちゃ怪しいと思いました。でも喫茶店で『やってみませんか?』って聞かれて、素直にハイって言っちゃったんですよね。内心はすごく興味があったんで。実はスカウトの人から撮影の話を聞いているだけで、濡れてたんです(笑)」
こうして、トントン拍子にデビューすることになった彼女は、現在もAV女優を天職として、精力的に活動を続けている。
「仕事は本当に楽しいですね。新しい彼氏も欲しいけど、今は、もっともっとテクニシャンな男優さんたちと触れ合っていたいです」

28才処女に焦りを感じてAV女優デビュー

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1979年、宇江希ともえは茨城県で生まれた。3人兄弟の末っ子だったこともあり、同居する曾祖父母や祖父母に可愛がられ、すくすくと育った。
毎日、2人の兄たちと自宅の庭で野球の打撃練習をしたり、ピアノ教室に通ったり。そんなごく普通の少女時代を過ごしてきた彼女に、その後の人生を狂わせる事件が起こった。
「小5の頃、自宅を新築したんですが、そのとき出入りしていた大工の棟梁がすごい人でなしで、自分のアソコを私に握らせたんです。『どう?』って言いながら私の手をおさえつけて」
不幸中の幸いというべきか、それ以上深刻な事態にはいたらなかったが、以来、彼女の心には強い男性不信が芽生えることになる。恋愛話に夢中になる同級生たちを尻目に、中学時代は吹奏楽部でトランペットの練習に明け暮れた。その後、吹奏楽の名門校として知られる地元の高校に進学すると、ますます音楽に対する情熱は高まり、吹奏楽部の甲子園とも言われる、普門館コンクールに毎年のように出場を果たした。しかし、輝かしい青春を謳歌する一方、男性に対しては相変わらず、苦手意識をぬぐえなかった。
「たぶん、興味がないことはなかったんですけど、男の人が近くにいると鳥肌が立っちゃうんです。結局、専門学校を出て24才になるまで彼氏ができませんでした」
ところが、ここでもまたトラウマが邪魔をする。彼氏に胸やアソコを愛撫されるまではどうにかいけたが、いざ挿入の段になると、どうしても脚を開けない。事情を聞いた彼は、はじめこそ理解を示してくれたものの、いつまでもプラトニックを貫くことはできず、やがて彼女の元を去っていった。
28才、転機が訪れた。従姉妹の結婚式に出席し、焦りにも似た強い衝動を覚えたのだ。「従姉妹は幸せに結婚するというのに、私はこの歳でも処女じゃないですか。このままじゃいけない。変わるためにはどうしたらいいんだろうってすごく悩んだんです。たどり着いた答えがAVでした。ネットで『モデル募集』の求人広告を見つけて、思い切って応募したんです」
28才処女の応募に色めきだったプロダクション社長は、すぐに彼女のために単独作品の仕事を用意した。かくして、彼女の記念すべき人生初のセックスは、監督や大勢のスタッフの目の前で行われることになる。
「撮影の2〜3日前から全然眠れませんでした。カメラが回り始めてからも『はぁ〜これがエッチなんだなぁ』とぼんやり感動するのが精一杯で(笑)」 
そんな彼女もいまではすっかりセックス好きになり、2人目の彼氏を作りたいと思うほど、心に余裕も生まれている。
「普通の女のコより遅れてる分、人間磨きと女磨きをしないとって思ってます。AVの世界もまだ片足を突っ込んだばかりだから、もっと深いところまで見てみたいですね」

激烈な着エロ作品からAVデビュー

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古海みくは1993年、滋賀県に生まれた。幼稚園にいく朝は、子煩悩だった父親にいつも玄関前でほおずりされるのが日課だった。「ヒゲが痛くてタバコくさくてイヤだったけど、お父さんは大好きでした」エリートサラリーマンの父と、家庭的な母。体操、トランポリン、ピアノ、そろばんなど、彼女がやってみたいと言えば、両親が走り回って教室を探してくるような、そこそこ裕福な家庭だった。一家が別の街へ引っ越す小学校4年生ごろ、同級生の女子とエロ漫画を回し読みするなかで、セックス行為について知識を得た。自分はいつするんだろうと胸をときめかせてもいた。彼女の性器が男性の感触を知るのは6年生のときだ。
「いとこのお兄ちゃんの家に遊びに行ったら、その友達がいて、いとこがトイレ行ってるすきにキスされたんです。これがセックスなんじゃないの? って思ってたら、パンツの中に手が入ってきて、アソコを指でなぞられたんです」幸い、いとこが戻ってきたことで、行為は未遂ですんだ。
それからの彼女の男性遍歴は極めて淡白だ。中学、高校と、女友達との付き合いばかりで、エロ漫画同人誌の製作やコスプレ遊びなど、およそ男性とは縁遠い生活を送る。卒業後に上京すると、中学時代から続けていたクラシックバレエを活かし、ミュージカルの舞台を目指した。踊りのレベルは決して低くなく、一時はサンリオ関係者の目にとまり、ピューロランドのダンサーを打診されたこともあった。しかし…。
「新聞配達やコンビニでバイトをしながら頑張ってたんですけど、ある日、ぷっちんって切れちゃったんです。もうわたしダメかもってへこたれてるところをナンパされて、いつの間にか赤羽のラブホで初体験でした」この男は既婚者で、ただの遊びに過ぎなかった。
「遊ばれたって気づいたときはもう死にたいくらいでしたけど、やっぱり自分はステージに上がらないとダメになるって思ったんです。それで、ネットでいろいろ検索して、アメリカの映画会社のモデル募集に応募したんです」
ところが、その応募先の会社は「21世紀FAX」という、激烈な着エロ作品をリリースするメーカーだった。「衣装は女の子に合わせて用意するし、監督は女性を立てる」と聞かされすっかり油断した彼女が当日着用したのは、メコスジもあらわな極細水着だった。「でも着エロやって、撮られるのは嬉しい! 楽しい! って思って。それでまた求人誌を探したら、『高収入! 写メモデル募集』っていうのがあって、それがいまのAVプロダクションでした」かくして彼女は、快くカメラの前でチンコをくわえ、3Pに悶えるようになる。「アメリカの映画会社のはずだったのがいつの間にかこんなことになったんですけど、このご時世、必要とされるだけでもありがたいですね」

コンプレックスだった巨乳を武器にAVデビュー

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1993年、北海道に生まれた桃実は、父、母、2つ上の姉の4人家族。幼少時代はいつも家の中にこもり、姉と一緒にお人形遊びをしていた。「実は私、生まれたころは未熟児で。保育器で育ったから体が小さくて、外に出たくても出れなかったんです。性格も大人しかったですね」小学校に入学後は、自然と友達が増えていったが、家では父と母が険悪な雰囲気を漂わせていた。原因は父のDVだった。「小4のとき両親は離婚しました。私と姉は母につき、父親から逃げるように実家を離れて、ホテルを転々とする生活です。好きな男のコを作る余裕もなかったな」
中学校に入るころ、上京して3人暮らしが始まる。母はパートでいつも家を留守にしていたが、そのぶん姉と2人で家事をこなした。「高校では飲食店でバイトを始めました。そこで、初体験を済ませるんです。同じ店員の男性と付き合うことになって。半年後に結ばれて。感想?すごく痛くてもうムリって」高校2年、大きな不幸が襲う。母が脳梗塞で倒れ、働くことができなくなったのだ。生活の
ため、高校は自主退学せざるをえなかった。「昼はバイトしながら、夜は定時制の高校に通いました。いちおう卒業したんだけど、問題は就職先。母の入院費と生活費を稼ぐためには、手っ取り早くまとまったお金が欲しいなと」そんなある日、ネットで高収入バイトを探してたとき、AV女優募集の記事を見つけた。『あ、これだ』と、彼女にはひらめくものがあった。「実は私、自分の胸がずっとコンプレックスだったんです。バカみたいに大きいからイヤでイヤで。でも、AVならそれも活かせるでしょ。迷いはなかったですね」こうしてデビューが決まった矢先に、母は他界してしまう。もはや彼女には体を張る理由はないが、この業界に入ったことは後悔していない。
「コンプレックスだった巨乳も、撮影とかでキレイだねって褒められるようになって、自分に自信が持てるようになれたし。出来る限り頑張ってお仕事を続けていけたらと思っています」

プライベートセックスで感じたことが無くてAVデビュー

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1978年、白鳥寿美礼は青森に生まれた。幼少時代、両親は共働きで日中はほとんど不在だったため、同居している祖母に預けられることが多かった。
「祖母は躾に厳しい人だったけど、両親と一緒にいる時間があまりなかったからか、私自身、祖母に一番懐いてましたね。何でも素直に言うことを聞いてたな」
小学校に入ると持病の喘息が悪化、入退院を繰り返すようになり、学校を休みがちに。そのせいでイジメに遭うも、めげずに人一倍、勉強を頑張った。
「中学時代も勉強漬けの日々を過ごしましたね。男子から相手にされないほどガリ勉だったけど、高校で音楽にハマってからは、ピアスを開けたり、髪を染めたりするようになって…」
そんな彼女の初体験は高校2年。相手は近くの高校に通う同じ歳の男子学生だった。その感想は『こんなもんか』。痛くもなければ気持ち良くもなかった。「最初だけかなと思ったんだけど、何度エッチしてもずっとそんな感じなんです。その後、彼と一緒にAVを見たら、女の人が気持ち良さそうにしてるから、不思議で仕方なくって」高校を卒業後、上京してPAの専門学校へ入ったあたりで、初体験の彼に別れを告げる。正直、彼以外の人ともエッチがしてみたかった。
「念願が叶ったのは、IT関係の会社に就職してから。共通の趣味で知り合った男性と入籍したんです。もちろんエッチしまくりだったけど、4カ月後には離婚してしまって…」離婚後は、フリーでIT関連の仕事を請け負いながら、空いてる時間に副業をしようと思い立つ。そんなとき、ネットでAV女優募集の記事を発見した。
「これだ!って。いろいろな人とエッチもできて、お金までもらえるなんて、一挙両得じゃないですか。で、とりあえず応募したら、面接に通って、あっさりデビューが決まったんです」
以降は、Jカップの爆乳を生かしながら、熟女AVを中心に活躍している。
「AVは副業と割り切ってたんですが、撮影現場は雰囲気いいし、何よりプロの男優さんってホントにエッチが上手。今は本業にしたいって思うぐらいこの仕事を楽しんじゃってます」

母のためにAVデビューで処女喪失

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美緒みくるは1992年、東京に生まれた。両親は2つ上の病気がちな兄につきっきりだったため、幼いころはあまり構ってもらえなかった。
「寂しかったですね。でも母のことが大好きだったから、せめて私は負担にならないようにって幼心に思っていて。ワガママを言わないイイコを演じてたかな」小学校では率先して学級委員をつとめる典型的な優等生だったものの、中学に入るや悪友の影響で非行に走り、万引きを繰り返すようになる。「まあすぐバレちゃったんですけどね。それからは万引きはやめて、勉強を頑張るようになりました。成績は200人中3位。彼氏を作るヒマもなかったですね」
高校は無事志望校に合格し、憧れていたサッカー部のマネージャーに。ただしサッカーの名門校だけあり、部活内での恋愛は御法度だった。
「それでも良かったんです。サッカー部が全国大会で優勝することしか頭になかったんで。でも、私が高2のとき、母がくも膜下出血で倒れてしまって…」
なんとか一命は取り留めたが、母には後遺症が残り、彼女は家事に専念すべくサッカー部をやめることになった。
「父は大学に行かせてくれました。でも、これでいいのかなぁって将来に不安を感じ始めて」
今は父が学費を出してくれているし、家計も支えてくれているけど、いつ何があるかわからない。自分ががっつり稼ぐべきじゃないか。「そんなとき、たまたまネットでAV女優募集の求人広告を見つけたんです。当時はまだ男性経験もなかったんですけど、心の中では早く処女を捨てたいなってずっと思ってて。だったらお金にしたほうがいいじゃないですか」こうして彼女は迷うことなく自ら応募し、処女喪失モノでAVデビュー。現在は大学と家事の合間にAVの仕事をこなしている。
「AVで処女を失ったことに対して後悔はしてないですね。私にはそれ以外は考えられなかったし。今は、少しでも母が楽になるようにいつか家を建ててあげられたらなぁと思ってます」

芸能人に憧れていた卓球少女がAV女優デビューした理由

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1986年、東京に生まれた星川麻美は、生後間もなく原因不明の高熱で生死をさまよった。
しかし以降は大きな病気もなく、他の子供より身体が弱いことを心配する両親をよそに、外で元気よく遊ぶ子供に育った。
「一度死にかけたとは思えないくらい健康になりましたね。ジッとしてないから母は目が離せなくて大変だったみたい。ひとつ上のお姉ちゃんは大人しい性格で、幼いころからずっと仲がいいですよ」
小学校に入ると持ち前の明るさと気さくな性格からクラスのリーダー的存在に.人前に出ることが大好きだったので、自から進んで学級委員にも立候補した。
「目立ちたがり屋だったんですよね。あのころは絶対に将来は芸能人になるんだって思ってたし。具体的にどうこうってのはなかったんだけど…」
中学では女子卓球部を自ら立ち上げ、主将としてチームを牽引、発足わずか2年目にして関東大会に出場するほどの実力をつける。これは父の影響が大きかった。
「父は学生時代かなり本気で卓球をやってたんですよ。血筋って言うんですかね。最初は私を含めて全員ヘタだったけど、どんどん強くなっていって。おかげで高校はスポーツ推薦で入学できました」
初体験は高1。相手は隣の男子校の卓球部員だった。
「いかにも健全なスポ根少女って感じですよね。ところが大学に進学してから、徐々に生活が乱れていくんです。卓球よりも飲み会が楽しくなって、遊び歩く日々が続くようになったんですよね」
体験人数が8人に達したころ、彼女に転機が訪れる.就職の内定も決まった卒業間近に、大学の友達がAV女優になったのだ。
「驚きましたよね。ただ、彼女から話を色々聞いてるうちに、芸能人になりたかったころの気持ちが蘇ってきたんです。やっぱり人の注目を浴びる仕事がしたいと思って」
悩んだ挙げ句、彼女は内定を蹴って、AVプロダクションの門を叩く。さすがに親に言うことはできなかったが、あれよあれよとAVデビューを果たした。母はものすごい勢いで怒ったけど、父は自分が決めたことだからって認めてくれて。今は恋人もできて、公私ともに幸せいっぱいの毎日を過ごしてます。

兄の性的虐待AV女優デビューの源流に

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千葉に生まれた仁科瞳は両親と祖母、そして兄の5人家族の中で育った。一家総出で八百屋を営んでいたため、幼少時代はひとりおとなしく人形と遊んでいた。
「自分でいうのもなんですが、聞き分けのいい子供でしたね。ただ、小学時代に大きな出来事が二つありました。一つが母の蒸発です。ある日突然、若い男と消えたんですね」
事情こそ知らされなかったものの、彼女は幼いなりに自分たちが母に捨てられたことをなんとなく察した。
「二つ目は兄による性的虐待です。夜に寝るときは兄と同じ部屋だったから、胸を触られたり、下着の中に手を入れたり。さすがに相姦まではいかなったけど…そんなイタズラが毎晩、一年以上続いたんです」やさぐれた彼女は、中学に入るや、当然のようにヤンキーになった。ほどなく暴走族にも入り、中2で同じチームの彼と初体験を。そんなとき、当時、付き合っていた風俗の店長に勧められるまま白い粉に手を出した.ほどなく彼女の妊娠が発覚したが、それでもやめられず、お腹の子供は流産してしまう。
「私、ノリピーだったんです(笑)辞めたキッカケは、彼と結婚して、二人目の子供ができたから。でも、彼は相変わらずクスリをやってたし、今度は暴力まで振るうようになって…」
そして彼女は2年前に離婚。その後、軒余曲折を経て、知人が社長だった現在所属するプロダクションの面接を受け、AV女優としてデビューすることになった。
「今はAV女優と風俗を掛け持ちして残った借金を返済する日々を送ってます。きれい事になっちゃうけど…借金返済が済んだら介設の勉強をして第二の人生を踏み出したいと思ってます」

キャバクラの面接がAVデビューのきっかけに

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1985年、筧井まりは福島県に生まれた。両親が共働きで留守がちだったため、幼少時代は近所に暮らす祖母の家に預けられることが多かった。
「毎日、裏山とかで元気よく遊んでましたね。幼稚園に入ってからはますますおてんばになっちゃって、男の子グループをまとめるリーダーって感じでした」
そんな彼女が変態男に狙われたのは小2の夏休み。知らないオジサンに『ジュースを買ってあげよう』といわれ、疑う事なくついていってしまう。
「物陰につれて行かれて、パンツに手を入れられて…イヤらしいことをされてるって意識はなかったけど、急に怖くなっちゃって、走って逃げだしました」
この体験のせいで、中3のとき、隣のクラスの男の子とキスもしないうちにセックスすることに。
「私、あのとき、指で処女喪失したとばかり思い込んでたんですよ。だから、好きにしてって感じで」
高校時代はバイト先のファミレス店員に一目惚れし、デート初日に肉体関係を持つも、ちゃんとしたお付き合いには至らなかった。
「いわゆるセフレの関係ですね。でも私にしてみれば、初恋の人だったから、それでもかまわなかったんです。彼のおかげでエッチが好きになれたし」
人生の転機が訪れるのは、短大を卒業後、補助看護士として病院で働きはじめたころだ。安月給のため、副業をすべく、求人誌で見つけたキャバクラの面接へ行ったところ、
「それがセクキャバだったんですよね。ダマされたと思ったけど、とりあえず1日だけ働いてみたら、想像以上に楽しくて。結局、病院を辞めて、セクキャバ1本で働くことにしたんです」そんなある日、知人のプロダクションの人間に、AVに出てみないかと誘われた。彼女は悩むことなくこの話に乗る。
「AVに抵抗はなかったですね。むしろ風俗よりももっと楽しい世界かもしれないなって。きっと私って、エッチを通じて男の人に必要とされたいんだと思う」
デビューして半年。すでに数多くの作品に出演している彼女だが、現在でもセクキャバの仕事を続けているという。
「いろんな男優さんとエッチを楽しむ姿を多くの男性に観ていただけたら嬉しいですね。え、セクキャバの店名?それは秘密ってことで(笑)」

AVデビューのきっかけは名門女子中でのイジメ

0117_20180914203434693.jpg意志が弱そうなのでウチでの仕事は厳しいかなと思ったのですが、彼女がポッリと漏した一言が引っかかりまして。「私、すごくドMなんですよ・・・」
どうでしょう、皆さん。ちよいと遊べそうじゃないですか。さほどにマゾならば、我々の手でイジメてあげれば彼女も大喜びするのでは。来月号より新連載「私を奴隷にしてください(仮)」を開始します。毎回、読者の皆さんの中から、公開調教してくださるドSな紳士を募集し、一緒に町へ繰り出すとしましょう。トビッコを装着させたまま満員電車に乗せる。ノーパンミニスカで強風の中を歩かせる。デンマを使って無限アクメ地獄に突き落とす等々、思い思いのアイデアでウブな彼女をマゾヒスティックな世界へと誘ってください。
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金子優は1986年、埼玉県で生まれた。両親の他に、3才下の弟が1人。父親は都内を中心に皿店舗近くチェーン展開する飲食店社長で、一般家庭よりもはるかに裕福な家庭で育った。
「父は忙しい人だったけど、休みの日は遊園地とかに家族を連れていってくれました。今でも家族の仲はすごくいいですよ。幼少時代の私は男の.に混じって遊ぶほど元気なコでしたね」ところが、小学3年のころ塾に通うようになってから、性格は一転して地味になった。勉強のしすぎで遊ぶ時間がなくなり、友達が減ってしまったことが原因だった。
「塾通いは私をなんとしても名門校に入学させたいという父の意向でした。猛勉強の甲斐があって、第一志望の名門女子中に入学したんだけど、今度はそこでイジメに遭っちゃって…」
初体験は高校1年、初めてできた彼と付き合って1週間後のことだった。遊び人だった彼は女の扱いに慣れており、痛みもなくスムーズにコトは済んだ。見せるだけじゃなくって、カメラの前でエッチ
までしちゃってるでしよ。AVの世界ってどんなとこなんだろうって、すごく興味が湧いたんです。これだ!って」
思うが早いか、インターネットで調べた今の事務所に自ら応募するや、デビューが決まった。今後は素人企画モノを中心に活動予定だという。
「AVの世界で働いてる人たちって、意外とみんな真面目に取り組んでるんですよね。男優さんのエッチも予想以上にすごかった〜。彼との結婚はまだ先なんで、今のうちにAVを楽しんじゃおうかなって思ってます」
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