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当時26才のオレは、大阪の片隅の美容院で美容師として勤めていた。仕事は順調だった。カットの技
術はまずまず、接客態度もそこそこ(自分なりの査定だが)。経営者にも気に入られ、同い年のサラリーマンを少し上回る程度の給料をもらっていた。そんなオレに突然の不幸が襲ったのは夏のある日のことだった。ワケもなく手が震え、心臓がバクバクし、冷や汗を掻き始めたのだ。慌てて病院に出向き、検査を受けると、医師から「バセドウ病」との診断が下った。甲状腺ホルモンが活発になることによって、精神や肉体に影響が出る病気らしい。
 現代医学では治療法が確立されておらず、治るかどうかは本人次第。場合によっては、ずっとこのままということもあり得る…ってホンマかいな!?
「なんとかなりませんか、先生」
「とにかく、通院治療をしてみてください」
 転落はここから始まった。病気は一向に治らず、店をクビになったのだ。そりゃ、手が震える美容師なんて置いてくれるわけがない。しかたなく職安にライン工場の仕事を紹介してもらい、ときどき震える手をごまかしごまかし作業していたのだが、この生活もすぐにままならなくなった。体調のせいで欠勤が増え、クビになったのだ。もはや働く気力も奪われた。完全な無収入だ。そうして半年、蓄えが2万円を割ったあたりで、電気ガス水道も止められ、部屋の中は真っ暗に。家賃すら滞納するハメになった。ある日の夕方、部屋のドアが激しくノックされた。
「管理会社の者ですが! 谷中さんいるんでしょ! 家賃どうなってるんですか」払いたいのは山々なれど、ない袖は振れない。このままここにいたら自分がオカシクなりそうだ。もはや限界。オレはボストンバック一つ抱えて部屋を飛び出した。3日ほど新大阪の駅構内や公園のベンチで眠った。服はぼろぼろ、髪はべとべと。所持金はすでに1万円を切り、のっぴきならない状況に陥っていた。
 ほうほうの体で向かったのは、西成だった。
いわずと知れた、日本一のドヤ街である。借金を抱えた者、追われてるヤツ、わけありの人間が最後の最後に落ちていくところだ。気持ちに余裕があれば、他の選択肢も浮かんだろう。パチンコや違法のポーカーゲーム屋で働く手もあったと思う。でも貯金もなく、手がしばしば震えるような状況では、とても生活を送れるとは考えられなかった。一種の自暴自棄に陥っていたのだろう。西成にいるのは労働者風情ばかりだった。真っ昼間だというのに酒場はすでに開いており、ワンカップをかっくらっているオッサンがあちこちにいる。仕事なんてどこふく風と言わんばかりだ。
 三角公園では、白昼堂々と丁半バクチが行われていた。警察が取り締まらないのが不思議なほどである。ツボ振りの威勢の良い声がとどろく。
「丁ないか〜、半ないか〜」
 集まった6、7人の男たちが、小銭をかけ、サイの目に一喜一憂している。こうして彼らは、なけなしの金をむしり取られていくのだろう。ともかく体を落ち着かせようと、三角公園近くにある1泊700円の安宿に飛び込んだ。案内された部屋は想像以上に酷かった。広さ一畳ほどの室内に、テレビと布団が置かれてるだけ。窓がないせいで陽の光が入らず、やたらじめじめしている。壁にシミついたタバコや酒、汗の入り交じった匂いも、タマらなく臭い。
「テレビは有料やから。隣の部屋の人もおるし、あんまりうるさくせんように」
「は、はい」
「延泊する場合は前の日の夜に払ってな。ほんじゃ」
 オバハンが出て行って、オレはごろりと横になった。ただただ眠りたかった。翌日から仕事に出た。朝の5時ごろ三角公園に行けば、手配師から日雇いの仕事を紹介してくれると、宿のオバチャンに聞いたのだ。
 日雇い仕事のキツサは想像を絶していた。連れて行かれたのは、ビルの建築現場である。オレたち日雇いの仕事は、鉄骨や鉄板などを職人さんに届けるのだが、とにかく重さがハンパないのだ。20キロはあろうかという鉄板をかついで、あっちこっちを走り回らなければならない。ときどき震える手で。あたりには鉄骨などの建築資材がゴロゴロしており、うっかりつまずけばいつ骨折してもオカシクない状況だ。ひるんでいると、若いニーチャンからドヤしつけられる。
「何やっとんねん! オッサン」
 こうしてもらった日当7千円は、すぐ散在に消えた。労働した後のビールというのは、悪魔的なほどに魅惑的である。定食屋に行けば、メシのみならず、瓶ビールや酎ハイをしたこま飲んでしまうのだ。よっぱらって店を出ると、タバコや酎ハイ、エロ本、乾き物やオカシを買い込み、宿に戻って、また1人で酒盛り。当然、金は残らない。
(まあええわ。また現場仕事すればええし)
 こうしてオレは、気が向いたときだけ働き、金がなくなったら、また仕事をするという、典型的な労働者サイクルに陥った。西成でのその日暮らしは1年以上つづいた。病気さえ治ればいつでも抜け出せるとタカをくくっていたが、手の震えは一向に止まらず、オレはこの生ぬるい環境に身をからめとられてしまっていた。その日、日雇いの仕事にありつくべく行列に並んでいたら、手配師の後ろに見慣れない男が立っていることに気づいた。
 イカツイ顔に、ただならぬ雰囲気。明らかにヤクザである。手配師がペコペコしてるところからして兄貴分なのだろう。まあオレには関係ないことだ。と思ったら、その男が「大丈夫か?」と声をかけてきた。ぷるぷる腕が震えていたので、体の具合でも悪いのかと思ったのかもしれない。
「すんません。具合悪いんとちゃうんです。バセドウ病言うて、腕が動かんのですわ」
「そりゃ難儀やのう」
「この腕のおかげで、こんなとこまで落ちてもうて。ホンマやったら今ごろカリスマタ美容師になって女とヤリまくっとったのに」
「なんやそれ?」
「カリにスマタのダジャレですわ」
「はは、兄ちゃんアホやのー」
 このヤクザが一本の糸を垂らしてくれた。
「まだ若いんやから、こんなとこにおったらあかんで。仕事紹介したるわ」
「仕事ですか」
「知り合いのスナックがオープンしたばっかで人手が足らんねん。大した金は払えんけど、住み込みで店員やってくれへんか」
 どこの誰とも知れぬヤクザの提案を二つ返事で受け入れたのは、だいそれた希望があったわけではなく、ただ西成から離れたかっただけのことだ。スナック店員の仕事は、手が震
えても問題なくできた。住み込みで給料は15万。とても満足できる内容じゃないが贅沢を言える身分じゃないことはわかってる。このスナックは、関西の有名芸人が経営していたため、彼と親しい芸人が毎日のようにやって来た。元来がミーハーに出来ているオレ。店のカメラを使って、彼らとのツーショット写真を個人的にぱちぱち撮りまくった。
「はい、笑ろてください」
「なんや、リクエストかいな。おれの笑顔は高いで」
「いいですねえ。はい、チーズ」こんな調子で、有名どころからマイナーまでおよそ50人分は撮り溜めたろうか。西成暮らしだった男が、有名芸人とツーショット写真に収まれるなんて、こんな環境でしかありえないことだろう。そのスナックは1年で経営が立ちゆかなくなりあっさりつぶれた。どうするか。手元に残ったのは、10万円ばかりの現金と、芸人とのツーショット写真だけ。この持ち駒を使っていったい何が出来るのか。芸人と親しい男だとはアピールできるが………。ひらめいたのは、マルチ商法だった。有名人と交流があることを(といっても写真を持ってるだけだが)武器にすれば、アホなカモを捕まえられるのでは。さっそくオレは『ビジネスチャンス』というマルチ専門雑誌に広告を載せていた会社に片っ端から電話をかけた。
「すんません。芸人とのツーショット写真を持ってるんですけど…」
 使えると判断したのか、化粧品を扱うマルチ業者、X社が興味をもち、営業マンとしての採用が決まった。報酬は基本給15万円+歩合である。X社のシステムは他のマルチ同様、客をみつけて商品を買わせれば、そしてその客がまた新たな客をみつけるたびに収入が上がっていくシステムだった。オレの最初の客になったのは、40代後半のサラリーマンだった。彼と出会ったのは、X社がマンションの一室で主催するマルチの説明会場だ。のっけからオレは武器を使った。
「不安はよ〜くわかります。ただ、例えば、私の知り合いには芸人さんが大勢いらっしゃるんですがね。彼らもこの化粧品を愛用してるんですよ」「ホンマですか?」
「ええ。成功者というのは、本物がわかるものなんですよ。それこそが商品が素晴らしいという証拠じゃありませんか」
カバンの中からアルバムを出し、嘘八百を並べ立てる。
「これは僕の馴染みの会員制のバーなんですがね。よくこの方とご一緒するんですわ」
「え?き●しさんじゃないですか?」
「ええ。この方もウチの商品をつこてますわ。あと、こちらの方ととか」
「よ●●ちさんですよね!」
「彼もウチの商品の大ファンなんですよ。他の芸人さんにもすすめてくれていてね。ありがたいですわ」
「は〜〜」
 芸人さんには申し訳ないが〝証拠〞の効果は絶大だった。大阪という町は、芸人のお墨付きに弱い土地柄なのだ。契約はまとまり、この一件だけでオレの元には32万円が転がり込んだ。以降もオレは、交渉を行うたびにツーショット写真を使った。例えばある客はマルチそのものに関心がなかったはずなのに、●●さんもやってるんですわ、●●師匠もですわと口説けばだんだんと目の色が変わり、即日、入会を申し込んだ。
 例えばある客は●●師匠の肌がキレイなのはこれのおかげやったんかと感心し、商品の効果を信じた。マルチビジネス成功の鍵は、結局のところこちらの人間性をどう信用させるかに尽きる。オレ自身はうさんくさい人物でも、その知人に有名芸能人がいれば、彼ら彼女らはいとも簡単にオチてくれた。多くのマルチ会社が有名人を広告塔に持ってくるのも、つまりはそういうことだ。オレの月収は半年で100万円を突破し、周囲には取り巻きのようなグループができた。成功者にあやかろうとする連中だ。
 このあたり、憧れや損得勘定がないまぜになったマルチ独特の人間関係で、彼らはこの人に付いていけば自分も金儲けできると信じ、そして実際に必死に子を勧誘して、オレを儲けさせてくれた。こういうピラミッド関係ができあがれば、マルチは勝ちである。いつしか収入は200万を超えていた。