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23の歳にマグロ漁船に乗ることになった。きっかけは借金だ。当時のオレはパチスロにハマっており、親や友人から60万、サラ金から120万円ほどの借金があった。そんな折、高校時代の同級生との飲みの席で、ある先輩がマグロ漁船で借金を返済したと耳にし、さっそくその翌週、地元の漁業組合を訪ねたのだった。組合のオッサンによれば、マグロ漁船には2種類があるという。日本近海で漁をする「近海延縄漁」と、インド洋や大西洋まで行く「遠洋延縄漁」の2つだ。
近海漁は約1カ月で終わるのに対し、遠洋は船によって差はあれど10カ月から1年は海の上にいるらしい。給料も段違いで、近海漁は1回の航海で手取り20万円。遠洋マグロ漁は一回の航海で400万円程度だから、月にすればおよそ40 万。共に給料の受け渡しは陸に戻ってきて2週間後、口座に一括で振り込まれるそうだ。船の上では現金が必要ないため、まるまる手に入ることになる。最近では若いマグロ漁船乗組員が少ないらしく、どちらも乗ろうと思えば簡単にいけるらしい。オレは遠洋漁船を選んだ。色々と不安なところはあるけれど、嫁や彼女のいない今しか乗れないだろうし、まとめて稼ぐことで借金返済どころかたっぷり貯金までできてしまうのだから。マグロ漁船に乗りこむべく、K港にやってきた。特に持ち物はいらないと聞いていたが、大きいリュックに漫画本20冊ほどと、ゲーム用にスマホやPSP、充電器などを詰め込んである。港で組合長と待ち合わせ、すぐに一人のオジサンを紹介された。
「船頭の岩城さんだ。これから世話してもらうんだからちゃんと挨拶しろよ」浅黒い肌に深いシワがこれでもかと入っ
た、50才過ぎのいかにも漁師ってな風貌の人だ。彼に続いて船へ。全長50メートル、幅10メートル。と聞いてもすぐにイメージできないだろうが、テニスコートを縦に2面並べたような大きさと思ってもらえばいい。そこに一般(オレと同じ立場)の乗組員(16人)以外に、一等航海士や地上と通信する担当などの「幹部」と呼ばれる人間が乗り込む。
 船内の大まかな作りはこうだ。
・甲板デッキ マグロ漁の主現場
・食堂 船員はここに集まって食事をする。大きなテレビもあり
・調理室 コック長が一人で食事を用意する
・居室 寝る部屋。幹部以外は4人部屋
・トイレ、シャワー室、風呂
・魚艙 獲れたマグロを冷凍保存しておく部屋。マイナス60℃に保たれている。日本に戻ってきたときにここからまとめて水揚げする
居室に荷物をおろしたところで、カッパ作業着上下と軍手、無地の白Tシャツ30枚が手渡された。仕事中はこれを着るようだ。これから出航ということで食堂に集合がかかった。集まった顔ぶれは、日本人乗組員より外国人のほうが格段に多い。全23人のうち、日本人はオレと船頭、幹部を含めて9人のみ。他はすべてインドネシアから来た男たちだ。隣に座るインドネシア人がオレの肩を叩く。
「ハジメテ? よろしくね」
「あ、よろしくお願いします」
けっこうちゃんとした日本語だ。彼は30才で、漁に出るのは3回目だという。船はこれから二週間ほどかけて漁場であるインド洋の赤道付近へ向かう。それまで実作業はないようだ。まったくやることがなく、寝ても覚めても同じ景色の二週間が過ぎ、ようやく船頭から声がかかった。
「明日の朝から仕事だ。今夜は夜更かししないでちゃんと寝ろよ。朝4時に上(デッキ)に来い」
いつしか船は赤道付近にまで到着していたらしい。どうりで暑いはずだ。翌早朝。船内に「ブー」仕事の時間を告げるブザー音が鳴った。他の乗組員にならい、リーダーの指示に従ってデッキに一列に並ぶ。目の前にはリールに巻かれた「幹縄」と呼ばれる太い縄があり、その幹縄に等間隔で少し細い縄が何本もくくりつけられている。これは枝縄と呼ばれており、その先端の釣り針に小魚をつけて海に投げる『投縄』が朝の仕事だ。「作業開始!」リールから幹縄が吐き出されていく。その脇に並び、見よう見まねで「し」の字形の釣り針にエサをつけていく。リーダーは先頭で、一定の間隔でブイをつけているようだ。左手で手のひら大の釣り針を掴んで、右手でイワシやアジ、サバを刺す。これの繰り返しなのだが、かなりのスピードが要求される。目の前にやってきた釣り針が手から離れるまで10秒かからないぐらいだ。もうちょっとゆっくりやってくれよ。どうにか遅れないように仕事を続けるが、いっこうに終わる気配はない。いったいいつまで…。急に船酔いが襲ってきた。もうノドのところまでゲロがあがってきている。うえ、ヤバイ…。ゲロの波をおさえることができずにその場で吐いてしまった。
「こらオマエ、吐くのはいいけど手を止めるな!」
 マジで?他の船員もオレを案じる様子もなく、淡淡と仕事を続けている。
それにしてもこの作業はいつまで続くのか。吐き気をおさえながら隣の日本人に聞いてみた。
「あれ、聞いてない? 幹縄って150kmもあるんだよ。東京静岡間とほとんど同じ距離」
 150キロ! そしてその150キロの間に2200本もの釣り針がついているらしい。途方もない数字を聞いてよりいっそうやる気が失せた。吐き気もとまらないし、実際何度も吐いてるし。ところで先ほどから、途中で一人が持ち場を抜け、数分で戻ってきたかと思えば、また別の一人が場を離れていくという繰り返しが行われているのだが、あれはなんだ?謎はオレにも声がかかったことでようやく解けた。
「朝飯食ってこい。5分な」
たった5分でメシってか!食堂にはお茶漬けが用意されていた。が、ひと口だけで吐きそうになったので、イスに座ってつかの間の休憩をしてからデッキに戻る。まるでロボットのように同じ動きを続けてどれくらい経っただろうか。リーダーから「終了」の声が飛んだ。ふらふらしながらベッドに倒れこむ。時刻は午前8時過ぎ。4時間もあんな単調な作業をしてたんだ…。船はこれから正午までの3、4時間ここにとどまり、針にマグロがかかるのを待つ。その間は寝てようが何をしてようが構わないとのことだ。いつのまにか正午になっていたみたいで、同部屋の人間に叩き起こされた。チカラが入らないカラダを無理やり動かしてデッキへ。
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午後の仕事は『揚縄』朝投げた幹縄を引く作業だ。電動リールが動き出し、その勢いにあわせてオレたちもゆっくりと縄を引き揚げる。…ぐぅ、水の中の縄を引くのってこんなにキツイのか。これに比べたら投縄はまだマシかもしれない。エサがついたままの針や、エサだけ食われた針が船に戻ってくる。肝心のマグロの姿はこれっぽっちもない。4時間ほど続いたところで、また例の食事タイムだ。船員が1人ずつ交代でデッキを離れ、5分で夕食をとる。オレはなんとかレトルトカレー(こういうお手軽な食い物が多い)を胃袋に流し込んだ。縄を引っ張ること5時間。先頭のリーダーが大きな声をあげた。「かかってる!」きた! リーダーが一気に縄を引き、そのペースを乱さないよう、後ろのオレたちも縄を引く。リーダーのそばにいる船員がカギと呼ばれる鉄の棒を手にした。水面から見えたマグロの口にひっかけ、弦門(マグロを引き上げるドアみたいな箇所)からいっきに引き揚げる。すげー。これって超デカイんじゃないの?その場でサイズが計測された。
「体長200センチ・160キロ!」続けざまに一人がいそいそとマグロの処理をはじめた。大きな包丁で尾をちょん切って、エラを外して手を突っ込み、中から血まみれのはらわたを取り出す。その後は二人がかりで魚艙に収納だ。さっきまでの静寂はなんだったと思うぐらいに、このあとマグロの引き揚げが続いた。深夜0時まで揚縄を行い、かかったマグロは25本。2200本の針でこの数字はごく普通らしい。ようやく1日の作業が終了かと思えばそうではなかった。オレみたいな初心者は、デッキの掃除や道具の整理整頓などの雑務をしなければならない。中でも大変なのは揚縄の途中で絡まった縄をほどく作業だ。わけのわからない様子でこんがらがっていて、イヤホンが絡まるぐらいの可愛いレベルではない。結局ベッドに入ったのは深夜2時だった。朝から働きっぱなしで腕にチカラが入らない。投縄は8人ずつで1日置きに行うため、翌朝はオレの組は休み。ブザーが鳴ってからも二度寝し、ゆっくりシャワーや朝飯で時間を費やした。が、午後の揚縄は全員参加だ。昨日と打って代わって15分に1本マグロがあがるハイペースが続く。壮絶に疲れながらもたくさんマグロが獲れることは素直に嬉しい。リーダーが妙な声をあげた。「お年玉だ!」作業員の手が止まり、全員が弦門に集まった。リーダーが何かを引き揚げた。うわデカっ! 2メートルはあるんじゃねーの?のたうちまわってる生物の正体はサメだった。リーダーが背中に包丁を入れ、三箇所ほど刺したら動きが鈍くなった。隣のインドネシア人が声をかけてくる。
「アレが売れるんダヨ」
「どういうことですか?」
「見てればわかるよ、ホラ」
リーダーは弱っているサメを踏みつけ、ヒレを一気に切り落とし、胴体部分をそのまま海に投げ入れてしまった。なんで尾っぽを残すんだ?
「フカヒレだよー。知ってるでしょ? あれ高いからイイお金で売れるんだよネ。だからお年玉」
このフカヒレは日本に持ち帰るのではなく(国際法で禁じられているため)、寄港地のモグリの買い取り業者に現金で売りつけるらしい。そして金額に応じて乗組員にボーナスが分配されるそうだ。
 お年玉は1日3回訪れることもあれば、数日まったく引っかからないこともあるようで、オレが次にサメを見たのはその2日後のことだった。しかしそのとき悲劇が。作業を中断し、弦門付近に集まった瞬間、「うわああああ!!」「バカ野郎、前に立つんじゃねーよ!!」
サメが、ある作業員の太股に噛みつき、ズボンが引きちぎられ、中から肉のはがれた太股が見えている。船内には医者などいない。どうするのかと冷や冷やしていたら、船頭が常備薬ボックスを抱えて走ってきた。消毒薬を思いっきり振りかけて何枚もの絆創膏を重ねて貼る。そのうえから包帯でぐるぐる巻きに…そんなんでいいのか?
「ったくふざけんじゃねーぞ!」
幸いそれほど大きな怪我じゃなかったようで、彼は1週間ほどで漁に復帰した。遠洋漁業ではおよそ3カ月に1回、外国の港に3泊ほど寄港する。燃料や漁のエサ、船員の食料や物資の補給が目的だ。
ようやく寄港地のシンガポールにやってきた。食堂に集まるオレたちに船頭が封筒を手渡す。
「宿泊金と船員手帳が入ってる。ここで寝てもいいしどこか宿をとっても構わないから、ゆっくり休め。解散!」 宿泊金は日本円で10万円。どう使おうがオレたちの勝手だが、最後にもらう給料から前借りしてるだけなので使わないにこしたことはない。余ったカネは船が出るときに船頭に渡して保管してもらうシステムだ。船員手帳はパスポートと同等の効力を持った書類だ(実際オレたちはパスポートを持ってきてない)。これさえあれば海外どこでも入国できてしまう便利なものだ。陸ではもちろん女を買った。船の中での性処理は妄想オナニーで、しかもシャワー室で立ったままシコるのみ。そんな生活を3カ月も続けて、生の女の魅力に抗えるはずがない。ありがたかったのは、この街で「お年玉」がさばけたため、臨時ボーナスとして1人5万円が支給されたことだ。持ち帰りOKのポールダンサーを4人買ってもお釣りが出るし!つかの間の極楽を経て、再び船は出航した。仕事の流れはカラダに叩き込まれたが、体力的にツライのは改善されない。揚縄が終わって後片付けをしていたらまもなく投縄なんてこともあり、睡眠時間が極端に少ないのが一番のストレスだ。
数週間後、事件は起きた。
その日は大時化の中で揚縄を行っていた。雨で視界は悪いし、船がグラングラン揺れているが、マグロ漁は天候によって漁を中断することはない。マグロがかかっておらず、全員で淡々と縄を引いていたとき、一人のインドネシア人が絶叫をあげた。手を激しく振る彼。その手のひらに釣り針が刺さって貫通している。嘘だろ…。揚縄のときは針のある箇所ではことさら注意して縄を引くのだが、彼はあろうことかおもいっきり針ごと縄を握ってしまい、手のひらを貫通させてしまったのだ。おそらく時化で視界が悪かったのだろう。全員どうしていいかわからずうろたえるなか、さすがに船内での治療はムリだと判断した船頭が、無線で近くの船を呼び、病院に運ばせた。このインドネシア人は二度
と戻ってこなかった。朝の投縄でも信じられない事件が起きたことがある。リーダーが船の先頭でブイやエサ、浮きをつけているときだ。
「ううあ〜! 助けてぇ!」
そんな声を残してリーダーの姿が見えなくなった。走って近寄ってみれば、なんと海に投げ出されている。
「ひっかかったー! たすけてくれー!!」
針が作業着にひっかかってそのまま海に投げ出されたようだ。助けると言ってもこの荒れた海に飛び込むわけにはいかない。全員で縄を引き、波のチカラで流されるリーダーを引き揚げるまでに30分を要した。なんとか生還したリーダーは息も絶え絶えに何かをつぶやいている。
「死ぬ、死ぬ。もうムリだ。オレはもう乗りたくない。死ぬ。死ぬ」
 幸い生死に関わりはなかったものの、この事件がトラウマになってしまったリーダーは次の寄港先で船を降り、飛行機で日本に帰った。残されたオレはあらためて死と隣り合わせであることを痛感した。なんでも同じような事故で海に投げ出されるマグロ漁船員はけっこういるらしい。危機はデッキのみにあるわけじゃない。航海が残り1カ月を切ったころ、揚縄が終わりクタクタになってシャワーを浴びていたら、先輩(日本人)がいきなりカーテンを開けてきた。
「ちょっと、やめてくださいよー」
「おう、いい尻じゃねーか」
すっぽんぽんの先輩はオレの尻をひと撫でして去っていった。船の中では仕事中以外、裸同然で過ごす人もいる。暑いからと、裸で廊下を歩いてる光景もよく見る。男だけの世界なので誰も気にしないのだ。その先輩もそうだった。ときどきからかうようにチンコを触り合うみたいな流れにもなったことがある。だから今回のこともまったく気にしていなかったのだが…。翌日、再びシャワー室。カーテンを開けてきたのは同じ先輩だ。
「おう、悪いんだけどちょっとだけしゃぶってくんない?」
何言ってるんですかと口に出そうと思ったが、目に入ったチンコを見て息が止まった。ギンギンに勃起してるのだ。え、もしかしてそっち系?
「いやそれはちょっと…」「ちょっとだけでいいからさぁ」
「すいませんムリです」
「(深呼吸して)ナメんなよ!!」怒鳴り散らした先輩は、その翌朝、恥ずかしそうな顔をして近づいてきた。「昨日、オレなんかした?」「…ええ、まあ」
「ごめん。酒飲むとたまにヘンになっちゃうんだよ。アハハ。ま、気が向いたらしゃぶってくれればいいから。アハハ」女がいない特殊な環境だけに、ない話ではないと思ってたけど、まさかオレに降りかかってくるなんて…。
初マグロ漁を終えて懐かしのK港に戻ってきたのは、2010年の正月のことだ。2週間後に振り込まれた金額は384万円。すぐに各所からの借金を返済し、オレは晴れてキレイなカラダに生まれ変わった。めでたしめでたしだ。マグロ漁船は未経験者であっても30代前半までは募集が出ている。興味のある人はどうぞ。