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1970年、京都府に生まれた新村まり子は、両親が共働きだったため0才から保育園にあずけられた。
「生まれてすぐに保育園だったから、そのころは両親に甘えた記憶ってほとんどないですね。センセイに言わせると、当時から妙に落ち着いていて、あまり自己主張し通い性格だったみたいです」
小学校に入るとクラスメイトの女子グループからイジメにあうようになるが、彼女は卑屈になることなく、母のすすめで始めたたくさんの習い事に夢中になった。
「仲間はずれにされてもふ〜んって感じで一番好きだったのはバレエかな。将来は海外でも活踊するような一流のバレリーナになりたいと思ってました。あの出来事が起きるまでは…」
高校1年の秋、いつも学校の行き帰りに立ち寄るパン屋に寄ったときのこと。その日は帰りが遅く、お店に入ったのは閉店ギリギリだった。
「店ではオジさんが1人で店番をしてて、他にお客さんもいなかったんです。悪いから早くお会計して店を出ようとしたら、いきなりシャッターを閉められて…。本当に本当に怖かったです」
レ〇プによって男性恐怖症に陥った彼女は、高校を中退してアメリカへ留学。紅余曲折を経て日本に戻り、東京で日本人の男性と結婚し、1人の子供を授かった。
「でも、ここでも不幸が待ってました。2人目の妊娠がわかった途端、主人のDVが始まったんです。どうにか子供(双子)は出産したけど…ますます男性恐怖症に陥りましたね」
離婚後は、主婦向けの雑誌モデルと派遣バイトで生計を立てたが、子供の学費を捻出することすら厳しい。そんなとき、たまたま手に取った女性向け高収入情報誌でAVの仕事を見付けた
「これだーって思いましたね。一番の理由はもちろんお金ですけど、正直このまま女を終わりたくないって気持ちもあって。AVなら私の不安定な精神も治してくれるような気がしたんです」
38才のAVデビユー。あまりに遅すぎる業界入りだが、今も彼女は熟女AVで活躍しながら、3人の子供を育てる日々を送っている。
「撮影現場ではひとりの女性として扱ってもらえるのが嬉しい。あとやっぱりプロのAV男優さんってすごいですね。今では男性恐怖症だったなんて自分でも信じられないです」