0171_20181116150957f39.jpg 0172_2018111615095985c.jpg 0173_20181116151000308.jpg 0174_20181116151002375.jpg 0175_20181116151003c15.jpg 0176_20181116151005478.jpg 0177_20181116151006097.jpg今回は前々から気になっていた席取りモンダイにチャレンジだ。なんて書き出すと、満員電車でわずかなシートの隙間に尻を突っ込み、強引に座ってしまうオバチャンを想像するかもしれないが、あれとは違う。確かに、あれも目を覆いたくなる光景ではあるけど、オバチャンのむき出しのパワーを心のどこかで「オレもあんなふうに自分に素直に生きられたら」とうらやましく思う気持ちもあったりして、腹は立たない。では席取りモンダイとは何か。これは、日本各地の競馬場やウインズで週末のたびに繰り広げられている、醜い席取り合戦のことだ。競馬場のスタンド内やウインズには客のための椅子が用意されているが、訪れる人数に対してその数は圧倒的に少ない。そのため、どうしても席を確保したい人たちは、到着するなり椅子に向かって突撃し、その場を離れるときには荷物を置きっぱなしにし、着席権を手放さないようにするのだ。けれども荷物を置きっぱなしにしていたら盗まれてしまうかもしれない。もっと手軽に着席権をキープする方法はないものか。とまあ、そんな流れでいつのまにか定着してしまったのが、スポーツ新聞を椅子に置いて他の人間が座らないようケンセイするやり方なのである。
何の権利があって居座り続けるのかまあ、競馬好きだけじゃなくてその他のギャンブル場、いやギャンブル以外の場所でも似たようなことはあるのかもしれない。たとえば混んでいる映画館でやっと空席を見つけて座ろうと思ったら、ちゃっかり荷物が置いてあるようなこと、よくあるでしよ。あれが荷物ではなく「夕刊フジ」がダダダッと置かれていたら、一瞬これはキープなのだろうか忘れ物だろうかと判断に苦しむ。
ところが、置いた本人は新聞でもカンペキに着席権は成立すると信じ切っているため、へ夕に座ろうものなら「この席はオレのもんだ」と文句をいわれてしまうとしたら、どうだい、ムカつかんか?それでも入場券を払っている映画館の座席にはまだ早いもの勝ちの論理がまかりとおる余地もあるし、座席を占拠するのは映画が終わるまでのせいぜい2時間。そもそも座りきれないほど客をいれる劇場側にもモンダイがある。が、ギャンブル場の椅子は主たる目的であるレース観戦のために設けられたものではない。レース検討のためにちょっと腰を下ろして考えたり、立ちっぱなしの疲れをいやすためにあるものなのだ。なのに、そこに座る連中は指定席とでも思っているのか、どっかりと座って離れようとしない。離れるときはスポーツ新聞をちょこんと置いておけば永久確保。馬券を買いレースを見てから当然のようにその場所に戻ってくる。椅子席がガラガラで誰も座っていなくても、そこにスポーツ新聞があるかぎり、うかつには座れないのだ。疲れているときなんか、その腹立たしさときたら、もう筆舌に尽くしがたいものがあるぞ!いやいや、最初からテンションが高くなってしまったが、少しはぼくが感じているやり場のない怒りをわかってもらえただろうか。これがバッグなど明らかな私物とわかる荷物ならまだいい。それを放って席を外すことには「盗まれる」リスクがあるからだ。競馬新聞でも、400円はするのだからまあ許そう。しかし、ぼくが目にする席取り人の大半はスポーツ紙から競馬欄を抜いた残りの紙面を置いて堂々と席を外す。いらないページなんだから、仮に盗まれても痛くもカユくもないんだよね。そこのところの抜け目のなさというか、セコさがじつに嫌らしいのだよ。断っておくが、ぼくは誰かが騒ごうが酔っぱらおうが主催者に食ってかかろうが文句を言う気はない。ギャンブル場ではみんなてめえのことしか考えていないのが普通だと思う。しかし、これだけは本当に情けなく感じる。そんなわけで、競馬場のスタンド内やウインズの座席はスポーツ紙だらけ。着席椎キープにはスポーツ紙でOKという、場の雰囲気が昔っからできあがっているため、あとからきた人はそこがいくら空席でも座りにくくなっている。実際、ぼくはいまだかってスポーツ紙を無視して座った人を見たことがない。座ると、やがてこの席は自分のものと信じて疑わない先客が戻ってきて、面倒なことになりかねないからだ。予想をしたり馬券を買うためにきているのだから、不毛な言い争いやトラブルで消耗はしたくないのが人情。かくして人はため息をつき、着席をあきらめてしまう。ぼくがその典型だ。ただでさえ気弱なぼくは、ここ数年というもの、まともに座れたことすら一度もない。いつもムカつきながら立ちっぱなし組です。