0228_2019042919495343c.jpg 0229_20190429194955ad3.jpg 0230_20190429194956159.jpg 0231_20190429194958ee5.jpg 0232_20190429194959a6b.jpg 0233_20190429195000730.jpg日本は、罪刑法定主義に基づく極刑として死刑制度を採用、第二次世界大戦以降、600人あまりが自らの命で罪を償ってきた。
死刑廃止論が持ち上がり、賛否について問い質す声もあるが、その実態は個人情報保護法や関係公務員の守秘義務をタテに、明らかにされていない。死刑囚の最後を看取るのはいったい誰か?執行の手をくだすのは?最後の晩餐は?
今回、自らの手で死刑執行を担当した現役刑務官に、話を聞くことができた。刑務官になるには、教養試験と、垂直跳びや上体起こしなどの体力検査に合格しなきゃなりません。
その後、8ヵ月の初等科研修を受けるんですが、ここでは行刑法、刑法、刑事訴訟法、憲法、法学概論やらの法令と、護身術や集団行動訓練、戒具(手錠、補細)、けん銃の取り扱いなどを学びます。
試験なんかもあって土日も外出しないで勉強しましたね。大変だったけど、同期の結束が固まりました。刑務官を続けていく上では、なくてはならない支えですね。
この研修で死刑執行のことも教わったはずなのに、記憶がないんです。恐らく、まさか自分がやるなんて思ってもなかったんでしょうね。刑務官の服務規程にも「死刑の執行を行う」なんて書かれてませんし。研修が終わった後は少年院に配属されて、矯正教育の方法とか収監者の扱いを覚えました。刑務官は転勤が多くて、原則的に2年ごとに日本全国を転々と移動するのが普通なんですよ。まあ、中には拘置所や刑務所所長に気に入られて、何十年も同じところで勤める方もいますけどね。
刑務官になって10年目、真面目な勤務態度が認められ、看守長の推薦で昇進試験を受験。看守部長に昇級した。その翌年、初めて刑場付設の施設に転勤となった。
ちなみに、現在、死刑場があるのは、札幌刑務所、仙台刑務所、東京拘置所、名古屋拘置所、大阪拘置所、広島拘置所、福岡拘置所の7つだ。転勤していきなり、死刑囚舎房の担当になりました。大きなところじゃなかったので少人数でしたが、とにかく気が重くて。死刑囚は、未決拘禁者待遇なので刑務作業をしたり工場に出る必要もありません。なので、起きたら(起床時間は6時訓分ごろ)夜9時の消灯まで、運動(応分)や入浴、宗教教海の他、独房で本を読んだり手紙を書いて過ごすしかない。よく言われるように、事前に執行日を告知すると自殺してしまうケースが多いので、いまは当日の朝、独房に呼びに行ってそのまま刑場へ、っていう段取りです。ですんで、朝の10時頃、刑務官の靴音が舎房に響くと、それだけで漏らしちゃう収容者もいるそうです。
ちなみに、刑事訴訟法には「死刑執行命令は判決確定の日から6カ月以内にしなければならない」と規定がありますが、執行された人について調べたら、平均期間は約7年5カ月にもなります。
日本は、絞首刑が用いられ、高いヤグラから吊す方式ではなく地階に死刑囚を落とす地下絞架式だ。
独房に《お迎え》に行き、刑場へ連行するのは担当看守ですが、それを引き継ぎ刑場で死刑囚を踏み板の上に導き、目隠しをしたりクビにロープをかける係の他、踏み板を開けるスイッチボタンを押す執行人も要る。そのため所長や管理部長、看守長らは、すぐさま6名ほどの執行刑務官を選び出す。基準は、それなりにキャリアを持つ、精神的に安定してそうな者だ。
かつて、新人を指名したら、重責に堪えられず自殺してしまった刑務官がいたためだという。命令書が届いたことは、すぐ看守仲間に広まりました。みんなは騒いでましたが、自分がかかわるとは考えてませんでしたから気楽なもんでした。
だから翌朝、所長室に呼ばれて《バタンコ(踏み板)》の操作ボタンを押す役を命じられたときは、本当にビックリしました。誰が押したボタンで踏み板が落ちたかわからないよう、3人が一斉に押すんですが、それでも確率は3分の1。まして、相手はあの強盗殺人犯だっていうじゃありませんか。完全に更生した人を殺すなんて、殺人と同じでしょ・心の中ではそう思いましたが、出せない。刑務官の世界って、タテ社会ですから命令は絶対。断れば、辞めるしかないんです。