0218_201904141223275f6_201911051350063b5.jpg0219_201904141223283e5_20191105135008ba1.jpg0220_20190414122329eb9_20191105135009885.jpg0221_20190414122331f54_20191105135010c1a.jpg0222_2019041412233253e_20191105135012b52.jpg0223_201904141223340d4_2019110513501388c.jpg0224_20190414122335069_2019110513501582b.jpg0225_201904141223372bf_20191105135016cd1.jpg0210_201901230008143c3_2019110513495494c.jpg0211_20190123000816dcf_20191105134955357.jpg0212_20190123000817bb5_20191105134957c36.jpg0213_2019012300081991c_2019110513495927e.jpg0214_20190123000820611_2019110513500030c.jpg0215_20190123000822233_20191105135001718.jpg0216_20190123000823ed3_20191105135003008.jpg0217_20190123000825486_201911051350047b4.jpg0088_201906212205401d1_2019110513495148a.jpg0089_20190621220541bff_201911051349520ee.jpg4月末、社会人になって初めてのゴールデンウィークがやってきた。毎日が休みのような学生時代はよくわからなかったが、働き出してみると連休のありがたさが身に染みる。
今日も明日も休みで、明後日もまだ休みなんて素晴らしすぎる。よーし、遊びまくってやる!
と思ったが問題はカネだ。鉄人社の給料計算は、月のなか日で締められるため、4月の初任給は通常の半額しか振り込まれなかったのだ。ヤバイ、家でダラダラとオナニーで過ごすGWなんて最悪だ。遊びたい。飲みたい。旅行がしたい。あわよくば女も抱きたい。
そこで思い浮かんだのが、大阪・西成である。あそこならカネなんてなくても遊べるんじゃないか?
日雇い労働者の街である以上、物価は安いに決まってるし、昼間から飲もうが騒ごうが、誰にも文句は言われまい。女を抱けるかどうかはギモンだが…。
よし、今年の連休は西成旅行で決まりだ。
 5月3日、夕方。
大阪環状線の新今宮駅に降り立つとすぐに、どこからともなくションベンの匂いが漂ってきた。なかなかオツなお出迎えだ。まずは西成の中心部、三角公園を目指そう。確か歩いてすぐのはずだが。道路を渡り、商店街に入ったあたりで、世界は明らかに変化した。こっちのローソン前の地べたでは、上半身裸のガリガリ体型のオジサンが、うまそうにガリガリ君を食っている。何かのギャグだろうか。その向かいには、ワンカップ酒を横に置いて、ゴロンと寝転がっているオッチャンの姿が。さらには、自転車相手に一人でケンカしてるおっさんまでいる。そんなに蹴飛ばしても、自分の足が痛いだけだろうに。濃い。濃すぎる。とりあえず普段着のままでは浮きまくるだろうと、オレは作業着屋に飛び込み、この町の〝正装〞に着替えることにした。
無数のおっちゃんたちとすれ違いつつしばらく歩き、ようやく三角公園に到着した。
公園のハズレのほうに謎の人だかりができている。気になって近づいてみると、ドラム缶の上に布が張られ、その中央にサイコロが置いてあった。これがかの有名な丁半バクチか。
「他ないか、他ないかぁ」
「半やでぇ!」
次第に興味が湧いてきたオレは、輪の外側にいるオッチャンに話しかけた。
「面白そうっすね。これ、オレもヤりたいんすけど」
 こちらを振り向いたオッチャンはオレの顔と服装をまじまじと見つめたあと、
「兄ちゃん、アンタがポリやったらワシは話さんで」
 そう言って再び背を向け、サイコロの方を見つめてしまった。さらにツボ振りの男まで、
「アンタ、そこおらんでくれるかな」
 作業着に着替えたぐらいでは、まだ浮いているのだろうか。周りの視線をジロジロと浴びせられたオレは、その場から立ち去るしかなかった。しょうがない、酒でも飲もう。入った居酒屋は、焼酎150円、ビール200円というとんでもない価格設定だった。とりあえず焼酎をひっかけ、作業着のオッチャンに話しかける。
「ここ、安いっすねぇ」
「おう。アンタ、見ねぇ顔やな。最近きたやろ?」
「ええ、最近ですけど」
「そうか、アンタ東(日本)の人間やな。しかしまぁこっち来たって仕事ないぞ。東も西もみんな不景気や」
どうやら、このオッチャンはオレをここらへんに流れてきた日雇い労働者と勘違いしているようだ。まぁそっちのほうがお近づきになれるだろうし、話を合わせておいた方が無難だろう。「いやぁ、やっぱりですか。なんかこう、景気のいい話ってないもんですかねぇ」
「そうやなぁ、橋下さんなったから景気ようしてもらわんとアカンからな」
オッチャンはすぐに震災時の神戸の景気の話を語り始め、次に中国の労働者の賃金の話へと移っていった。この人、実はインテリなのかも。
「景気っていやぁ、オレが競艇やってたころはよう勝ったもんやったなぁ」
景気つながりで、今度はギャンブル談議だ。なんちゃら記念だの、なんちゃら杯だの、パチンコぐらいしかやったことのないオレにはチンプンカンプンだったが、どうやらオッチャンの話を聞くにギャンブルには勝つコツというものがあるらしい。
「兄ちゃんはやらへんのか?」 
「いやぁ、できるもんならやってみたいですけど」
「そうか。まだ若いからな。ココではもうバクチやったんか?」
やろうとしたけど、丁半バクチに入れてもらえなかったことを愚痴ると、オッチャンは肩を叩いて笑った。
「ポリと間違われたんやろ。オレが連れてったるわ。今日はもう遅いからまた明日にするか」
店を出るころには、いつしか時刻は21時を回っていた。西成の夜は早いらしく、街を行き交う人の姿もまばらだ。オレは一泊1700円のドヤで眠りに就いた。翌昼。例の居酒屋に現れたオッチャンは、昨日とまったく同じ格好をしていた。
「じゃあ、いくか」
オッチャンはそう言うと、スタスタと三角公園の方に向かって歩き出す。そしてある小屋の前で立ち止まり、そこに立つ男と親しげに話したかと思うと、一歩下がって見つめるオレを手招きした。
「まぁ入りぃや」
一般民家のトビラを入ったその先には、テレビのモニタが十数台置かれていた。それぞれのスクリーンには競輪、競艇、競馬、そしてプロ野球の中継も映っている。丁半バクチじゃなくノミ屋に連れてきてくれたようだ。オッチャンは一人で勝手に賭けを始めている。取り残されたオレが手持ちぶさたでたたずんでいると、いきなり別のオヤジが声をかけてきた。
「わからんならワシが買うたるで。ウオェッ!」な、なんだこの人。口から白い液体を吐いてるんだけど。
「あのう、これ今から始まるんですか?」
「まぁ次のレースやったら9 ー7やな。…ウオエェッ!!」 
ゲロオヤジは目の前にあった紙をとり、慣れた手つきで数字を書き込み始めた。
「こうやって書くんや。ウオエッ」
「はぁ」
「カネ貸してみ」
「え…」
「増やしたるから貸してみ」
ま、素人のオレよりも、この人のほうが期待できるかもしれない。オレはゲロオヤジに5千円を托した。競輪のレースが始まった。
「まあ見とき。来るで、来るで。オウエッ」
「9番ですね」
「そうや、来るで、来るで、ほれ、来た来た。オエッ。来た、来た!見てみ!ウォェッ!」
本当に当てたようだ。この人、吐くだけが取り柄じゃないんだな。
「次もやらせてくれ、ええか?」
「はいどうぞ」「兄ちゃん、今日はノってるで!…オオウゥェッ!!」
そのまま数レースをこなしたゲロオヤジは、終わってみればオレが出資した元手を1万円以上増やしていた。
「おーし、勝ったし、飲みに行くか。おごったる!」
あの、それ元々はオレの金なんですけど。
パチンコ麻雀競馬ルーレットのばくち人生
自慢するわけじゃないけどぼくは今まで仕事を一切せず、ギャンブルで勝ったお金だけで生活してきた。いわゆるパチプロや雀プロと呼ばれる人たちと同じようなものだ。ただ、ぼくの場合はある特定の種目にこだわっているわけじゃなくて、そのときたまたま興味のあったことをつまみ食いのようにして遊んできただけだから、大それた理論のようなものは持ち合わせていない。周りの知人に言わせると、そういう人間というのはとても珍しい存在なのだそうだ。誰でもたまたま勝つことはあるし、しばらくはそれで食っていけることもある。けれど、普通はそのまま続ければジリ貧になるのがオチで、勝ちの状態が何年も何年も続くというのは、やはり生まれ持った博才があるんだとかなんとか、たいそうなことを言ってくれる。
生まれ持った博才。そう言われても、フラフラと生活してきた実感しかないぼくにはピンと来ない。ただ、振り返ってみれば、確かに要所要所でツキというものが味方をしてくれたからこそ今の自分が
あるのだとも思える。もし、ぼくのこんな人生が何かの役に立つというなら、喜んでお話させてもらうことにしよう。
伝統的ギャンブル丁半博打で2億円勝負
だだっ広い畳敷の部屋、目つきの鋭い数十人の男たちが、盆ゴザに置かれたッボを凝視し、固唾を飲んでいる。任侠映画でお馴染み、我が国独自の伝統的ギャンブルでもある丁半博打の一風景だ。しかし現在、この伝統文色は絶滅の危機に瀕し、ウワサでは、東京・浅草や神奈川県辺りで、細々と行われているだけ。バブルがハジけてからというもの、シノギの減ったヤクザには、賭場を開いたり、また参加するだけの経済的な余裕がなくなったというのがその理由らしい。また、カジノなど手軽なギャンブルが台頭してきたことも大きく影響しているというのだが…。
「やってるところは、いまだにやってるよ。それも盛大にね。私の出入りする賭場は凄いよ、一晩で2億円以上も動くんだから。どうだろ、私も通算で4干万は勝たしてもらってるんじゃないか」
そう豪語する御仁、仮にA氏としょう。彼は中部地方で開業医を営む。れっきとしたカタギながら、この2年間折りを見つけては、関西に拠点を置くN組主催の賭場へ顔を出しているという。1日で2億が動き、そして一介の町医者が4干万も勝てる鉄火場とは、いったいどんな場所なのだろう。
旅館の大広間を借り切るんだ。遊びは丁半がほとんどだけど、たまに手本引きなんかもやってるし。まあ、私なんか、あの独特な場の雰囲気が好きなだけで、他の客と比べれば、全然大したコトないよ。きっかけは、大阪に住む知人の紹介だった。強引に誘われ、恐る恐る顔を出したのが、運の尽き。元来、バクチに目がないA氏は、生まれて初めて目にする賭場に、大きな感銘を受けた。
「賭場を開くときに、サラシを巻いた胴元が大きな神棚に祝詞を唱えるんだよ。ビシっと締まるんだこれが」
確かに、各地に存在する地下カジノへ繰り出せば、2憶と言わないまでも、1日で数千万のカネが動くトコロはいくらでもある。しかし、彼にしてみれば、映画さながらの雰囲気の中、《博徒》と切った張ったを打ち交わすことが、えもいわれぬ快感なのだ。ところで、客のメンツはというと、スジ関係者はもちろんのこと、素人連中もかなりいるらしい。僧侶や、A氏とその知人のょうな医者などの小金持ちから始まり、関西の大企業の会長、社長、果ては大物俳優まで。実に多種多彩な常連の数は20人以上にも上るという。
まず客は、広間に通されると、入り口で木札を購入。むろん警察が突然踏み込んできたときの対策である。ちなみに、札は大きさの違うものが4種類あり、最小の5万円から順に、10万、50万、100万だ。
「私なんかは札の種類を組み合わせて、総額1千万くらいが限度。でも中には、札束ぎっしりのアタッシュケースを持って来る人もかなりいるからね。100万の札を山のように買ってるんだから驚きだよ」
通常、A氏が出入りする賭場は、広間に盆が2つ設けられ、一方で丁半、他方で手本引きが行われる。賭場は夜8時に開かれ、そのまま朝方までぶっ通し。休憩は一切挟まれない。
「その間はもう、修羅場。特に親分連中や企業の会長さんたちは、ー回に賭ける額が違うかりね。夏、冬関係なく、額から汗がしたたり落ちてるよ」
むろんA氏とて、額が他より少ないとはいえ、1回に高級外車を買える金額を張っている。汗をたらすのは氏も同様。特に振り師が勝色と壷を開ける際の緊張はハンパではない。
「もう、命が縮む思いというか、それこそ漏らしちまいそうになる。とにかく生きた心地がしないんだ。で、ポンと負けたときは、毎回自殺したくなるよ。年がいもなく便所で泣いちゃったりしてね。ま、いずれにしろ、上下する額が半端じゃない。この私でさえ、ー日で前半1600万勝ち、後半気づくと1800万負けなんてザラだから。なかなか止められないのもわかるでしよ」
が、しょせんはヤクザの世界。あるときA氏は、
「やはり自分は素人」なのだと痛感せざるを得ないンーンを目撃する。
「去年の暮れだよ。ー組ってのがあんだけど。ふと気が付くと、そこの親分さん、顔色が青色や土色を通り越して、白子のようになってたんだよ」
それが証拠に、時々立ち上がっては、広間の入り口にある木札の両替所に寄り、おと3だけツケてくれ」と、N組の幹部に懇願している。そして、それから2時間がたつかたたぬかの後…。てうおら、お前え。ちょっと隣の部屋に来たらんかい」
突如、N組の若い衆が3人、広間にドカドカと乱入し、組長があっという間に連れ去られた。若頭の怒鳴り声が聞こえるんだよ。
『これえ、お前のモンで間違いないなあ』とかって。
あとで聞いたら、そのとき、ー組長の組事務所のビルと自宅の権利書を取り寄せて、確認してたらしいね。A氏と、その組長、権利書を奪われた直後に姿をくらましたため、不足分の取りたては1組の組員にまで及び、結局2カ月後、1組は解散したという。
「あの日は、親分さん1人で9千万も負けたらしいよ。バカバ力しい話だけど、その事実を聞いて、ようやく我に返ったんだ。簡単に一家がメチャクチヤになるような遊びは遊びじゃないってことをね。そう思わない?」