0208_20190107220739001.jpg 0209_20190107220741fff.jpg 0210_20190107220742d7f.jpg 0211_20190107220744574.jpg午後7時を過ぎれば、灯りの少ない田園地帯は真っ暗だ・この町に亡き夫が建てた一軒家に一人で住む無職、高橋カツ代はわびしい夕食をとっていた。大阪に住む長男家族が前日に帰り、8才の孫を囲んだ前日までの賑わいがウソのようだった。
「食ったら、隣の吉田さんのうちでものぞいてみようかのお」
漬物に箸を刺し、白米の上に乗せながら、カツ代はひとりごちた。隣と言っても50メートルは離れているだろうか。やはり一軒家に住む吉田多賀子(仮名)も一人暮らしで、同じように寂しい夕食をとっているだろう。カツ代と多賀子は互いの家を行き来し、食べ物を交換し合い、一緒にテレビを見て、そのまま泊まることもしばしば・カツ代が多賀子の家に泊まり、電話に出ないことを心配した長男から「倒れたかと思ったやろ!」と怒られたこともあった。
(そういえば、あの子は携帯電話を持てと言ってたわ。でもあんなもん、めんどくさくてかなわんし)とりとめもないことを考えながら箸を動かしていたとき、玄関の引き戸がガラガラと開く音が聞こえた。
(あれ。吉田さんが来たんかの)
この地域では、昼間はもちろん、夜間もカギをかけない家が多い・テレビでは大阪や神戸で起きる凶悪事件のニュースをやってるが、あれは都会のこと。ここは関係ない。
「吉田さん、来たんかい・あたしも後で行こうかと思ってたんよ」
玄関に向かって声をかけたカツ代は、次の瞬間、ギョッとした・居間の入り口に立っていたのは、見も知らぬ中年男だった。
「騒ぎなや」
男はあたりをキョロキョロ見回しながら、カツ代に言った・その右手には包丁が握られている。
(殺されるんかいな)
カツ代は全身が金縛りにあったように固まり、喉から声が出ない。
「ばあちゃん、声を出したらあかんぞ・騒いだら、殺す」
(出したくても、出せんがな)
心の中で反駁するカツ代に、男は言った。
「カネや。カネを出してくれ」
(これが強盗というもんかいな)
声は出ないもののカツ代の頭の中は冷め始めていた。カーキ色の作業服姿の男が極悪人に見えなかったせいもしれないが、男は黙ったまま突っ立っているカツ代に苛立ったように声を荒げた。それが被害者のカツ代からもたらされた犯人の特徴である。土木作業員、しかも近畿から流れてきた人物であることが予想された。付近で他の強盗被害はなく、カツ代宅や粘着テープなどの遺留品からも指紋などの手がかりは発見されず仕舞いだ。一件だけの押し入り強盗は、検挙が厳しい。強盗事件の発生が少ない島根では、県警本部にも犯歴者リストが乏しいからだ・捜査員がカツ代宅に足を運び、前科者の写真を見せたものの、いずれも「こん男ではない」と否定されてしまった。
早くも捜査が行き詰まりを迎えた雰囲気に包まれたころ、被害者のカツ代から刑事課に電話が入った。「変な手紙が来ちよる。こないだの強盗の犯人と書いてあるんじゃがl」
事件から十日あまりが経過した1月両日のことだった。
《わたくしは先日、お宅様に強盗に入った者です。申し訳ありませんでした。大変すみませんでした・お金はお返しします。どうぞお許しください》
捜査員たちは仰天した・強盗が後日、被害者に手紙を送ってくるなど聞いたことがない。大学ノートを破って書いたようで、しかも奪ったのと同じ1万5千円も同封してあった。犯人には出頭する気はないらしい。なぜ「謝罪の手紙」を送り、金を返したか・大内はその理由をこう供述している。「被害者の婆さんがお袋に似ていて、強盗に入った後、罪の意識にさいなまれた」
犯行後、わざわざカツ代宅の周辺をそしらぬふりをして歩き、住所を調べたうえで手紙を出したのだという。一方のカツ代は、「本当に反省しているのではないかと思う。その気持ちは理解するが、罪は罪として、きちんと償いなさい」と捜査員を通じて大内に伝えたそう。