近親相姦 - 【公式】裏モノJAPAN☆出会い裏技・セフレ愛人の作り方
2018/08/15

【実話】近親相姦スワップ家族の狂った絆

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今回の取材にあたり、私は家族の代表者である父親に、1本のビデオテープを見せてもらっている。
冒頭は、とあるコテージに3組の家族が集まってのバーベキュー大会だ。メンバーは1〜3人、うれしそうにトウモロコシを頬張っている男の子は、まだ学生だろうか。歓談シーンの後、突如テープは、室内の光景になった。カメラに向かって投げキッスをする女性、ビースマークでポーズをとる子供。和やかな笑顔が並ぶが、なぜかほぼ全員が半裸だ。テープは引き続き、おぞましい映像を再生
し始めた。彼らが家族スワップをしている証拠シーンである。
「これが娘です。で、ずっと飛ばして(早送り)、これが家内です」娘、家内、そう呼ばれる女性たちは画面内でどこかの男性と交わり続けている。それを見ながら平然とリモコンを操る父親。
「これが私ですね。〈フより少しやせてますね」本稿はそんな家族の、今なお継続中の実話である。
本当は全員に会ってほしかった中部地方の某県某市。新幹線の駅からタクシーで30分ほど走った場所に、家族の家はあった。新興住宅街の2階建て一軒家。面した道路幅は広く、祝日のせいか、近所には軒先に日の丸を掲げる家もある。のどかな町だ。家の中に招いてくれたのは、一家の主人である男性、金子キヨシ氏(仮名・42才)。奥さんと子供2人は外出中らしい。
「本当は全員に会ってはしかったんですけど。その方がわかりやすいでしょう」
彼がわかってはしかったこととは何か。家族の絆である。事前の電話の段階でも、彼は念を押すよう
に言った。私たちは無理矢理セックスするような暗い家庭ではなく、お互いに守りあっている。だからよその家庭よりも心が通じ合っているし、仲もすごくいいんです。
「4人揃えば、そういつところも見せられたんでしょうけど」絆うんぬんではなく、肉体関係にある者同士ならではの、ぬめっとした距離感を感じ取りたかったがしょうがない。取材は父親のみに絞ろう。居間に座ると、まず彼は、″証拠″としてのビデオを見せてくれた。無言で見つめるしかない私と、流暢に解説するキヨシ氏。やや日当たりの悪い居間が、どんよりした空気に包まれる。いったんテープを止め、話を伺うことにした。家族相姦。その発端を何から説明していいのかわからないが、まずは一家の中心人物、キョシ氏に触れてみる。キヨシ氏は自営業の両親に育てられた一人っ子だが、高校卒業後も後は継がず、地元の企業に就職。23才のときに、現在の奥さんナオミさん(仮名・当時22才)とお見合い結婚をしている。職業を秘すため詳細は書けないが、見合い話を持ってきた彼の上司は、以前からある農家と仕事上の付き合いがあり、そこの1人娘がナオミさんだった。2人は1年ほどの交際期間を経て結婚。ちなみにキヨシ氏もナオミさんも、セックス経験は過去にあった。世間知らずの2人ではなく、ごく普通の男女が結ばれたと理解していい。
2年後、長女しほ(仮名)が誕生。その3年後、長男ゆうた(仮名)を授かる。 一姫二太郎。絵に描いたような核家族である。両親共に2人を溺愛した。まだ異常な関係は現れていない。夫婦仲を改善するため年2回スワツピングに一家にとある変化が生じたのは、長男誕生から3年、キヨシ氏3‐才のときである。
「私が浮気をしましてね。それでちょっと夫婦仲がギクシャクしてきたんです」
まだ30才とはいえ、子供2人を生んだ妻の体に、キヨシ氏はさほど興味を覚えなくなっていた。さらに浮気までバレてしまい、関係は最悪である。そこで彼は妙な手に打って出る。
「ホームトークに妻の裸の写真を載せたんですよ、勝手に」
ホームトーク、言わずと知れたスワッピング雑誌である。夫婦・カップルが写真とメッセージを掲載し、交際相手を募るページは本誌の目玉コーナーだ。夫婦2人で上手くいかなくても、他のカップルと協力しあえばなんとかなるのでは。お互いを大事にしたくなるのでは。一般の人間はたとえ倦怠期でもそこまで飛躍はしない。パートナー交換など、変態行為と見なすものだ。なぜ、キヨシ氏はスワッピングを選んだのか。
「こう、何ていうか、愛情の輸を広げてみたいっていうんですか」
彼の、このズレた価値観がすべての始まりだった。さて、日線の入ったナオミさんの上半身ヌード写真は無事に掲載され、全国から交際申し込みの手紙が届く。キヨシ氏はそこで初めてナオミさんに事情を告げた。
「どうだ興味ないか?って。特に反対はされなかったですね」
ここで、提案に反対しなかったナオミさんという女性にも少しだけ触れておきたい。彼女は15のころに父親を失って以来、農家の母親の女手一つで育て上げられ、キヨシ氏によれば性格はおとなしいほうだという。そもそも結婚が成立したのも、「私が強引に押し進めたところもあった(キヨシ氏とからだそうだ。2人の子供が生まれてからも控えめな性格は変わらず、母親同士の付き合いも「あまり見たことがない(同と。見た目は、キョシ氏の採点で50点、ビデオで昨夏の姿(40才)を見た私の採点で60点とする。確かに一見控え目そうな印象ではある。スワップの誘いも、その性格からして断れなかったのだろうか。ともかく、金子夫婦は小さな子供を互いの実家に預けては、年に2回ほどの頻度でスワツピングに出向くようになる。妻が他の男に抱かれ、自分が他人の妻を抱く。よく言われるように、確かにこの体験は夫婦間の愛情を再確認させる効果があるらしい。壊れかけた仲は、自然と元に戻った。
長女は中1のとき父親が女にしたスワツピングカツプルは、大勢の相手とセックスしたがる一派と、できるだけ範囲を広げず特定の相手と親密になろうとする一派に分かれるという。金子夫婦は後者だった。中でも最も親密になったのが、愛知県在住40代後半の中年夫婦である。年は離れていたが、どこか波長があったのだ。近親相姦の話題を持ってきたのは、その2人だった。
「奥さんが中学の息子さんとセックスしてるっていうんですよ。撮影したビデオまで見せてもらいました」
男の子は思春期になると否が応でもセックスに興味を覚える。放っておくと性犯罪や非行に走る恐れがあるから、それならいっそのこと家庭内で欲望を解決してあげたい――中年夫婦は雄弁に理屈を語った。キヨシ氏は感化された。スワッピングという、他人には言えない性癖を共有しあっているからなのか、先輩夫婦の意見がすっと心に落ちた。事実、家庭に招かれたときに出会った息子さんは実に素直で、ひねくれたところがまったくない。これは正しい性教育のおかげじゃないのか。ウチもそうしよう。子供を自分たちの手で守ってやって何が悪いのだ。屈折した愛情と言わざるをえないが、確かに以前から彼には子供に対する過剰なまでの庇護意識があった。友達の家に遊びに行くのを嫌い、他の親と親しくしゃべるだけで会話の内容を逐一問い質す。子供はあくまで自分の物だった。
中年夫婦の教育方針を現実にマネしたのは、娘が中学になってからである。
長女、しほ。当時、公立小学から地元の公立中学に進んだばかりの、どこにでもいる田舎の子供である。「贔贋目に見ても、顔はかわいくはない」と父親が言うように、ビデオで私が見た現在の姿も、地味な印象だった。成績はさほど優秀でもなく、かといって間題児でもない。中学ではプラスバンド部に入部した。その彼女に、ある日、親の過保護が迫る。
「スワツピングのときってビデオをよく撮影するんですよ。それをまず見せてやりましてね」
中1の娘に、自分たちのセックス、しかも他人とのセックスシーンを見せる。この異常な行動を、長女は受け入れた。ありえない。どこか発達が遅れているならまだしも、思春期の女の子が親のセックスを平然と見られるはずがない。しかし幼いころから彼女は、親は絶対、との思想を叩き込まれていた。親は間違ったことをしないと信じ込んでいた。
「問題なかったですよ、どちらかというと興味を持って見てましたから」
ビデオによる洗脳を終えれば、次は実践。ある夜、夫婦は寝室に長女を呼んだ。
「最初は、2人がジャレ合ってるところを見せるだけです。おちんちん触ると気持ちいいんだよ、とか教えながらですね」彼らは〃教育″を与え、そして受けた。以後も毎日のように。
「2カ月ほどで私が女にしました。当然コンドームはつけましたよ」
誇らしげにキヨシ氏は言う。100歩譲って、父と娘の倒錯関係は理解できたとしよう。それだけなら実はよくあることかもしれない。どうしてもわからないのは、2人の関係を許した、そして現在も許している母親、ナオミさんの気持ちである。本人がこの場にいれば、質問もできようが…。
娘を取られる嫉妬は妻よりも大きい
その年のお盆休み、金子夫婦は4年生の長男を祖父母に預け、長女を連れて県内のコテージヘ出向いた。現地で合流したのは、例の先輩夫婦とその子供2人である。長男は高3、長女は中3。もはや言うまでもなかろうが、すでに先輩夫婦は、長男に続き長女も近親相姦の輪に加えていた。コテージ集合の目的は、家族スワップである。先輩夫婦からの提案だった。
「その先輩夫婦は前にもそういうことをしたことがあるらしくて、お嬢さんも一緒にどうですか? って誘われたんです」
なぜ提案を承諾したのか。あれほど大事な娘が他人に触れられる、そんな状況をなぜキヨシ氏は許したのか。そう、血こそつながっていないが、いまや中年夫婦も彼の家族だったからである。娘を任せるに値する一員だったからである。コテージの7人。夫婦間の交換はもう何度も経験済み、となれば、主役は子供たちしかいない。
「乱交ではないです。部屋が2つありまして、別室に1組ずつ消えていく感じで」
その日、初めての組み合わせを計算すれば以下の4通りとなる。
・キョシ氏×相手の娘
・ナオミx相手の息子
。しほx相手の父
・しほx相手の息子
すべてが順次、行われた。誰の心理も想像しにくいが、特にしほの立場は陰惨に思える。
「そうでもないですよ。最初は恥ずかしがってましたけどね。それより私が大変でした。嫉妬するんですよ。家内を取られるよりも嫉妬します」本人の言葉によれば、「アットホームな雰囲気のまま」家族相姦は終了。帰りの車中でも、しほは「○○君のおじちゃん面白かったね」と、ケロリとしていたらしい。
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2018/07/09

禁断の性行為・家庭内寝取り寝取られ近親相姦

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パソコンにウェブカメラを繋げて、居間のテーブルに置く。レンズはこの角度でいいだろう。あのドアさえ映れば大丈夫だ。ビデオカメラじゃバレバレだけど、パソコンだったらあの二人も気づきっこない。後は録画ボタンを押すだけだ。父親は酒グセの悪い人だった。物心ついたころから、母は父にいつも殴られていた。オカズの品数が少ない。テレビのリモコンが見あたらない。どうでもいいことで腕を上げるどうしようもない男だった。
二人が離婚したのは、私が17才で高校を中退した直後だ。実家に帰らず、茨城県の水戸に引越した母に、私は迷うことなくついていった。生活のため、母はスナックで働きだし、私も18才になってすぐ別のスナックに勤めて家計を助けた。女二人だけの穏やかな暮らしだった。19才を過ぎたある日、いつもは夕方まで寝るはずの母が、珍しくお昼から浮かれた様子で台所に立っていた。
「どうしたの?」
「今夜お客さんが来てくれるから夕ごはんを作ってるのよ」
スナックのお客さんを自宅に招くなんて初めてのことだった。深夜、店が終わり帰宅すると、玄関には男モノの靴があった。居間に焼酎のビンが転がり、知らないオジサンと母が二人で顔を真っ赤にしている。
「おかえり。こちら岩本さん」
「あ、娘さん?はじめまして」
見るからにスナックによくいそうな、現場仕事系の男だ。お客さんってこの人だけ?二人きりでどういうことよ。
「のりこも一緒に飲みなさいよ」
誘われたが、疲れていたので自室にこもった。なによ、いい歳して男の人なんか連れ込んで。その客、岩本さんは、以来ときどきウチにやってきては、母の部屋に泊まっていった。二人がデキているのは明白だけれど、母が好きなら私は反対しない。岩本さんはあのオッサン(父)みたいに暴力的じゃないし。 まだ独身の彼は、いつしかウチで暮らすようになった。朝、お弁当を持って勤務先の工
務店に向かい、夕方戻ってくる。そして三人で夕飯を食べてから、私たち女はスナックへ出勤だ。
そんな生活が1年、母は岩本さんと再婚した。母41才、岩本さん34才の年の差夫婦だ。そして私は20才。二人のことを思えば家を出て行ってあげるべきなのだろうが、自分で家賃を稼ぐのはしんどい。これまでどおり、私は2DKのうちの和室で寝起きし、夫婦二人には洋間を使ってもらった。
「変にかしこまらないで。お父さんなんて言われたら、こっちがビックリしちゃうからね」
新しいお父さん、岩本さんはそう私を気づかってくれた。もとより私も、お父さんなんて恥ずかしくて口に出せない。他人行儀に岩本さんと呼ばせてもらうことにした。でも呼び方は他人でも、岩本さんは、私の求めていたお父さん像そのものだった。夕食のとき、母の手料理に大げさなくらい「おいしい」を連発し、ゴミ出し当番を忘れて私たちに叱られては、「明日かと思ってた」と小さくなって言い訳する。そんな何気ない人間っぽさがとても微笑ましかった。母もスナック勤務をやめ、朝起きて夜に寝る人間的な生活になったおかげで、以前よりずいぶん表情が明るくなっていった。最初からこの人と結婚してたらよかったのに。 録画された動画を再生しても、そこにはただ、ドアが映っているだけだった。動くものは何もない。(写真1)
ずっとこのままならいいんだけれど。1年ほど過ぎて、岩本さんが会社をクビになった。持病の腰痛が悪化したせいだ。一家の収入は私の手取り20万ほどだけになった。
「のりちゃん、本当にゴメンな。オレがこんなになっちゃって」
岩本さんはいつも優しい言葉をかけてくれた。帰りが遅い私を寝ずに待ち、「いつもありがとうね」と言ってくれる。それだけでも疲れが取れる気がした。看病に疲れた母が小言を言うようになってからは、二人きりになるのが気まずいのか、岩本さんは居間にいることが多くなった。話し相手は、いつも私だ。
「ホント、オレってダメな人間だ」
「病気なんだからしょうがないじゃん」
「のりちゃんには一番迷惑かけてるもんな。ごめんな」
「そんなことないって。私もいろいろ話きいてもらって助かってるし」
お父さんであって、お父さんじゃない。毎晩のように話し込むうちに、岩本さんに対する感情はだんだん「好き」に変わっていった。 正直言って、私はブスだ。スナックでも愛きょうだけで売っているようなもので、彼氏も高校時代の一人を最後に、できたためしがない。そんな私が異性として意識できるのは、鼻の下を伸ばして女の子にちょっかいを出すお店の酔客じゃなく、一緒に暮らすお父さん、岩本さんだけだった。画面の端に人影が見えた。彼だ。ドアを開けて中に向かってなにかしゃべっている。そのまま彼は中へ入っていく。何の用があって?(写真2)
ある深夜、店が終わって家に帰ると、いつものように岩本さんが居間で静かにテレビを見ていた。
「お母さん、出かけちゃったよ」 
小言を繰り返した母は、
「友達と飲んでくる」と出ていったそうだ。二人で焼酎を飲みながら母を待った。いっこうに帰ってこないし、携帯も圏外だ。 夜が白みかけたころ、すっかり私は酔っぱらっていた。立ちあがると転んでしまうくらいに。手を貸してくれた岩本さんにしがみつくようにして、私は自室へよたよた歩き、そのまま二人してベッドに倒れ込んだ。 もう我慢できなかった。私は無言で唇にキスして、彼の手を自分の胸へ持っていった。そう、もっと触って。自ら服を脱ぎ、そして岩本さんの服も脱がせて、素っ裸になって抱き合った。彼は何も言わず、息づかいを荒くさせて、私の中に入ってきた。
久しぶりのエッチなのに、とても感じた。気持ちイイ、体も心も。お母さん、ゴメンだよ。母に内緒の関係は、一回だけでは終わらなかった。岩本さんも私を求めてくれたのだ。ともだちと飲みに行くことの多くなった母は、深夜、頻繁に外出した。ダンナを一人残して。そんなとき、私は彼を部屋に誘った。 いつも優しいエッチだった。恥ずかしいけれど、アソコを舐めてもらうだけで何度もイッてしまう。そして彼も「好きだ好きだ」と言いながら満足してくれた。継父にされる、なんて話はよく聞くけれど、私たちのはそれとは違う。互いに愛し合っているのだ。誰にも言えない禁断の行為なのは間違いないけれど。 
母は気づいていなかった。使い終わったコンドームはちゃんと外で捨てているし、二人が変な空気を出したこともなかったと思う。なにより岩本さんが仕事をやめてから、母は夫婦生活に関心を失っている様子でもあった。本当かどうか、最近はシテないって彼も言ってるし。 画面にはまた、閉まったままのドアだけが映りつづけた。ずっと閉まったまま。  長い、長すぎる。(写真3)秘密の関係が半年ほど続いたある日、岩本さんが思い悩むように言った。
「のりちゃん、お母さんに言おうと思ってるんだ」
…お母さんに?何を?呆然とする私に岩本さんはたたみかける。
「もしのりちゃんが同じ気持ちだったら、ちゃんと離婚してから先を考えたい」
離婚?先を考えたい?まさかそこまで本気になってくれてるとは思ってなかった。彼は母と別れて、娘である私と一緒になりたいと言うのだ。木訥な岩本さんがまっすぐプロポーズしてくれたこと、それ自体はうれしい。でもありえない。そんなこと、母にどう伝えるのか。わが子と旦那ができちゃいましたなんて、聞けば発狂しちゃうだろう。 なのに、私は彼の提案をばっさりとは切り
捨てられなかった。やっぱり女、自分の幸せを大事にしたくなるのだ。まだ22才の私だけど、たぶんこの先、愛してくれる人が現われるとは思えない。スケベなスナックの客にすら誘ってもらえないのだから。 岩本さん、優しくしてくれる人、愛してくれる人、でもお父さん。悩んだ。どうして母
なんかと結婚したの。それさえなければ…。 
結論は出た。 三人が居間にそろったとき、私は意を決した。
「話があるの」
「どうしたの、神妙な顔して」 
…言葉が続かない。怖い。どこからどう話そう。沈黙を打ち破ったのは岩本さんだった。
「オレ、のりちゃんと関係を持ったんだ」
母の顔を見るのが怖くて、私は下を向いた。岩本さんは続ける。キミには本当に申し訳ないけれど、のりちゃんを愛している。別れてくれないか。
「…それで?」
母は不思議と落ちついていた。
「それでどうしたいの?」
「許してくれるなら、のりちゃんと一緒になりたい」
母は笑った。強がっているのか、自分が馬鹿馬鹿しくなったのか、そこまでは娘の私にもわからない。「別れるよ。別れてあげる」
ドアが開いた。出てきたのは岩本さん一人だ。画面右に向かったってことは、私たちの部屋に戻ったのか。(写真4)岩本さんは母と離婚し、すぐに私と籍を入れた。誰もが眉をしかめるだろうこの急展開、ぐちぐち反対されそうな親戚づきあいがまったくなかったのは幸いだった。そして三人の同居はそのまま続いた。母も岩本さん(結婚してからもそう呼んだ)も、心に微妙すぎる何かを持っているはずだったし、私だってそれは一緒だ。でも家計の事情から、離れて暮らすことはできなかったのだ。 メンバーは同じでも、肩書きはそれぞれ変わった。岩村さんは私の夫、母はバツ2、私は新婚。岩村さんの寝室は、当然、私の和室へ移った。
母に気兼ねして、世間一般のようなハジケた新婚生活にはならなかったけど、私は幸せだった。夜のスナック勤務と、深夜帰ってからのエッチ。そしてお昼から夕方までのむつまじい時間。すべてが充実していた。 しかし半年ほどで、ふと不安が襲ってきた。エッチの回数が減ったのだ。岩本さん、誰かと浮気してる?誰か。そんなのあの女しかいない。母だ。家にこもりきりの二人、チャンスはいくらでもある。なにしろ彼は〝前科〞持ち。信用なんてあったもんじゃない。証拠を残さないためにも、現場は母の洋室で間違いないだろう。ならば居間のパソコンにカメラを仕込み、洋室への二人の出入りをチェックすれば…。部屋から母が出てきた。手にバスタオルを持っている。そのまま画面左へ消える。この時間からシャワー? しかもよく見れば下はパンティー1枚だ。数分して、濡れた髪をふきながら母は部屋に戻ってきた。岩本さんを招き入れて、40分後に下着でシャワーへ。やっぱり。私の疑惑は正しかった。せっかく奪った男は、また奪い返されていたのだ。実にあっけなく。
別れるつもりはない。せっかくつかんだ愛なのだから。でももし彼が告白してくればどうしよう。またお母さんと一緒になりたいと。笑って許せる度量は私にはたぶんない。