0020_20181204145308b46_201910111344571b7.jpg0021_20181204145310d55_20191011134458fc3.jpg0022_20181204145311876_2019101113445977d.jpg0023_20181204145313ed3_20191011134501771.jpg0024_2018120414531442c_201910111345023d8.jpg0025_20181204145316699_20191011134504d6a.jpg0026_201812041453174b0_20191011134505b47.jpg0027_201812041458362ff_20191011134508798.jpg7年前。大学3年生(都内の三流私立)だった俺は、不安と焦燥に駆られて、毎日を生きていた。秋ごろから始めた就職活動が、笑ってしまうくらい不調だったのだ。受けた面接はことごとく不合格。いや、面接にこぎ着けられるのはまだマシでたいていは書類選考の段階で落とされる。それが30社、50社と続くのだから、ヘコまない方がおかしいというものだ。その状況は大学4年になってもまったく変わらず、夏休みが明けたところで、ついにさじを投げだした。もう無理っ。フリーターで食ってくしかないや。
超のつくほどの就職難で、就活をあきらめ、フリーターに身を落とす大卒者はごろごろいた。俺も、そういう時代なんだと納得する他なかったし、バイトで生計を立てつつチャンスを待てば、いずれどこかの会社で正社員にという淡い期待も心のどこかにあった。卒業後のバイト先は学生時代から続けていた時給1千円のカラオケ店(22時〜6時)にそのまま居座った。ただし、実家からの仕送りがストップしたため、最低でも週5、可能なら毎日働く必要がある。それで月収は手取り17万前後。そこから、家賃(5万)や光熱費など諸経費を除いても、約9万は手元に残る。節約を心がければ、何とかやっていける額だ。が、いざフリーターを始めてみると、これがキツイのなんの。まず仕事面だが、毎晩のように酔っぱらいに絡まれ、ゲロ掃除に追われた。おまけに店は都内の繁華街にあったので、平日の深夜といえども、オーダーはひっきりなしに入る。もう息つくヒマもない。むろん、学生時代からやってるバイトだから、それなりに免疫があったとはいえ、毎日のこととなると肉体的にも精神的にもストレスがハンパないのだ。プライベートでは人付き合いが激減した。変則的な勤務時間のため、友人と遊びにいくことさえ難しいのだ。自然、暮らしぶりは、職場と自宅を往復するだけの味気ないものになっていった。結局、カラオケバイトは1年ほどしか持たず、その後も同じような待遇のバイトを転々とすることになるのだが、どこに行っても暮らし向きは変わらない。以後4年間、そんなことをダラダラと繰り返すうち、正社員になるという夢も、いつの間にか消え失せていた。負け組街道まっしぐらな俺に転機が訪れたのは、2年前のある日のことだ。何気なく観ていた番組で、生活保護受給者がインタビューを受けていたのだが、その内容に軽い衝撃を受けた。体を壊して働けなくなった20代男性が、国から毎月14万近い金を支給されているというのだ。いっさい働きもせずに、2年間ずっと。ウソだろ? 生活保護ってそんなにもらえるのか!?日々、ツライ仕事に堪え忍んで、つつましく生きて、それでも16、17万の金しか手にできない我が身が急に情けなくなった。
俺も生活保護受けたい!さっそくネットで調べたところ、生活保護を受給するには、大まかに以下3つの条件すべてに当てはまる必要があるようだ。
① 預貯金が無い
② 家族から経済的な援助を得られない
③ 働けない理由がある
まず①。1人暮らしの人間の場合、口座に入っている金は4、5万以下であればOKらしい。俺の口座には現在10万ちょいの貯金があるが、申請前に半分使い切ってしまえばいいだけのことだ。
②についても問題はない。両親の営む定食屋はもう何年も前から廃業寸前で、おまけに実家にはまだ中高生の妹と弟、そして年老いた祖母が住んでいる。そんなぎりぎりの状況で、俺に仕送りするなど到底無理な話だ。
問題は③である。心身ともに健康な俺が、どうやって「働けない」ことを証明すればいいのか。
ネットの書き込みには、不正受給を目指すなら精神病患者をいつわるのが一番手っ取り早いとの意見が目立ち、ご丁寧にも、カンタンな演技で精神病と診断してくれる病院名までいくつか挙げられていた。なるほど、試してみるか。さっそく、ウワサの病院のひとつに足を運び、診察を受けてみた。
「気がつくと、ずっと独り言を言ってることがあるんです。誰もいない部屋で、他人の話し声が聞こえたりとか」深刻ぶって告げると、医師は10分ほど問診をした後で、ノートとエンピツを渡し、木や家、車の絵を描けという。いかにも病んでますといわんばかりに枯れ木や西洋の古城風、タイヤのない車を描いてみたところ、「だいたいわかりました。どうもアナタ、統合失調症の疑いがあるね。とりあえず薬を出すので、しばらく通院してください」あっさり診断が下った。統合失調症って、マジで適当すぎるだろ。続いて今度は、区役所の福祉課へ。窓口で生活保護を申請したところ、そのまま担当のケースワーカー(職員。以下CW)と面談することになった。そこで俺が訴えたのは次のようなことだ。
×統合失調症を患っており、バイトを続けるのが難しい。診断書が必要なら後日提出する。
×(実際に通帳を見せながら)口座の残高が5万を切っている。
×実家も経済的に苦しいので援助が期待できない。
×車やバイクなどの財産はない。
20分ほどの話合いの後、くたびれた中年然としたCWが口を開いた。
「一応、他の銀行に口座がないかこちらでも調査させていただきます。あと明日あたり、家庭訪問してもよろしいでしょうか」実際の生活レベルをチェックするつもりらしいが、一向に構わない。贅沢品なんざハナから持ってないんだし(パソコン、テレビ、ゲーム機などは贅沢品とはみなされない)。俺はこの時点でほぼ計画が成功したことを確信した。なぜなら帰り際、CWがいたわるような目で言ったのだ。
「おせっかいかもしれませんが、そういう病気なら、できるだけ早く仕事を辞めた方がいいのでは。鈴木さんのケースなら、まず審査は通るハズですから」自宅に生活保護の決定通知書が届いたのは、それから10日後のことだった。かくして俺は、なんの迷いもなくバイトを辞めた。これから毎月、俺が国と区から受け取る額は家賃手当として5万円(都内の場合、上限は5万3千円)に生活費が約8万7千円の、合計14万弱。フリーター時代と比べて数万の減収になるが、ツライ労働から解放され、税金はすべて免除、都営のバスや地下鉄、水道代、医療費などもすべてタダになったことを考えれば、トントンか、むしろ得した計算になる。ステキ過ぎて涙が出そうだ。
翌月初頭、第一回目の支給日が訪れた。待ってましたとばかりに区役所へ向かうと、待合い席は受給者らしき連中でごったがえしていた。いかにも貧相な顔触れで、中にはホームレス同然の小汚いオッサンなども紛れている。今日から俺もこいつらの同類かと思うと、ちょいと微妙な気分だ。やがて自分の番がやってきて、窓口に呼び出された。現われたのは例の担当CWだ。浮かれ気分を見透かされないよう、ウツロな表情を作ってお辞儀する。彼と顔を合わせるのは先日の家庭訪問以来だ。
「こんにちは、鈴木さん。よかったですね、審査が通って」「ありがとうございます」
「とにかく今は大変でしょうけど、病気の治療だけはちゃんとしてください。私の方でも折をみて主治医に治療状況を確認しますので、サボっちゃダメですよ」
たとえ受給がスタートした後でも、主治医(例のヤブ)が「病状回復、就労可能」と判断すれば、そこで生活保護は打ち切りだ。ま、あの抜け作ドクターの病院に通ってる限り、そんなことにはならんだろうが。現金13万7千円を手にし、妙な感動を覚えた。時給1000円で137時間働かなきゃ手に入らないこの金を、まるでお年玉のようにポンともらえるなんて。しかも今後、毎月決まって。さて、この金をどう使おう。家賃5万円分を取っておけば、残りは8万7千。30で割れば1日当たり3千円ってとこか。贅沢はできないけどカツカツというほどでもない。とりあえず今日の昼メシは牛丼にしとくか。昼時の牛丼屋では、スーツ姿のサラリーマンが黙々と箸を動かしていた。あくせく働いても、メシは数百円の牛丼かよ。こんなもん、働かなくても食えるのに。ふふ、なんだか勝った気分だ。ああ、なんて自由なんだろう。メシを食い終わっても何もすべきことがないなんて。とりあえず部屋でゴロゴロして、夜は駅前の中華でも食うか。怠惰きわまりない生活が始まった。毎日、昼まで惰眠をむさぼり、いいともをボケッと眺めてから、サンダルをひっかけてふらふらと駅前の立ち食いソバへ。腹ごなしの後は、本屋で立ち読みするもよし、公園でぼけーっとするもよし。ときにはマンガ喫茶3時間コース500円なんてのも悪くない。働かなくとも腹は減る。夜は中華屋で定食を食うか、弁当を持ち帰るか。そして眠くなるまでテレビかレンタルDVDを眺め続ける。1日3000円なら、これでもお釣りが出る。五体満足でピンピンしてる若者に、国はこんなにのんびりした生活を保障してくれるのだ。2カ月、3カ月と、のほほんライフは続いた。のほほんとはいえ、飽きるといえば飽きるし、ヒマのつぶしかたにも限りがある。がそれでも、この自由を捨てる気にはさらさらなれなかった。むしろ、日中、スーツ姿やニッカボッカのニーチャンを見かけるたび、自分の時間を切り売りして金を得ている彼らの姿がマヌケに思えてならなかった。朝7時に起きて、汗水垂らして働き、そのうえ税金まで納めるだって? そんな馬鹿な。ヒマでヒマでしょうがない日々のほうが100万倍マシだって!もちろん月1回、精神科にだけは必ず訪れた(もちろん診察費は区が負担)。これをサボると、CWから病院に電話が入ったときに、治療の意思がないことがバレてしまう。医師はどこまでも適当だった。
「クスリはちゃんと効いてる?」「うーん、どうですかね。まだ幻聴が聞こえるんですけど」
「そう。じゃ今日から別のを試してみましょうか」
診察はたった15分ほどで終わり、処方箋をもらって病院を出るだけ。軽いもんだ。もう一つ、不正受給者にとっての関門とされているのは、三カ月に一度ほど行われる、CWの家庭訪問だ。 バイトなどをしていないか、華美な生活をしていないかなどをチェックするのが目的だ。俺の場合、健康状態に関しては丸っきりウソだが生活自体はつつましいので、訪問されても困りはしない。しかも呆れたことに、3カ月経とうが半年経とうが訪問は一向になかった。受給者が多すぎて人手が足りてないのだろうか。月8万7千円という小遣いは、計算して使えば、ちょっとした遊興費ぐらいなら捻出できる額だ。俺の場合は、デリヘルと回転寿司が月イチの楽しみだった。日々、ヒマを我慢した自分への
ご褒美のようなものか。ある日、プレイ後にデリ嬢が尋ねてきた。
「お客さんって何してる人?」「あー、俺? 無職だよ。生活保護受けてっから」彼女が笑う。
「マジで? 生保なのにデリヘル呼んでんの?」
「まあまあ。いいじゃんタマには」
「ぷ。てかさ、アタシも生保なんだけど。超ウケるし」
彼女、俺とまったく同じく、統合失調症と偽って生活保護をウケながら、ちゃっかり内緒でデリ嬢をやっているらしい。デリの給料は日払いの手渡しなので、バレっこないのだと。
「振込みは危ないよ。口座を調べられるみたいだし」
客も不正受給者なら、デリヘル嬢も不正受給者。つくづく社会保障の行き届いた国だ。にしても、いいことを聞いた。実はこのところ8万7千円じゃちょっとキツイとは思っていたのだ。いっちょ、とっぱらいのバイトでもやってみっか。数日後、日雇い労働の口を見つけた俺はとある工事現場へ向かった。日給8千円はもちろん取っ払いだ。久しぶりの労働は、不思議なものでなかなか楽しかった。体を動かすと頭までシャンとする。でも同じ現場のニイちゃんたちは憐れでならなかった。この人たち、毎日これをやるんだよな。そいつはどうなのよ。こういう運動は、たまーにだから楽しめるものなのに。たまの日雇いによって、のほほん度合いはやや下がったものの、臨時収入のおかげで生活は
より充実していった。心置きなくマンガ喫茶や缶ビールを楽しめるのはありがたい。もはやこの生活は手放せない。恋人や結婚はちょっとムリそうだけど、そんなもんに憧れもあんまりないし。昨年末、かつてのバイト仲間から突然、電話があった。
「久しぶり。いま仕事やってんの?」
「いや、いま無職だけど」
「実は俺、知りあいの会社に就職してさ」
彼、現在はイベント会社でマネジメント職についてるとかで、結構羽振りがいいらしい。
「いま業務拡大で社員数を増やそうって話になっててさ。手取り20万でどう? 正社員だからボーナスも出るよ」フリーター時代の俺だったらすぐ飛びついていただろう。労なく夢の正社員になれるなんて。でも今の俺は、すでに夢の生活を手に入れている。食うにも寝るにも困らない〝安定した〞毎
日はすでに確保しているのだ。俺は即答した。
「いや、ゴメン。せっかくだけど興味ないんだ」
生活保護は麻薬と同じだ。ひとたびハマると、もう二度と抜け出せなくなる。仕事の辛さを知ってる者ならなおさら。