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タイトルを見ても、なんのこっちゃと首をかしげる方も多いことだろう。なので冒頭に少しお勉強的な説明をしておきたい。
ときは幕末。維新を掲げる薩長同盟と旧幕府軍が戦った。この時、幕府軍として最後まで抵抗したのが会津藩だ。会津藩士は、維新軍からの激しい弾圧に遭い、多数の死者を出した。惨禍の舞台となったのはいまの福島県会津若松市である。
以上は戊辰戦争といい、今から100年以上も昔の出来事である。しかしこの戦争を、100年〝以上も〞前ととらえるのは、我々部外者の感覚かもしれない。当事者、特に敗れた側となった会津の人にとっての戊辰戦争は、つい100年そこそこ前にすぎない生々しい惨劇だとも思われる。そこで現在でもよくウワサとして聞かれるのが、山口(長州)と会津の不仲ぶりだ。両出身者同士の結婚は許されないだとか、山口からの旅行者は会津の旅館に泊めてもらえないだとか、ちょっと信じられないような話がちょくちょく耳に入ってくる。はたして長州の人間はさほどに会津人から憎まれているのか。福島出身の俺が、ニセ山口県人となって、会津若松を旅してみるとしよう。
3月某日。雪がちらつく会津若松駅に降り立った。繁華街は駅から離れているようなので、とりあえずタクシーに乗るとしよう。先頭に停まっているタクシーの運転手は、60代前半と思しき白髪まじりの男性だ。「繁華街のほうへお願いします」
行き先を告げ、無言で車窓を眺めていたところ、赤信号になったところで運転手さんが話しかけてきた。
「お客さん、観光ですか」
「はい、そうです。さっき着いたばかりで」
 ニセ関西訛りで応対する。
「お客さん、関西の方?」
「関西っていうか、もう九州に近いほうですね」
「九州?」
「山口です」
「……」
あれ? どうした? 運転手さん、話さなくなったけど。しばらく間があいてから、彼が独り言のように口を開いた。
「山口ですか、はああ」
「そうなんですよ、山口県から」
「山口かあ、長州ねえ。…その話はするもんじゃないよ、お客さん」
 え、いきなりそう来るのか。
「…やっぱりいまだに恨んでたりとか」
「そりゃあさ、負けたってことは正直いい気分はしないよ」
「まあそうですよね…」
やや気まずい空気のまま、タクシーは繁華街へ着いた。小腹がすいてきたので、目に付いた大衆食堂に入ることにした。
「いらっしゃいませ」
店員は、60才くらいのおばさんとその旦那さんと思われる2人だ。
「ラーメンください」
運ばれてきたラーメンは、あっさり醤油味のちぢれ麺で、これがなかなか美味い。
「これ、おいしいですね」
「ああ、ありがとう」テレビを見ていたおばさんが軽く会釈をした。
「こういう麺ってやっぱり会津でしか食べられないんですかね」
「そうね、こっちのほうの特徴ですかねえ」
「ぼく、西の方の出身なんで珍しいんですよ。向こうはとんこつとか細麺が多くて」
「ああ、西日本のほうから。珍しいですね」
「ええ、今日、山口から来たんですよ」
次の瞬間、厨房に腰掛けていたおじさんが急に立ち上がった。
「なに、長州から来たの?」
「はい、山口から」
「そうか、長州から来たのか」
おじさんがひと呼吸置いた。なんだ、この間は? 
「きみが長州の人だからってどうのこうのは今はないけどさ」
「ええ」
 おじさんは続ける。
「それはね、言うもんでないよ。ここらへんは長州なんて言っても大丈夫だけど、もうちょっと田舎のほうだとね、俺らより上の人たちだといまでもいろいろ言う人もいるから」
黙って聞いていると、おじさんは戊辰戦争の話を始めた。ちょうどこの店の裏手にある山が合戦の舞台になったこと、市街地の大半が焼かれてしまったこと、当時の藩士の話などだ。
「だからお客さん、長州ってのはね、ちょっと刺激的だからあんまり言わない方がいいよ」
のっけから緊張を強いられる旅となったが、その後は暖かい歓待を受けつづけた。
街ゆく人に「山口からの観光客なのですが」と道を尋ねても親切に教えてくれたし、熟女系のデリヘルでは、「山口から来た」という俺に対して46才の嬢が
「山口の人ってチンチンおっきいのね」
と褒め称えてくれた。少なくともその日の午後に関しては、冒頭で記したような不仲説は微塵も感じられなかった。が、その夜、一軒のスナックに足を踏み入れたとき、少し厄介なことが。
「いらっしゃいませー!」
出迎えてくれたのはショートカットの奈美悦子風のママだ。昭和のジャズ喫茶のような洒落た雰囲気の店内は、ママと、きたろう似の先客が1名だけだった。まったり話し込んでいたようだ。ウイスキーの水割りを出しながらママが言う。
「初めてのお客さん…ですよね?」
「はい、観光で」
「あら! よく来てくださって!」
手を合わせたママの表情が明るくなった。カウンターの一番向こう側にいるきたろうは、一人黙って水割りを口に運んでいる。
「どちらからいらしたんですか?」
「山口からです」
 ママが息を飲んだ。
「それはまたこの会津によくこ
られましたね〜」
「それは、どういう意味で?」
「ちょっと考えすぎかもしれないけど、やっぱり戦争のことがあるからね〜」
ふーん、スナックのママでもこういう反応になるんだ。
「ううん、でも全然気にしてないから会津の人は。むしろそういうことがあったから今の日本があるわけだからね。こうやって来てもらってむしろ感謝っていうか。今日一日まわって会津はどうでした?」
「古い町並みがいいですね」
「いいでしょ〜」
ママがニコニコしている一方で、カウンターの向こう側に座ったきたろうがチラチラとこちらを見ている感じがする。気のせいだろうか。再び水割りをつくるママに話しかける。
「じゃあこちらの方に『山口から来た』って言っても大丈夫ですかね」
「そりゃ、だいじょ…」
「…なわけねーべよ」
横からきたろうの声が飛んできた。ママと俺が振り向く。「長州から来たなんてここで言っちゃあ、ぜってえいけねーよ」カウンターを見つめならつぶやくように言い放つその表情はマジだ。
「ええ〜! そんなことないわよ〜」
作り笑いを浮かべるママだったが、効果はなかった。
「いやあ、わかってねえよ」
「今そんなに言う人なんていなわよ、昔じゃないんだから」
「いやあ、ママ、わかってねえよ」
俺は黙って2人のやりとりに耳を傾けるのみだ。
「大丈夫よ、だってうちのいとこの旦那さんは薩摩の人だもん。婿入りでこっちに来たんだから
(※薩摩も長州と同じ維新軍)」
「はあ?」
きたろうが不機嫌な表情になった。初耳だったらしい。
「最初は親戚が集まって大もめしてね。でも薩摩に行くんじゃなくてこっちに旦那が来るってことなら認めるってなって、いまは会津に住んでるのよ」
きたろうは黙ってカウンターを見つめている。ママが話を続けた。
「だってね、わたしの新婚旅行、九州だったもん」
 顔を上げるきたろう。
「は? おめえ正気か?」
ママがキョトンと首をかしげる。
「ほんとかって!」
「うん、熊本と鹿児島とまわってきたのよ」
「おい! おめえそれ本気で言ってんのか! ありえねーよ!」
ヤバイぞ。喧嘩になるんじゃないのか。しかしさすが客あしらいのプロ、ママは平然と続ける。
「見てわかったけど薩摩って広大でさ、こういう広ーいところにいると天下をとるような人が生まれやすいのかなーって思ったのよねえ」
うわ、火に油を注ぐようなことを。
「そんなことねえよ」
「でも、いいとこだったわよ。電車でぐるっと平野をまわって」
「あんなとこ、山しかねえよ」
「じゃあ行ったことあるの?」
「あるよ、仕事で! あんなとこ山しかねえよ。平野なんて全然ねえから!」
激しく言い放つきたろうが、俺の方を向く。
「山口だって山しかねえ場所だよ」
止めるようにしてママが入ってきた。
「戊辰戦争って言っても、生まれる前の話だもの。もう関係ないって」
「逆だよ、生まれる前に起きたことだから忘れねえんだよ!わかってねえよ、あんたもいい顔ばっかしてんなよ!」