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タグ:AV女優

  • 2019/01/18AV女優になった理由

       1993年、神奈川県に生まれた佐原は、幼少時からおませな子だった。「私はよく覚えてないんですけど、幼稚園ですごく仲のいい男友だちがいて、いつもその子と一緒だったらしいです。ちょっと目を離すとすぐにキスしてたって母が言ってました(笑)」小学校に入ってからは、ジャニーズ系のガキ大将にゾッコンになった。小3のバレンタインで彼とディープキスを経験すると、一気に性的な興味が芽生えだした。「...

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  • 2018/12/21AV女優になった理由

       1979年、宇江希ともえは茨城県で生まれた。3人兄弟の末っ子だったこともあり、同居する曾祖父母や祖父母に可愛がられ、すくすくと育った。毎日、2人の兄たちと自宅の庭で野球の打撃練習をしたり、ピアノ教室に通ったり。そんなごく普通の少女時代を過ごしてきた彼女に、その後の人生を狂わせる事件が起こった。「小5の頃、自宅を新築したんですが、そのとき出入りしていた大工の棟梁がすごい人でなしで、...

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  • 2018/11/18AV女優になった理由

       1990年、埼玉県に生まれた茜笑美は、3人兄弟の末っ子だった。5つ上と3つ上の兄がいて、家族仲も悪くなかった。「上がふたりとも男だったので、初めて女のコが生まれて、お父さんはすごく嬉しかったみたい。私自身はどちらかというと大人しい性格だったかな」幼稚園に入ると、早くお家に帰りたいと言って毎日泣いた。小学校に入ってからはさすがに泣かなくなったものの、相変わらず家が大好きだった。「極...

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  • 2018/11/13AV女優になった理由

       1989年、穂積マヤは東京で生まれた。「両親が共働きだったんで、おばあちゃんと2人でいる時間がいちばん長かったんですよ。私はいつもニコニコしてて、愛嬌のある性格だったかな」小学校に入学すると母親の意向で、学校帰りはほぼ毎日学習塾や公文式に通うようになる。もともと勉強が好きだったから、苦にはならなかった。「自分で言うのもなんですが、成績は良かったですね。中学に入るといわゆるオタク少...

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  • 2018/10/01AV女優になった理由

       広島県で生まれた藤森荊那は、一人娘だったこともあり、両親から愛情をなみなみと注がれて育った。小さいころからまったく人見知りせず、保育園でもすぐに友達ができた。「先生にも明るく朗らかな.だって言われてました。ただ父親の仕事の関係でしょっちゅう引っ越してたから、友達と仲良くなってもすぐにお別れしなきゃいけないのは幼心に辛かったです」そんな彼女の初恋は小1相手はクラスメイ卜の男子で、集...

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  • 2018/09/27AV女優になった理由

       1986年、東京に生まれた星川麻美は、生後間もなく原因不明の高熱で生死をさまよった。しかし以降は大きな病気もなく、他の子供より身体が弱いことを心配する両親をよそに、外で元気よく遊ぶ子供に育った。「一度死にかけたとは思えないくらい健康になりましたね。ジッとしてないから母は目が離せなくて大変だったみたい。ひとつ上のお姉ちゃんは大人しい性格で、幼いころからずっと仲がいいですよ」小学校に...

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  • 2018/08/24AV女優になった理由

       1989年、栃木県に生まれた東尾真子は父と母、2つ上の兄の4人家族。幼少時代はとにかくワガママで、両親を困らせることもしばしばだった。「自分の思い通りにならないと、すぐふてくされてたみたい。当時のことは今でも親から聞かされるんだけど…本当に可愛げのない子供だったと思います」小学校に入学直後、父親が女を作って家を出て行った。おさな心にショックを受ける一方で、『そんなもんだよなぁ』と...

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レズに目覚めAV女優デビュー

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1993年、神奈川県に生まれた佐原は、幼少時からおませな子だった。
「私はよく覚えてないんですけど、幼稚園ですごく仲のいい男友だちがいて、いつもその子と一緒だったらしいです。ちょっと目を離すとすぐにキスしてたって母が言ってました(笑)」
小学校に入ってからは、ジャニーズ系のガキ大将にゾッコンになった。小3のバレンタインで彼とディープキスを経験すると、一気に性的な興味が芽生えだした。
「よく彼の家でお互いの性器を触りっこしてましたね。はじめは彼が私のパンツに手を入れてアソコのスジを上下にこするだけだったんですよ。でもそのうち『俺のも触ってよ』って言うようになって。69の体勢になって、触りっこしたこともあったっけ」
結局、彼とはそれ以上の関係にはならなかったものの、中1のとき、ついにロストバージンの機会が訪れた。それも最悪の形で。当時つき合っていた彼氏の家に遊びに行ったところ、彼の部活の先輩が
待ち受けていたのだ。
「何で先輩まで一緒にいるのってパニックになっちゃって。そうこうしてるうちにパンツを脱がされて、先輩に無理やりオチンチンを入れられちゃったんです。で、先輩が射精したあとで、今度は彼氏が挿入してきて。ごめんなさい。あまりのショックでその先のことは覚えてないんです…」
悲劇はそれで終わりではなかった。先輩と彼氏との3P話が学校中の噂となったのだ。以来、男性不信に陥った佐原だったが、持ち前の性的好奇心の強さは健在で、それは進学した女子校でも存分に発揮された。
「同じ学校の子に告白されてレズに目覚めちゃったんです。お互いにクンニし合ったり、ローターでちょろっと遊んだりって感じ。その子とは1年ほどで別れて、また別の子とつき合いました」  高3の秋。ようやく男性不信から脱却した彼女は、バイト先で知り合った30才のバンドマンと交際を始めた。17才の少女に顔射や剃毛、アナルセックスを強要する変態男ではあったが、もともと彼女自身もスケベなことにはどん欲なだけに、彼とのセックスライフは非常に満足できるものだった。
佐原がAVスカウトマンに声をかけられたのは、高校を卒業し、その彼と別れた直後のことだ。
「最初はむちゃくちゃ怪しいと思いました。でも喫茶店で『やってみませんか?』って聞かれて、素直にハイって言っちゃったんですよね。内心はすごく興味があったんで。実はスカウトの人から撮影の話を聞いているだけで、濡れてたんです(笑)」
こうして、トントン拍子にデビューすることになった彼女は、現在もAV女優を天職として、精力的に活動を続けている。
「仕事は本当に楽しいですね。新しい彼氏も欲しいけど、今は、もっともっとテクニシャンな男優さんたちと触れ合っていたいです」

28才処女に焦りを感じてAV女優デビュー

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1979年、宇江希ともえは茨城県で生まれた。3人兄弟の末っ子だったこともあり、同居する曾祖父母や祖父母に可愛がられ、すくすくと育った。
毎日、2人の兄たちと自宅の庭で野球の打撃練習をしたり、ピアノ教室に通ったり。そんなごく普通の少女時代を過ごしてきた彼女に、その後の人生を狂わせる事件が起こった。
「小5の頃、自宅を新築したんですが、そのとき出入りしていた大工の棟梁がすごい人でなしで、自分のアソコを私に握らせたんです。『どう?』って言いながら私の手をおさえつけて」
不幸中の幸いというべきか、それ以上深刻な事態にはいたらなかったが、以来、彼女の心には強い男性不信が芽生えることになる。恋愛話に夢中になる同級生たちを尻目に、中学時代は吹奏楽部でトランペットの練習に明け暮れた。その後、吹奏楽の名門校として知られる地元の高校に進学すると、ますます音楽に対する情熱は高まり、吹奏楽部の甲子園とも言われる、普門館コンクールに毎年のように出場を果たした。しかし、輝かしい青春を謳歌する一方、男性に対しては相変わらず、苦手意識をぬぐえなかった。
「たぶん、興味がないことはなかったんですけど、男の人が近くにいると鳥肌が立っちゃうんです。結局、専門学校を出て24才になるまで彼氏ができませんでした」
ところが、ここでもまたトラウマが邪魔をする。彼氏に胸やアソコを愛撫されるまではどうにかいけたが、いざ挿入の段になると、どうしても脚を開けない。事情を聞いた彼は、はじめこそ理解を示してくれたものの、いつまでもプラトニックを貫くことはできず、やがて彼女の元を去っていった。
28才、転機が訪れた。従姉妹の結婚式に出席し、焦りにも似た強い衝動を覚えたのだ。「従姉妹は幸せに結婚するというのに、私はこの歳でも処女じゃないですか。このままじゃいけない。変わるためにはどうしたらいいんだろうってすごく悩んだんです。たどり着いた答えがAVでした。ネットで『モデル募集』の求人広告を見つけて、思い切って応募したんです」
28才処女の応募に色めきだったプロダクション社長は、すぐに彼女のために単独作品の仕事を用意した。かくして、彼女の記念すべき人生初のセックスは、監督や大勢のスタッフの目の前で行われることになる。
「撮影の2〜3日前から全然眠れませんでした。カメラが回り始めてからも『はぁ〜これがエッチなんだなぁ』とぼんやり感動するのが精一杯で(笑)」 
そんな彼女もいまではすっかりセックス好きになり、2人目の彼氏を作りたいと思うほど、心に余裕も生まれている。
「普通の女のコより遅れてる分、人間磨きと女磨きをしないとって思ってます。AVの世界もまだ片足を突っ込んだばかりだから、もっと深いところまで見てみたいですね」

AV女優になった理由「とにかくエッチがしたかった」

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1990年、埼玉県に生まれた茜笑美は、3人兄弟の末っ子だった。5つ上と3つ上の兄がいて、家族仲も悪くなかった。「上がふたりとも男だったので、初めて女のコが生まれて、お父さんはすごく嬉しかったみたい。私自身はどちらかというと大人しい性格だったかな」
幼稚園に入ると、早くお家に帰りたいと言って毎日泣いた。小学校に入ってからはさすがに泣かなくなったものの、相変わらず家が大好きだった。
「極端な人見知りだったんですよ。本当はクラスの男のコとも仲良くしたかったんだけど、友達作りがヘタで。恋愛なんて想像もできませんでしたね」
初めて彼氏が出来たのは中3、相手は合同行事で知り合った同じ年の他校生だった。付き合って一週間ぐらいで家に遊びに行き、キスをした。
「そしたらいきなり洋服を脱がされて。当時はセックスという言葉すら知らなかったから、本気で怖くて拒んだら、それ以来、彼が文句を言うようになって……」
もともと内気な性格だった彼女はこの件ですっかり自分に自信をなくし、恋愛にますます奥手になっていく。しかし同時に、性に対する興味だけは増していった。
「高1で自然とオナニーを覚えたんです。セックスがどんな行為か知ったのもそのころ。あ〜、あのとき、彼はコレがしたかったんだぁって思ったら、自分も早くしたくなっちゃって」
願望が叶ったのは、女子大時代だった。学園祭で知り合った他大生と仲良くなり、ふたりで食事に出かけることになり、漫画喫茶の個室でコトを済ませた。
「嬉しかったですねえ。でも、その初体験の男とはそれっきり。こっちはエッチがしたくてたまらないのに、相手がいないから、もうモンモンとしちゃって」
そんなとき、たまたまネットでAVプロダクションの女優募集の記事を発見し、「これならエッチできる」と考えた。
「迷いがなかったと言えばウソになりますね。親バレや友達バレもあるし。でも、AVは一回だけの関係だから、純粋にエッチが楽しめるでしょ。ムリして恋人を作る必要はないんじゃないかって」
かくして彼女は単体女優としてAVデビュー。現在までにリリースした作品は15本近くにのぼる。
「AVの仕事は本当に楽しいです。普通に暮らしていたら絶対経験できなかったすごいエッチもできるし。マジで毎日でも撮影したいくらいですよ」

演劇の世界で成功したくてAV女優に

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1989年、穂積マヤは東京で生まれた。
「両親が共働きだったんで、おばあちゃんと2人でいる時間がいちばん長かったんですよ。私はいつもニコニコしてて、愛嬌のある性格だったかな」
小学校に入学すると母親の意向で、学校帰りはほぼ毎日学習塾や公文式に通うようになる。もともと勉強が好きだったから、苦にはならなかった。
「自分で言うのもなんですが、成績は良かったですね。中学に入るといわゆるオタク少女になるんです。コミケやコスプレイベントに行ったり。男のコとの恋愛なんて考えもしませんでしたね」
高校時代は演劇部に入部するも、浮いた話はなかった。大学に進んでからも状況は変わらない。当時は、演劇の現場で本格的に学びたいという思いが強かった。
「初体験は20才。相手は舞台で競演して意気投合した役者仲間です。でも、とにかく痛くてセックスの何が良いのかわからなかったですね」
大学中退後は、演劇をしながら、バイトで稼ぎつつ、なんとか生計を立てていた。が、毎月ギリギリの生活で、肉体的にも精神的にも疲れ果ててしまう。
「で、しばらく演劇から離れてマトモな仕事をしようってOLを始めたんです。そしたら時間もお金も結構余裕が出てきたから、ちょいちょい遊ぶようになりまして(笑)」
クラブなどでナンパされた男と遊んでるうちに、エッチも大好きに。そんなある日、ネットの求人サイトでAV女優募集の広告を発見した。「AVならいろんな男の人とエッチできる! って唐突に思ったんです。我ながら大胆だけど、遅咲きだったぶんイッキに弾けちゃった感じ」
こうして自分から応募するや、デビューが決定。現在はOLの仕事を続けながら、企画モノを中心に活動している。
「これまで10人くらいの男優さんとカラんだかな。やっぱりテクがスゴイ!演劇もいいけど、AVは今しかできない仕事だから、当分は続けていきたいですね」

両親から愛情をなみなみと注がれて育った女の子がAV女優になった理由

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広島県で生まれた藤森荊那は、一人娘だったこともあり、両親から愛情をなみなみと注がれて育った。小さいころからまったく人見知りせず、保育園でもすぐに友達ができた。
「先生にも明るく朗らかな.だって言われてました。ただ父親の仕事の関係でしょっちゅう引っ越してたから、友達と仲良くなってもすぐにお別れしなきゃいけないのは幼心に辛かったです」
そんな彼女の初恋は小1相手はクラスメイ卜の男子で、集団下校では、他の生徒の目がある中、いつも自分から手を繋いで帰るほど早熟だった。
「マセガキですよね(笑)。初体験は中学2年で、相手はブラジル人だったんですよ。友達の紹介で知り合って一目惚れしちゃったの。年は同じだけど、大人っぽくてとにかく格好良かつたんです」

芸能人に憧れていた卓球少女がAV女優デビューした理由

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1986年、東京に生まれた星川麻美は、生後間もなく原因不明の高熱で生死をさまよった。
しかし以降は大きな病気もなく、他の子供より身体が弱いことを心配する両親をよそに、外で元気よく遊ぶ子供に育った。
「一度死にかけたとは思えないくらい健康になりましたね。ジッとしてないから母は目が離せなくて大変だったみたい。ひとつ上のお姉ちゃんは大人しい性格で、幼いころからずっと仲がいいですよ」
小学校に入ると持ち前の明るさと気さくな性格からクラスのリーダー的存在に.人前に出ることが大好きだったので、自から進んで学級委員にも立候補した。
「目立ちたがり屋だったんですよね。あのころは絶対に将来は芸能人になるんだって思ってたし。具体的にどうこうってのはなかったんだけど…」
中学では女子卓球部を自ら立ち上げ、主将としてチームを牽引、発足わずか2年目にして関東大会に出場するほどの実力をつける。これは父の影響が大きかった。
「父は学生時代かなり本気で卓球をやってたんですよ。血筋って言うんですかね。最初は私を含めて全員ヘタだったけど、どんどん強くなっていって。おかげで高校はスポーツ推薦で入学できました」
初体験は高1。相手は隣の男子校の卓球部員だった。
「いかにも健全なスポ根少女って感じですよね。ところが大学に進学してから、徐々に生活が乱れていくんです。卓球よりも飲み会が楽しくなって、遊び歩く日々が続くようになったんですよね」
体験人数が8人に達したころ、彼女に転機が訪れる.就職の内定も決まった卒業間近に、大学の友達がAV女優になったのだ。
「驚きましたよね。ただ、彼女から話を色々聞いてるうちに、芸能人になりたかったころの気持ちが蘇ってきたんです。やっぱり人の注目を浴びる仕事がしたいと思って」
悩んだ挙げ句、彼女は内定を蹴って、AVプロダクションの門を叩く。さすがに親に言うことはできなかったが、あれよあれよとAVデビューを果たした。母はものすごい勢いで怒ったけど、父は自分が決めたことだからって認めてくれて。今は恋人もできて、公私ともに幸せいっぱいの毎日を過ごしてます。

デリヘルの社長と交際が始まりAV女優デビュー

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1989年、栃木県に生まれた東尾真子は父と母、2つ上の兄の4人家族。幼少時代はとにかくワガママで、両親を困らせることもしばしばだった。
「自分の思い通りにならないと、すぐふてくされてたみたい。当時のことは今でも親から聞かされるんだけど…本当に可愛げのない子供だったと思います」
小学校に入学直後、父親が女を作って家を出て行った。おさな心にショックを受ける一方で、『そんなもんだよなぁ』と考える自分がいた。「物事に対して変に冷めてたんですよね。だから母親に新しい恋人ができたときも、同居に反対しなかったし。快く迎えることはできないけど、反抗しても仕方ないって」高2の夏休み、初体験を済ませた。相手は当時付き合っていたクラスメイトで、性の知識が乏しかったぶん、何がなんだかわからないうちに終わっていた。
「人生が変わったのは高校卒業後、介護系の仕事に就いたころです。当時のウチは母が専業主婦で、母の彼氏は収入が不安定で、2つ上の兄はニート。私が家族を支えていくしかないなと」
とはいえ、介護の仕事は給料が安いので、わずかな生活費を入れるのが精一杯。悩んだ挙げ句、彼女は家族に内緒でデリヘルで働きはじめることに。
「抵抗がなかったと言えばウソになるけど、家族が路頭に迷うよりいいなと思って。母にバレたときは怒られるどころか『勇気があってスゴイね』って。それくらい家計は切羽つまってたんです」
そのうちデリヘルの社長と交際が始まり、別れたところで店を辞めざるをえなくなった。収入はゼロに。「どうしようかと思ってたら、偶然、コンビニで手に取った女性専門の求人誌にAVの広告が出てたんです。これだ!って。すぐに事務所に連絡を取ってました」
そして彼女は昨年1月に素人モノAVでデビュー。すでに100本近くの作品に出演し、そのギャラで家族を養っている。
「母親はもちろんAVのことは知ってますよ。『身体にだけは気をつけてね』と言ってくれています。兄や母の彼氏がしっかりしてくれれば、私がこんなに苦労することもないんですけどね」
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