AV - 【公式】裏モノJAPAN☆出会い裏技・セフレ愛人の作り方
2018/09/17

キャバクラの面接がAVデビューのきっかけに

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1985年、筧井まりは福島県に生まれた。両親が共働きで留守がちだったため、幼少時代は近所に暮らす祖母の家に預けられることが多かった。
「毎日、裏山とかで元気よく遊んでましたね。幼稚園に入ってからはますますおてんばになっちゃって、男の子グループをまとめるリーダーって感じでした」
そんな彼女が変態男に狙われたのは小2の夏休み。知らないオジサンに『ジュースを買ってあげよう』といわれ、疑う事なくついていってしまう。
「物陰につれて行かれて、パンツに手を入れられて…イヤらしいことをされてるって意識はなかったけど、急に怖くなっちゃって、走って逃げだしました」
この体験のせいで、中3のとき、隣のクラスの男の子とキスもしないうちにセックスすることに。
「私、あのとき、指で処女喪失したとばかり思い込んでたんですよ。だから、好きにしてって感じで」
高校時代はバイト先のファミレス店員に一目惚れし、デート初日に肉体関係を持つも、ちゃんとしたお付き合いには至らなかった。
「いわゆるセフレの関係ですね。でも私にしてみれば、初恋の人だったから、それでもかまわなかったんです。彼のおかげでエッチが好きになれたし」
人生の転機が訪れるのは、短大を卒業後、補助看護士として病院で働きはじめたころだ。安月給のため、副業をすべく、求人誌で見つけたキャバクラの面接へ行ったところ、
「それがセクキャバだったんですよね。ダマされたと思ったけど、とりあえず1日だけ働いてみたら、想像以上に楽しくて。結局、病院を辞めて、セクキャバ1本で働くことにしたんです」そんなある日、知人のプロダクションの人間に、AVに出てみないかと誘われた。彼女は悩むことなくこの話に乗る。
「AVに抵抗はなかったですね。むしろ風俗よりももっと楽しい世界かもしれないなって。きっと私って、エッチを通じて男の人に必要とされたいんだと思う」
デビューして半年。すでに数多くの作品に出演している彼女だが、現在でもセクキャバの仕事を続けているという。
「いろんな男優さんとエッチを楽しむ姿を多くの男性に観ていただけたら嬉しいですね。え、セクキャバの店名?それは秘密ってことで(笑)」
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2018/09/15

高頻度で露出AVの撮影現場に遭遇する新宿中央公園

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店員の監視ユルユルだからエンコー可能な家出娘がわんさか
私のオススメは新宿、区役所通りにあるこの喫茶店です。家出娘やホスト狂いのキャバ&風俗嬢がわんさかタマっているので、エンコー相手を探すにはうってつけなんですよ。店は24時間営業でセルフサービスとなってます。店員の監視がユルユルだから、寝ていても怒られない。彼女たちにとっては、半ば自分の家みたいなもんなんですね。しかも、ロクに金を持ってないので、腹を空かせてるケースが少なくありません。なもんで、1人っ切りのコに「奢るよ。メシでもどう?」と誘えばホイホイ着いて来るのです。あとは居酒屋で呑ませつつ、エンコーを持ちかければオーケーです。私の場合はホ別イチゴーを上限とし、それ以上になった場合はリリースすることにしています。
最新版!! 歌舞伎町のエンコー女はココで見張れば一発です
歌舞伎町のシロート立ちんぼエリアといえばハイジア周りが有名ですが、ここ最近は警察の見回りから逃れるため、ミラノ座前に場所を移す女が増えています。 所在なさげに壁にもたれていたり、股を広げてヒマそうにケータイをいじっている女は間違いなくそうなのですが、中には2人組なんかでダベっていて、声をかけてみるとエンコー待ちだったりするのだからビックリです。残念ながらカワイイ子を見たことは一度もありませんが。
シューカツに疲れきった 場所女子大生がわんさか
毎年、夏になると、内定がもらえず疲れ切った表情のリクルートスーツを着た女子大生をよく見かけるわけですが、特にこのビルは頻繁に会社説明会が行われているため、毎日女子大生がわんさか溢れかえっています。透けブラを眺めるだけでも楽しめますが、どうせなら声をかけちゃいましょう。ワラにもすがりたい状況の彼女ら、お茶くらいなら楽勝です。
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ブロマガって何?
2018/09/14

AVデビューのきっかけは名門女子中でのイジメ

0117_20180914203434693.jpg意志が弱そうなのでウチでの仕事は厳しいかなと思ったのですが、彼女がポッリと漏した一言が引っかかりまして。「私、すごくドMなんですよ・・・」
どうでしょう、皆さん。ちよいと遊べそうじゃないですか。さほどにマゾならば、我々の手でイジメてあげれば彼女も大喜びするのでは。来月号より新連載「私を奴隷にしてください(仮)」を開始します。毎回、読者の皆さんの中から、公開調教してくださるドSな紳士を募集し、一緒に町へ繰り出すとしましょう。トビッコを装着させたまま満員電車に乗せる。ノーパンミニスカで強風の中を歩かせる。デンマを使って無限アクメ地獄に突き落とす等々、思い思いのアイデアでウブな彼女をマゾヒスティックな世界へと誘ってください。
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金子優は1986年、埼玉県で生まれた。両親の他に、3才下の弟が1人。父親は都内を中心に皿店舗近くチェーン展開する飲食店社長で、一般家庭よりもはるかに裕福な家庭で育った。
「父は忙しい人だったけど、休みの日は遊園地とかに家族を連れていってくれました。今でも家族の仲はすごくいいですよ。幼少時代の私は男の.に混じって遊ぶほど元気なコでしたね」ところが、小学3年のころ塾に通うようになってから、性格は一転して地味になった。勉強のしすぎで遊ぶ時間がなくなり、友達が減ってしまったことが原因だった。
「塾通いは私をなんとしても名門校に入学させたいという父の意向でした。猛勉強の甲斐があって、第一志望の名門女子中に入学したんだけど、今度はそこでイジメに遭っちゃって…」
初体験は高校1年、初めてできた彼と付き合って1週間後のことだった。遊び人だった彼は女の扱いに慣れており、痛みもなくスムーズにコトは済んだ。見せるだけじゃなくって、カメラの前でエッチ
までしちゃってるでしよ。AVの世界ってどんなとこなんだろうって、すごく興味が湧いたんです。これだ!って」
思うが早いか、インターネットで調べた今の事務所に自ら応募するや、デビューが決まった。今後は素人企画モノを中心に活動予定だという。
「AVの世界で働いてる人たちって、意外とみんな真面目に取り組んでるんですよね。男優さんのエッチも予想以上にすごかった〜。彼との結婚はまだ先なんで、今のうちにAVを楽しんじゃおうかなって思ってます」
2018/08/16

AVメーカーにお勤めの美人OLインタビュー

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AVメーカーにお勤めの香織さんは、職場のマガジンラックに裏モノJAPANが置いてあるのがキッカケで、愛読するようになったそうだ。見た目は熊田曜子似の癒し系美人だが、職種が職種だけにやはり人一倍スケベさんなのでは? まずは、毎日どんなエロイ仕事をしているのかうかがってみよう。
「私がやっているのは、洋モノDVDのパッケージのデザインですね。撮影現場へ行くわけではない
し、けっこう普通のデスクワークですよ」
いやいや、普通ではないと思うんですが…。
「まぁ、外人ってアナルローズプレイとかよくやるんで、扱う写真とかはスゴイんですけど。お尻の
穴の入り口を裏返して、飛び出した粘膜をペロペロ舐めたり」
聞いているだけでも胸ヤケがしてきた。そもそも、どんな経緯でAVメーカーに就職したんです?
「この仕事は3年目で、キッカケはハプバーですね。あるお店に通ってたとき、常連さんに今の職場
の女の子がいて、うちに来ない?って誘われて」
いかにもなリクルーティングですな。それにしてもハプバー通いとは聞き捨てなりませんよ。
「ハプバーには一時期、週3くらい行ってました。でも、毎回ヤってたわけではなく、どちらかというとお酒飲むだけって感じで」
でも、ときには複数プレイなんかもするわけでしょ? 「はははっ。それはまぁ騒ぐときは騒ぎますね。発射させるのが好きなんで。一人目、ピュっ。二人目、ピュっ。次々かかってこーい、みたいな」
おっと、本性を現わし始めたようですな。ちなみに今までで最高のハプバー体験は?
「渋谷のお店で黒人にナンパされたことですね。六本木に立ってるような怪しい感じのオジさんにお
持ち帰りされて、オレの女になれって言われて…」
その後、実際に付き合ったらしい。さすがは裏モノレディ。
「私、外人によく声かけられるんですよ。六本木のクラブとかへ行くと、ホントにしょっちゅう」
で、ついて行くと?
「まぁ、話が合えばですね。最近だと、クラブでナイジェリア人にナンパされて、家の冷凍庫にお肉のストックがあるんでナイジェリア料理を作ってあげるって言われて、お持ち帰りされちゃって。は
ははっ」
もしかしてキミ、外人が好きなんじゃないの? だから洋モノ部署にいるのでは? 「いやいや、そんなことないですよ。日本人がチンコも普通サイズでいいです。ほんとですよ」
2018/08/03

彼氏のノーマルなセックスでは飽きたらず素人がAVデビュー

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2500g 未満の未熟児で生まれたくるみは、体を心配する両親から過保護に育てられたためか、いつまでも気が弱くおとなしい子供だった。
「虫が飛んできただけで泣いちゃうような性格で、外に出るときはいつもお父さんの後ろに隠れてましたね。小さいころは頼れる優しいお父さんが大好きでした」
小学校にあがると、その父はいつしか酒を飲んでは母に暴力を振るうようになり、暴力の手は次第に子供にも及んだ。中学に入ってまもなく両親は別居した。
「私と3つ下の妹は身の安全の為に母親の方についていったんですが、別居したら母のヒステリーがひどくなって。さらに私も中学でイジメられて…家も学校も居場所がなかったなぁ」
そんな彼女の初体験は、やや遅めの19才。相手は当時付き合っていた大学の同級生だった。痛かったけれど、セックスをしたという感動の方が大きかった。
「ていうか、私って子供のころからむっつりスケベだったんですよ。表向きは真面目にしてたけど、実は性に対する好奇心は人一倍で。オナニーを覚えたのも4才のときだったんです」
初エッチをしてからは、ますます性への好奇心が強くなった。彼氏のノーマルなセックスでは飽きたらず、レンタルビデオ屋でAVを借りては、家でこっそり見るように。
「自分でもこんなことをしてみたいと思うようになって。そんなときたまたま路上でスカウトに声をかけられて、AVに出てみないかって誘われたんです。どうしようかって」親や学校にバレることは怖かったが、最終的には憧れていたAVの世界への興味の方が勝った。こうして彼女は素人系AVでデビューを果たす。
「AV撮影はすべてが衝撃的でしたね。男優さんのエッチもスゴかったし、私自身、隠れた自分のMっぽい性癖に気づかされたり。想像以上に楽しすぎる世界だったんだけど……」
彼女は2本だけ出演してAV界を引退する。内定が決まっていたテレビ局の報道番組でカメラアシスタントとして働くためだ。しかし09年、再びAVに彼女の姿が。
「やっぱりこの仕事は楽しい! だって、テレビ局に勤めてるときは彼氏なんて作ってる余裕がなかったから、Hも全然してなかったし。復帰して本当に良かったと思います」
2018/07/16

AVのフェラシーンってお尻の画のほうが興奮しませんか?

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マリンスポーツ体験では、ライフジャケットが必須です。あれって、チャックの閉め方によっては、おっぱいがエエ感じに見えるんですよ。要チェックです。
AVのフェラシーンって、顔アップよりも引きの画のほうが興奮しませんか?特にケツを突きだしてしゃぶってるとこなんて、めっちゃスキモノぶりが表れてますよね。これをリアルで味わうならば鏡撮りしかありません。みなさん、よくわかってます。
2018/07/13

巨乳のせいでAVデビューした元芸能人

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1979年、難産の末に生まれた櫻井ゆうこは3000グラムの大きな赤ん坊だった。見た目はぷくぷくで、愛嬌も良く、両親や5つ上の兄にすごく可愛がられた。
「特に父は初めての女のコだったこともあって溺愛してたみたい。4才からはピアノを習い始めました。これは母の意向です」  小学校から中学校にかけて、本格的にピアノの練習に取り組み、いつしか彼女自身、将来の夢はピアニストかピアノの先生しか考えられなくなっていた。
「でも高校に入った途端、ピアノどころじゃなくなって。体が急激に成長したんですよ。中学ではAカップだったのに、高校でEカップになってて。当時はそれがすごく悩みで」
今となっては馬鹿馬鹿しい理由だが、ともかくピアノには身が入らなくなった。そんなある日、友達が言った。
『せっかく巨乳なんだから、グラビアアイドルとかやればいいじゃん』
「もう目からウロコですね。ピアノの先生は年をとってからでもできるけど、グラビアは若いうちしか無理でしょう。だったらグラビアの方に…って、私、単純ですかね(笑)」
かくして大学進学後、彼女は登録制の芸能プロダクションに所属。バラエティ番組などに出演するうち、23才で着エロの仕事が来た。
「脱ぎはないけど、エッチな格好を見せるアレです。正直グラビアで23才は年齢的に厳しいじゃないですか。限界ギリギリまで頑張るしか方法が見つからなかったってとこですかね」
当然、脱ぐ気はまったくなかったのだが、4年間活動したところで、AVの話が来た。それを彼女は二つ返事で引き受ける。「理由は…自分でもよくわかりません。ただ、着エロをやってるうちエッチな業界に抵抗がなくなってきて、もっと頑張りたいって気持ちになってたんです」そして2007年1月、SODから『芸能人櫻井ゆうこ Lcup Debut !!』でAVデビュー。
『元芸能人』AV女優の先駆け的存在となった。
「これまで100本近くは撮りましたね。でも、まだピアノ講師の夢はあきらめてないんで。近近、また本格的にピアノの練習を始めようかなって考えてます」
2018/06/02

終電をなくした娘はここで拾え

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目の前でフェラってくれる3DのAVを観たことがあるか
男でも女客の胸チラを見まくれる靴屋チェーンは?
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ブロマガって何?
2018/06/01

学校中で評判の美少女が今は鼻フックを

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松野るかは1988年、神奈川県に生まれた。
父と母、一つ上の姉の4人家族。おとなしい性格の姉とは対照的におてんばな女の子で、毎日外で元気よく遊んでは、服を泥だらけにして母親に怒られた。「幼いころは男の.みたいだったけど、クラシックバレエを始めてからは急に女に目覚めて、大人ぷるようになりましたね。幼稚園ではクラスのリーダーとしてみんなを仕切ってて、なんというかマドンナ的存在だったんですよ」
元々近所でも美少女と評判だっただけあり、小学校にあがるや人生最大のモテ期が到来する。隣の小学校からわざわざ彼女を見にやってくる男がいたほどのモテつぶりだった。
「でも、このころをピークにそれからはどんどん下り坂(笑)。中学に行っても浮いた話はほとんどなくて。初めて彼氏ができたのも意外と遅くて高校に入ってからですもん」
初カレは、学年で一二を争うイヶメンだった。
ブルセラ時代の友達に効率のいいバイトがないかと相談したところ、「AVでもやってみたら」と持ちかけられた。
「で、今の事務所を紹介されたんですよ。カメラの前で裸になること自体は抵抗はなかったけど、高校時代とポリシーは同じだから、好きでもない男性とセックスはしたくない。どうしようかって」
悩んだ挙げ句、彼女は鼻フックプレイがメインのSM系ビデオに出演することを決意した。これなら裸になるシーンこそあっても男優とのカラミは一切ない。
「一般のAVよりギャラは落ちるけど、自分のカラダを汚すくらいなら、鼻フックの方が全然いいですよ。かなりマーーアなビデオだから知り合いに(しるリスクも少ないし。今後もマニアックAVだけに出演していく予定です」
2018/05/22

AV風俗スカウトマン成り上がり実録

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高校卒業以来、プータロー同然の生活を送っていた俺が、地元福岡から上京したのは、98年の春、19
才のときだ。付き合っていた女にこっぴどくフラれて自暴自棄になった挙げ句、発作的に東京行きの新幹線に乗り込んだのだ。スポーツバッグに最小限の衣類や生活品を詰め込んで。片道切符を買うと、財布には3万円強しか残っていなかった。当然のごとく、寮付きの職場探しを余儀なくされた。アルバイト情報誌をくまなく読み込んだ末、選んだのは住み込みの新聞配達員だ。まったくダサい仕事だが、手取り25万、三食まかない付きという条件は申し分ない。独り暮らしの軍資金が貯まるまでの辛抱だ。面接に出向くと、応対してくれた所長が笑顔を浮かべながら妙なことを口走った。
「基本給は18万だけど、毎月そこから寮費と食費を差し引くから手取りは14万ってとこだね」
「え、求人には25万って書いてありましたけど…」
「ああ、そうだっけ。でもあれは歩合を含めた額だから」
 この販売所、単に新聞の配達をするだけでなく、新規契約の営業も行っており、1件開拓するごとに2千円が支払われるらしい。つまり、手取り25万を目指すには、毎月50件以上の契約をとり続けなければならない計算になる。そんなの絶対ムリじゃん!完全に足下を見られた形だが、かといって、いまさら別の仕事を当たる余裕はない。なにせ所持金はすでに500円を切っているのだ。くそっ。くやしいけど、ここは頭を下げるしかない。
「その条件で結構です。よろしくお願いします」
「はいはい。じゃ明日から働いてもらうね」
あっさりと採用になり、続いて配達所近くの寮に案内された。やがてそれらしき建物が視界に映ると…。「…ここ、ですか」築50年はゆうに越えていそうな、おどろおどろしい外観のボロアパートだ。悲惨なのは外観だけじゃない。うながされるまま入った4畳半の一室には、いったい何が入っているのか、大きなゴミ袋が8つほど転がり、すえた臭気が部屋全体に立ちこめていた。天井から吊された裸電球のまわりには、ブヨのような虫がブンブン飛びかっている。こうして始まった新聞配達員としての生活は、薄々予期していたとおり、最低のものだった。
 まず、生活サイクルがきつすぎる。起床は深夜1時。そこから早朝6時まで、広告の折込み作業や朝刊の配達に追われ、昼は住宅を一軒一軒回って集金や営業をかける。午後3時からは夕刊の配達が始まり、それが済んだらまた集金と営業に出向く。ようやく仕事から解放されるのは午後8時過ぎだ。以降は自分の時間になるが、また1時に起きることを考えるとのんびり外出するヒマなどない。気分は荒む一方だ。同僚の販売員たちの顔触れも、さすがと言うべきか。週に3日は無断欠勤をやらかすアル中。給料を1日で使い切るギャンブル狂。配達中に留守宅へ空き巣に入り、警察に連行されていったオバハンなんてのもいる。言葉は悪いが、とにかく吹きだまり感がハンパないのだ。自分がそんな連中の仲間だと思ったときのやりきれなさといったら。たまの休日に新宿や渋谷などに出かけると、よけいに気が滅入った。同年代の若い連中が楽しそうに歩く姿を見るにつけ、いっそう自分の置かれた境遇がみずぼらしく感じられるのだ。あいつらは合コンしてるのに、俺は毎朝毎夕、新聞を配って、後は寝るだけ。このまま何もしなければ、どんな将来が待っているのか…。かくして半年後、逃げるようにして配達所を辞めた。こつこつと貯めた金が目標額の40万に達し、一人暮らしのメドがたったのだ。部屋さえ確保できれば、住み込み職などに用はない。ワンルームマンションへ移り住んだ俺は、次の職をホストに決めた。学歴も資格もない男でもでき、金持ちになるチャンスまで転がってる仕事なんて、ホストしかないのだから。だが現実は厳しかった。いくら頑張ってもなかなか指名が取れず、平均月収も20万にすら届かない。マンションの家賃を差し引けば、販売員時代の給料と同じか、それ以下というマヌケぶりだ。ある日、仲のいい同僚ホストが、聞きなれないバイトを紹介してくれた。
「六本木の高級クラブで専属のスカウトマンを募集してるんだけど、やってみれば?」
 当時は〝スカウトマン〞ということばがまだ珍しかった時代。「何それ?」と尋ねて聞いてみれば、街で声をかけた女をクラブに紹介する仕事だという。女の入店が正式に決まれば、そのたびに5万円がスカウトマンに支払われるそうだ。指名すら取れない駄目ホストの俺に、そんな半分ナンパのようなことができるのか。どうせムリだろうと、出勤までの時間を利用して渋谷の路上へ繰り出してみたが、やはりムリだった。ときどき話に乗ってくる女はいるものの、クラブ側の要求する女のレベルが高いこともあって、なかなか採用には至らないのだ。そんなある日、いつものように渋谷の街頭に立っていると、見知らぬ若い男たちに呼び止められた。
「どこのスカウトマンなの?」
 なんだかいかつそうな連中だ。
「六本木のクラブだけど」
「へえ、調子はどう?」
「ぜんぜん」
彼らはAVや風俗関係のスカウトマンとのことで、しゃべってみると案外、人懐っこい。
「どうせ女に声をかけるなら、クラブの女だけじゃなくて、AVのスカウトもやればいいじゃん。いいのがいたら、俺らがプロダクションに話をつけてやるよ」
そう誘ってはくれたが、クラブ嬢すら見つけられないのに、AVなんて高いハードル、越えられるわけがない。その日、俺は自宅近くのネットカフェで、出会い系サイトに挑んでいた。すぐにでもアポれるユルそうな女はいないかと注意深く画面をチェックするが、書き込みはエンコー希望ばかりだ。ふと妙案が浮かんだ。ここでAV女優を募集したら反応があるかも。金さえもらえれば何でもする女ばかりなんだし。
〈AV女優募集。稼げます。興味ある人はメールください〉
返信があったのは、それから1カ月後、書き込みのことなどすっかり忘れていたある日のことだ。
〈募集はまだしてますか? すごく興味があります〉
書かれていたのはたったこれだけ。冷やかしかもしれない。とりあえず半信半疑で〈一度お会いで
きませんか〉とメールすると、トントン拍子にアポが取れた。
待ち合わせ当日、緊張で声を震わせながら女が歩み寄ってきた。その姿を目の当たりにしたとき
の衝撃は今でも忘れることができない。顔と言い、スタイルと言い、トンでもなくハイレベルなのだ。芸能人と言っても不思議じゃないほどの。思わず、頭に浮かんだ疑問が口からこぼれた。
「なんでキミみたいなキレイなコがAV女優に?」
「お金が必要なので…」
言いづらそうに下を向く彼女。きっと何かしら事情はあるのだろうが、これ以上の詮索はやめたほうが良さそうだ。心変わりでもされたらかなわない。AVスカウトマン連中の元に彼女を連れて行くと、彼らは目を丸くさせた。
「このコなら単体は確実っしょ。1本で200万以上稼げるよ。すげーな」
AVスカウトマンの収入源は、
プロダクションから支払われるバックマージンだ。自分の連れていった女がプロダクションと所属契約を結んで作品に出演するたびに、出演料の15%が懐に入る仕組みだ。このバックマージン制度はプロダクションが女との契約を打ち切るまでえんえんと続くため〝永久バック〞と呼ばれている。
女をプロダクションに放り込んで1週間後、吉報が届いた。彼女は美形女優専門メーカー・エスワンと1年契約を結び、単体女優『山●美姫』としてデビューが決まったのである。出演料は1本300万。俺には、彼女が作品を撮るごとに45万もの大金が入ってくるわけだ。契約が切れるまで何度も何度も。AVスカウトの彼らは口々に言った。
「最初にスカウトした女が単体なんて凄すぎね?」
「オマエ、本当にラッキーだな」
ムリもない。単体を張れるような女は、100人スカウトして1人いるかどうか。長年この仕事をして、いまだ1人も単体をゲットしていないベテランすらいるのだ。ぽっと出の自分がいきなり単体を当てるなんて、生まれて初めて勝った馬券が100万馬券だったようなものだ。俺は舞い上がった。
(この仕事、向いてるんじゃないのか)
世の中には数多くの職があるが、そのほとんどは個人の能力で給料が決まる。新聞勧誘にせよホスト
にせよ。しかしAVスカウトの収入は、俺個人というよりは女の能力に大きく左右される。なにも能のない人間にとってこれほどありがたい環境は他にない。まもなく俺は、AVスカウト一本でやっていく決意を固めた。出会い系でのスカウト活動と並行して、朝の9時から夜10時まで、渋谷の街頭に立ち続ける日々が始まった。視界に女が入り込むやいなや、ルックスの良し悪しや年齢の高い低いに関係なく、のべつまくなし声をかけまくる。
「AV女優に興味ない?がっぽり稼げるよ」
スカウト仲間には、端から単体クラス狙いで、女のルックスがそこそこの水準に達していなければ声をかけない者が少なくなかった。あるいは逆に、あまりに女のレベルが高すぎると「こいつはAVになんか絶対に出ないだろ」と決めつけてスルーしてしまう人間も目立った。彼らなりの経験即なのだろうが、俺にはナンセンスに思えた。たとえ中年のババアだろうが、三段腹のデブスだろうが、企画女優にはなれるのだから。そして絶対的な美人に対しても、俺はひるまなかった。単体女優は、誰にも増して美しいから単体なのだ。「絶対ありえない!」と驚くような女を引っ張らなければ高収入にはありつけない。この姿勢によって、山本美姫をデビューさせてからわずか1カ月後に、またしても快挙が訪れた。例のごとく渋谷の街頭で、俺は壁によりかかってタバコを吹かしていた。目の前をめちゃくちゃいい女がすっと横切っていく。すかさずあとを追いかけた。
「AVに興味ないですか?」
「AV? ふふ、やだぁ」
笑顔を見せるあたり、本気の拒絶じゃないっぽい。
「君なら1本の作品で300万は余裕で稼げると思うけど」
 女の足が止まった。
「そんなに!?本当ですか?」
「せっかくだし、事務所で説明だけでも聞いてってよ。すぐそこだからさ」
「はい」
スカウトマンの仕事は、女をプロダクションに連れて行くまで。最終的に彼女に「うん」と言わせるのはプロダクションの領分だ。果たして、彼女はAV女優になった。しかも単体の扱いで。諸事情により名前は明かせないが、男なら誰もが知ってるであろうあの女優だ。奇跡は続いた。翌月、新たにスカウトしたコが2人、またまた単体女優としてデビューしたのだ。さらに翌月にももう1人。単体だけで計5人だ。途方もない成績である。なんでオマエだけが? 何かコツがあるなら教えろよ。たびたびスカウト仲間に尋ねられたが、もしそんなものがあるなら俺だって知りたいくらいだ。ただし、自分と連中との決定的な違いなら言える。どんな美人にも気後れしない図太さだ。たとえば、ブランド物のスーツでぱりっと身を固めたキャリアウーマンや、清楚なお嬢様風。そんな誰が見てもAVと無縁そうな、あるいはAVを嫌悪していてもおかしくなさそうな女でも俺は迷わず突撃する。たとえ忙しそうに小走りしてようが、メールを打ってようがお構いなしにだ。
とにかく余計な先入観を捨て、視界に入った女にはことごとく声をかけること。具体的には1日200人以上。わずか3カ月で5人の単体をゲットできたのは、そんな努力の結果だと俺は思っている。ちなみにその5人の中には、初めはどう見ても企画女優止まりだろうと思われるアカ抜けないコもいた。しかしメーカー側が痛く気に入り、単体女優としてデビューが決まったのだ。そういうラッキーが起きるのも、誰かれかまわず引っ張っていったおかげだ。俺の月収は400万の大台を超えていた。内訳は、単体女優のマージンが230万、企画女優が1
80万。企画の収入が意外と多いのは、作品の本数に縛りがないからだ。特定のメーカーと年間契約
を結ぶ単体女優は、月1本ペースでしか作品がリリースされない(例外はある)。しかし企画女優は仕事の依頼さえあれば様々なメーカーの作品に何本も出演できるのだ。人というのは、持ったこともない大金を手にした途端、生活が派手になっていく。住まいは手狭なワンルームから家賃30万の高級マンションへ。その駐車場には成金趣味ばりばりのベントレーを保管した。スカウトに出かける際はグッチ、ディオール、アルマーニなどのブランド物のスーツに身をまとい、ハネれば銀座のクラブへ直行だ。ほんのちょっと前まで吹きだまりの新聞配達員だったことが信じられなかった。あの時の俺がいまや銀座でネーチャンに囲まれてシャンパンなんて!