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脱サラしてラーメン屋の店長になる人間は、大きく2パターンに分かれるのではないか。
ラーメン好きが高じ、自分も人気のラーメンを作ろうと一念発起し、スープがどうこう麺がどうこうと研究しながら邁進するタイプ。
かたや、大手ラーメンチェーンのフランチャイズオーナーになって、店作りも味も本部の言うがままに作り、あわよくば経済的に成功したいと考えるタイプ。どちらが良い悪いということはなく、どちらにも成功失敗はあるだろう。ドラマチックなのは前者だ。ラーメンに己を賭ける姿は、しばしばドキュメンタリー番組のテーマにもなっている。旨いラーメンを作り、お客さんに喜んでもらおうという姿勢も、共感を呼ぶところだろう。本ルポでの主人公は、後者の失敗パターンを歩んでいる。そこにドラマは…。  
3年前、50才のいつだったか、ラーメンチェーン『K』に一杯のラーメンを食べに行ったことで、オレの人生は大きく転換した。カウンターでぼんやりできあがりを待っていたとき、ふと、目の前の冊子に目がとまった。
『フランチャイズ(以下FC)オーナー募集』なんだこれと手を伸ばす。そこには脱サラ組や、未経験からFCオーナーになった人たちの声が載っていた。
「飲食業界未経験でも繁盛店のオーナーになれます」
「50才でFCオーナーに転職。成功をおさめています」
そのときオレは某企業の課長職に就いていた。給料は額面35万円(ボーナス入れて年収520万)。地方在住のうえ、ずっと独身なので、普通の生活は送れていた。が、なにかモヤモヤした気持ちがあった。このままでいいのか。サラリーマンとして一生を終えていいのか。そんな漠然とした鬱屈を抱えていたのだ。いつか自分で何か事業をやりたい。どうせなら一国一城の主になりたい。そんなオレの心に、Kで成功を収めたオーナーたちの体験談は染み入るように頭に入ってきた。そこそこ旨いラーメンを食べながら考えた。この味なら客が来ないなんてことはないだろう。現にいまも昼時をすぎているのに客席は半分ほど埋まっている。しばらく後、KのFC説明会に参加した。そこで聞いた先輩オーナーの声がオレの背中を強く押した。
「ワタシは業界未経験ながら、FCオーナーとして成功をおさめました。いまでは3店舗のオーナーとして忙しい日々を過ごしています。挑戦して良かったです!」
最初の店を始めて3年ですでに複数展開しているとは!いざ、自分の現在の条件でオーナーになることは可能なのか。詳細を聞くために、東京の「K」本部を訪れた。ビジネスライクに説明された内容は以下のとおりだ。○オーナー登録費、店舗改装費、設備等、その他諸経費を合わせて初期投資に必要なのは1400万円程度
○店舗は居抜き店(過去にKの別店舗として使われていた場所)を再利用する
○本部に払うロイヤリティ(手数料)は毎月、売上げの5%
○本部が試算したモデルロール(立地、周囲の環境等を考慮した収支の目標)によれば、2年弱で初期投資は回収できる
○本部で約2週間の研修の後、店をオープンさせる
初期投資1400万円。決して低くない額だが、ずっと独り者だったので、なんとか貯金でまかなえる。それよりも気になるのは、過去にKだった店を居抜きで使うという部分だ。いったん閉店したってことは、うまくいかなかったからじゃないのか?
「ああ、それは旧オーナーさんの個人的な事情によるものなので大丈夫ですよ」
「お客さんが入らなかったとか、そういうことではないんですか?」
「うーん、そういうことは聞いてないですね。あくまで個人的な事情です」
信じていいのか? Kが閉店した場所にKがオープンする。そんなので客は来るのか?が、もし一から新たな場所を探すならば、改装費などで初期投資はさらに500万円ほどかかることになると説明され、この問題は納得することにした。なお、店がオープンしてから、オーナーかつ店長となるオレがやる仕事は、従業員の採用・管理、経理関係、ラーメン作りぐらいで、新メニューの開発や販促などは本部任せ。フランチャイズならではの安心感だ。本部の試算した『モデルロール』によれば、店の予想売上げは月500万程度(休日なし)。経費やロイヤリティを差し引き、オレの手元に残る金額は80万円。悪くない。すでにオレの心は前を向いていた。いったん地元に戻ってあっさり会社を辞め、また上京して契約書にサイン。もう後には戻れない。
 翌日、銀行へ。窓口で1400万円を一括で振り込んでもらうときには、さすがに緊張した。Kならきっと上手くいくとは思うのだが、なんせ1400万円だ。平静ではいられない。これで貯金残額は500万ほどになった。その後2週間の研修期間で、声出しなどの接客マナー、ラーメン作りを教わるあいだに、求人誌にオレの店の従業員募集広告が出て、(本部が手配したもの)、いよいよ動き出したと実感がわいてきた。もうすぐオレのラーメン屋がオープンするのだ。研修が終わり、改装が終わったばかりの自分の店に初めて足を運んだ。アルバイトの採用面接が入っているためだ。国道沿いの我が城の外観はばっちりキマっていた。キレイな看板に陽が当って煌々と輝いている。11台分の駐車場もちゃんと整備してある。店内も清潔感にあふれている。カウンターが12席で4人がけテーブル席が4つ。Kでは標準サイズの店だ。思わず想像してしまう。厨房にいるオレ。たくさんの客がラーメンをすする店内。登場人物全員が笑顔だ。採用面接にはスーパーバイザー(以降SV。様々なアドバイスをしてくれる本部付けの社員)が同席した。彼とは、今後の店舗運営を共にやっていくこととなる。SVが場を仕切る。
「それでは店長、最初の面接が始まります」
店長か。いい響きだなぁ。パート希望の一人が少し、コミュニケーションに難がある(SV曰く接客業に向いてない)とのことで、この日は4人のバイトが内定した。その後も面接を重ねて、計7名がオープニングスタッフとなった。そこから数日は、オレとバイトたち、本部のスタッフ(オープンから1ヶ月は手伝ってくれる)とで、店舗調理のリハーサルを何度も行った。調理自体は簡単だ。なにしろすべての食材が本部から送られてきて、それをマニュアル通りに作るだけなのだから。スープは毎日送られてくるパック詰めの汁を大きな寸胴に入れ、常に火にかけておく。チャーシューやネギなどの薬味も届いたものを切り分けるだけ。麺も同様に、毎日一定量が届くので、注文のたびに茹でるのみ。その他サイドメニュー(デザートなど)はほぼ、皿に盛り付けるだけ。メニューは多いけれど覚えてしまえば単純だ。
いよいよオープン日がやってきた。開店の午前11時が近づき、店の外がザワザワしている。チラっとのぞいてみれば、すでに数人の行列が。
「それではラーメンK●●店、ただいまよりオープンです! いらっしゃいませ! !」
音頭と共に客が店になだれこみ、従業員による注文の声が店内に響く。
「ラーメンひとつ、チャーシューメンひとつお願いします!」
「ラーメン2つ!」活気付く厨房内。慌てふためくオレだが、本部スタッフのおかげでなんとか対応はできている。すぐに満席になり、再び行列客ができた。これがKのネームバリューなのか。怒涛の混雑は閉店の23時までほぼ途切れることなく続いた。クタクタのオレにSVが言う。
「山内さん、初日は大成功ですよ。売上げは20万を超えてます」
今日だけで250人以上のお客が入ったみたいだ。モデルロールでは月500万の売上設定だったが、この調子なら月600万を超えることになる。
「しばらくこのペースが続くと思うのでしっかり休んでください。このまま一気に地元に認知されるよう、一緒に頑張りましょうね」
「はい、よろしくお願いします!」
車で30分ほど走り、自宅に戻ったのは深夜2時だった。明日も11時オープンなので9時には店に着かなきゃな。以降も開店日ほどではないものの順調な客入りが続いた。あっという間の1カ月が終り、店の収支があらかた判明した。
●総売り上げ│480万円
●支出
 原材料費(麺やスープ、具材等)│170万円
 人件費│80万円
 家賃、水道光熱費│90万円
 ロイヤリティ│24万円
 その他雑費(設備リース料等)│35万円
●純利益│81万円
ざっくり言えばこの81万円がオレの月給だ。が、丸々自由に使える「手取り」ではない。オレの立場は『個人事業主』なので、税金や健康保険料などは個人で支払わなければならない。なにより1400万円の初期投資も回収しなけりゃなんないわけで、ムダ遣いは禁物だ。それにしても、会社員時代に比べて、この自由さはどうだろう。オレの店は朝11時から夜11時まで無休で営業しているため、そのすべてに出勤すればとても体がもちそうにないが、オレの場合は当初こそマメに店に顔を出したものの、しばらくしてからはバイトに任せるようにした。朝は悠々自適に9時起床。店に電話を入れてトラブルがないか確認する。ラーメン作りはバイトに任せ、オレはパチンコ屋に行ったり、喫茶店で時間をつぶす。そして夕方になったら店に顔を出し、厨房に入る。土日はすべてバイト君たちに任せ、競馬や競艇でちょこちょこ遊ぶ。会社員時代にはこんな自由時間などほとんどなかっただけに、まったくK様さまだ。2カ月目、3カ月目も、客入りは相変わらず順調だった。平日170〜200人、祝休日は200人以上の客が入るのだから文句はない。開店して4カ月目に、店に入ってちょっとした異変に気づいた。時刻は夕方6時。いつもなら満席に近いはずだが、なんだか空席が目立っている。「なんか寂しくないか?」「そうですか? 最近はだいたいこのぐらいですよ」
ちょっと客が減ったかな。その程度の認識でいたのだが、さらに1カ月、2カ月と経つにつれてそれが露骨になってきた。夕食時なのに店内は半分ほどの埋まり具合。4人出勤してるバイトたちがヒマそうにしている光景が目立つ。改めて帳簿を確認してみれば、やはり緩やかに客数は落ちていた。開店当初の7割ほどか。…もしや味が落ちたか?バイトにラーメンを作らせて食べてみる。スープは…うん、いつもどおりだ。麺も。チャーシューもなんら変わらない。
「麺の茹で具合とかはちゃんとしてるんだよね?」
「もちろんですよー」
マニュアルどおり作ってるんだから味が変わるなんてことはないよな。だがこのまま客が減ってくのはまずい。SVに相談してみるか。
「こういう状況なんですけど、何かキャンペーンとかイベントとかをやったほうがいいかもしれないですよね」
「うーん。まずね、ラーメン屋ってこういうものですよ。やっぱりずっと大入りってわけにはいかないですから。あとね、新メニューがまもなく発表されるでしょ? あれで客数も増えるはずですよ」
まもなく新メニューの発売が控えている。この、頻繁に新メニューを打ち出すやり方こそがKのウリだ。それでまた持ち直してくれればいいんだが。しかしそう上手くはいかなかった。定期的に行われる限定メニュー発売直後こそ客でごった返すものの、3日としないうちに大波は引いてしまい、元の客数に戻るのだ。オープンから1年が経った。毎月の純利益はどんどん減っている。
81万、70万、63万、57万…。1年目、店の利益はトータル501万円だった。オレ個人の手取り年収は360万円ほど。退職前は440万はあったから、余裕で下回っている。くそ、どうして…。
それでも店を続ける以外の選択肢はない。まずはムダな経費を減らすことから取り組むか。従業員は現在10名いる。朝から晩までフルタイムで働けるのはそのうちの4人だけだ。
ならば時間が限られるパートのおばちゃんたち3人に辞めてもらうか。オレが休憩を取らずに働けばなんとかなるだろうし。次に考えたのは原材料費の削減だ。Kでは毎日、決まった量の食材が店に届けられる。だが客入りが良くなければ当然、ロス(ムダにしてしまう食材)が出るわけで、なんとももったいない。もうちょい仕入れを減らせないかな。だがSVによれば、それはできないそうだ。
「もし食材の量を減らして営業中に足りなくなったらどうするんですか。そんなのは絶対ダメですよ」あくまで毎日充分すぎる量を仕入れなければいけないそうだ。つい、FCオーナーになったことを後悔してしまう。これがなんのしがらみもない個人ラーメン屋なら、仕入れの量は自身の判断で調整できるし、なんなら卵はココ、ネギはこっちなどと、そのときどきや経済情勢でより安いところから材料を仕入れられるのだから。ま、そんな力量などオレにはないだろうけども。従業員を減らしたため、毎日朝から店に出て働きづめの日が続いた。とある昼、全体の半分ほどしか埋まってない店内から怒号が響いた。
「おせーよ、何分待たせんだ!」
「どうなさいましたか?」
「おめーよ、何で客もすくねーのにラーメン出てくんのおせーんだよ!」
「すみませんでした。急いでやりますので……」
「そんなんだから客が減るんだよタコ!」
バイトの子のオーダーミスによるトラブルだが、彼女のせいだけには出来ない。何日も連勤させたことで集中力が低下したのだろう。月の利益は下降線をたどり、オレの収入は月25万円ほどで推移した。ここから税金などを払うことを考えると、やりくりは大変だ。住んでいるワンルーム賃貸マンションの家賃は7万7千円。さらに光熱費や携帯代、食費などを差し引くと、手元には幾らも残らない。わずかに残っていた貯蓄もすぐ底をついた。店を始めて2年が過ぎたある日、帰宅したときに衝撃が走った。玄関のカギを開けて電気のスイッチを押しても明かりがつかないのだ。え、なんで! ?
電気を止められていた。どうやら少し前から口座引き落としができず、督促の手紙が届いていたらしいが、そんなのを見過ごしてしまうほどオレは忙しく働いていたのだ。なんせバイト従業員は5人にまで減らしている。土日と平日の夕方以外はほとんどオレとバイトの2人だけで店を回しているのが実情だ。どうしてこうまで客足が減ったのか。近所に新しいラーメン屋ができたことも大きいだろうし、ファミレスやショッピングモールができたのも痛い。ショッピングモールのフードコートにはラーメン屋が2つも入っているらしいし。ある日、東京の本部でオーナーミーティングがあり、そこでオレと同じように業界未経験でオーナーを始めた人と知り合った。ミーティングが終わり、どちらともなく誘って激安居酒屋に入る。
「あの、正直ウチの店ヤバイんですよ。最初の予定よりぜんぜん客入らないし。もうイヤっす」
ここぞとばかりにグチった。妻や彼女もいなければ、ましてや店にも本心を吐露できる人間はいない。SVは「とにかく頑張りましょう」と言うばかりで、なんら心が晴れないのだ。彼も同じだったらしい。
「ウチも散々ですよ。ていうかあのモデルロールって適当でしょ。あんなの、店オープンした月の売上げがずーっと続いて、やっと到達できる計算ですもんね」
そうだ、そうだ。あんなの今となっては夢みたいな数字だよ。いまやウチの店は、一日100〜120人ぐらいしか客がこないし。おまけにオーナーの家は電気を止められる始末だ。一国一城の主がこれでは客なんて来るわけがない。彼の場合は初期投資を知人から借金して工面したそうで、オレよりも参っていた。
「辞めるのは簡単だけど辞めてどうするってんだよ。チクショー」
今年、オーナーになって3年目に入った。自宅の電気やガスは相変わらず止まることがある。水道は2カ月ほど滞納しても止まらないので、その金を電気やガス代に回してやりくりしている情けなさだ。ホンネで言えば従業員をあと最低3人は増やしたい。それも長時間入れる人間で。だけどウチの店にそんな体力は残ってない。結果としてオレは毎日、ほとんどの時間を店で過ごしている。注文が入ればラーメンを作る。もうマニュアルなんてのは覚えてるので見る必要もないが、客がいないヒマな時間はそれをぼーっと眺めて過ごすこともある。従業員たちもヒマそうだ。奥に引っ込んでスマホゲームをやってるヤツもいるけど、客がいないので注意する道理はない。肉体だけでなく精神面でも限界が近づいている。
ある日、店頭に2人の男性客が立っていた。わずかでも客を逃したくないので、すかさず外に出て声をかける。
「良かったらお入りください!」
「……」
なんだ? 黙ってコッチを見ている。
「あのさ、なんでそんなパクリばっかやってんの?」
「…はい?」
「プライドねーのかよ。しかも本家より不味いし。プッ」
Kのやってる限定メニューに対しての苦情だ。ウチでは他の人気ラーメン店に似せたメニューを出すことがある。それを喜んで食べてくれる人も多いのだが、一部のラーメンマニアみたいな連中から文句を入れられることもしょっちゅうあるのだ。特に発売直後は、店の電話が鳴りっぱなしで仕事にならないこともしばしばだ。
『パクんな、カス』
『ちゃんと自分らで考えてメニュー作れよ』
『死ねよパクリバカ』
罵詈雑言とはこのことだ。そんな言葉を投げつけられること自体苦しいのだが、電話応対により、せっかく来た客を待たせてしまうことほど心苦しいことはない。Kオーナーとして成功している人もいるわけだから、本部の責任にはできない。悪いのは、客を呼べない自分なのだとは思う。でもいったい何をどうすればいいのだろう。3年前に想像したラーメン屋オーナーの姿は、いまのオレにはわずかも残っていない。真剣に店をたたむことを考えてはいるが、その後どうやって暮らしていけばいいのか、自分にいったい何ができるのかさっぱり見当がつかない。惰性で続けていくことは間違いなく無理だろう。でも、次は何を?そんなことばかり考える日々だ。