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代表的なところでは「北海道援交」「姪っ子シリーズ」千葉援交など。中でも有名なのは「関西援交」だろう。3月、JR西日本勤務の制作者が逮捕されたことは、記憶に新しいところだ。《友達もやってるから》程度の意識で臨んだエンコー先に待っていたビデオ撮影。よく理解せぬままに了解したアノときの映像が、まさか流出するなんて。彼女らにしてみたら、悪夢に違いない。
「でも別に無理やりやってたわけじゃないですから。向こうからエンコーしたいと言ってきたわけですし」
いけしゃあしゃあと語る男は、寺西勤(仮名)。有名シリーズ『新.横浜援交』の制作者の一人だ。
このシリーズには、ビデオ内の男の姿格好から判断したところ、『モロ業者風情とフツーの男SM野
郎」の3名の制作者が存在する。ただ、彼ら個人個人に関係性があるわけではない。たまたま同時期に流出していた制作者の映像が、裏ビデオ業者によりまとめられ、一つのシリーズとされたようだ。寺西は、この中の「SM野郎」、紛れもなくその男である。
彼の撮影は4年間。ハメ撮った中高生は実に50名に上り、約1千万を稼ぎだしたという。
「2月にバクられて実刑を食らいました。去年5月に出て来た後は、フツーに働いてますよ。いや違うかな。ある出版社の依頼を受けて、2件ほどハメ撮りもしましたね。もちろん18才以上(笑)」
寺西に対して、2年半という懲役は短すぎたとしか言いようがない。果たして彼はいかに少女を弄び、たぶらかし、食いぶちにしてきたのか?今ほどインターネットが普及していない時代。伝言で裏ビデオが売り買いされているのは以前から知っていた。
「ビデオは1本3千円で売りました。食いつきは良かったですよ。半年後の客の数は、延べ200人ほどになっていましたからね」
ある程度収益の上がったことで、寺西は借金問題でチクチクとうるさい勤め先を退社。個人モノ裏ビデオ販売でしのぎ始める。と、ここで客から思わぬリクエストが舞い込むようになる。
「中高生モノない?」なんて要望が、頻繁にありましてね。徐々に、ロリは熱いんじゃないかと意識していきました。
「女の子は、iモードの出会い系サイトで探してました。〜5万。割り切りで会ってくれる人よろしく」
といった具合です
相場より少し高めの料金設定に、レスポンスは多かった。さすれば、相手の返信を慎重に吟味する。寺西日く、肝心なのは『従順そうな子』だそうだ。
例えば、こんなメールならOK。
《ミカです。4でどうですか。よろしくお願いします》
《けつこう若いですけど大丈夫ですか。経験はあまりないです》
逆に、次のようなノリノリの文体はエンコー慣れしている可能性が高
く、基本的にパス。
《とりあえずホ別4にゃん。いい人そうなら交渉可能です》
しかし、会ってみるまでわからぬのがルックスである。当時は、写メールなどない時代。待ち合わせに現れた女を見送った経験は何度もあったらしい。およそ9割。ホテルに入室後、ほとんどの少女がビデオ撮影の提案に少なからず動揺するという。ごく自然な反応であろう。腹づもりはセックスまで。そんな話聞いてないと怒り出すのは容易に想像できる。
「とにかく頼み込みました。たわいもない世間話を絡めながら、押しまくるしかありませんよ。で、ちょっとクドイかなあってとこまでやった後に金を出す。これでほとんどオチますね」
基本的に、エンコー娘は金に弱い加えて、売りをやるような子は何処かに寂しさを抱え持っ者が多いため、親身に話してやれば、いい人だと勘違いしてくれると寺西は言う。
「それでもダメなときは引き止めません、帰らせます。無理強いはしません。プレイ内容もそうです。一応、最低限のことは引き受けてもらわないと困りますけどね」
寺西の言う最低とは、ハメ撮りの商品価値を意識したものだ。美人の場合はフツーのプレイでも客は満足する。が、見劣りする少女は派手なことをしなければ使えない。時間も労力もかかり大変なんだと
「私の撮影時間は長いですよ。ー本撮るのに3-5時間。なんせ力メラアングルを決めるのが大変なんです。あくまで商品ですから」中には『もうツライ』とぐずる子もいる。『いつ終わんの』とブーたれる場合もあった。が、寺西は妥協しない。ときに優しく、ときに説き伏せ、撮影を始めたからには頑として女を付き合わせた。「丁寧に撮った甲斐はありましたよ。伝言ダイヤルでの反響は、SMのときより良かったですね」99年11月、『買春・ポルノ法』が試行。十代アダルトは、正規AVメー力ーの手の出せぬ分野となった。これを受けて個人物は隆盛。寺西の売上も右肩上がりに伸びる。
そんな、ある日。以前ハメ撮った女から連絡があった。「のっけからごめん、ヤバイかもって言うんですよ」問題は、別件のエンコーで事情聴取を受けた少女のケータイに残るメール履歴だった。まさか自分のビデオを流している男だとは考えもせぬ彼女である。少しヘンだったけど小遣いたくさんくれたし…。迷惑をかけては悪いと、寺西に一報を入れたらしい。
「まだ、私が売買をしているところまでは警察も掴んでなかったと思います。けれど、いつバレるかドキドキです。だかり東京に逃げて、また懲りもせずハメ撮りを始めましたね。東京にはユルそうな学生がたくさんいるじゃないですか」
買春・ポルノ禁止法およびわいせつ図画販売の容疑で寺西は逮捕される。どこで足が着いたのかは今もってわからないと言う。「これが私のエンコー裏ビテオ販売のすべてですよ。たいしたことないですよね。基本的に優しい人間ですから、私」この感覚。この臆病でいて白々しい神経に、吐き気を催さざるを得ない。
※平成時代を振り返るルポ・この記事は2005年当時の記事です。当時のものとして読み物としてお読みください。