AV女優になった理由のカテゴリ記事一覧

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カテゴリ:AV女優になった理由

  • 2019/01/18AV女優になった理由

       1993年、神奈川県に生まれた佐原は、幼少時からおませな子だった。「私はよく覚えてないんですけど、幼稚園ですごく仲のいい男友だちがいて、いつもその子と一緒だったらしいです。ちょっと目を離すとすぐにキスしてたって母が言ってました(笑)」小学校に入ってからは、ジャニーズ系のガキ大将にゾッコンになった。小3のバレンタインで彼とディープキスを経験すると、一気に性的な興味が芽生えだした。「...

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  • 2019/01/13AV女優になった理由

       1990年、真木今日子は神奈川県に生まれた。家族仲は悪くなかったものの、姉2人にとって、年の離れた末っ子の彼女は格好の〝おもちゃ〞だった。「私はよく覚えてないんだけど、お姉ちゃんに2人がかりでよくイジメられてたみたいですね。まあ、今にして思えばカワイイものだったのかも」小学校に上がると、彼女は極度の人見知りに。近所のスーパーのレジで会計をするのも恐怖を感じるほど他人との接触が苦手...

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  • 2018/12/24AV女優になった理由

       今井香菜は、1992年、埼玉県に生まれた。両親は第一子となる彼女をことのほか可愛がったが、5才下の弟が生まれた直後に離婚、父は家族を残し家を出ていった。「離婚の理由はよく知りません。母にもあえて聞いたことはないし。ただ思い出の中の父は、とにかく優しい人だったなあ」奥手な性格のため、小学校時代はいつもひとりぼっちだった。友だちらしい友だちもできず、学校が終わるとまっすぐ家に帰って、...

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  • 2018/12/21AV女優になった理由

       1979年、宇江希ともえは茨城県で生まれた。3人兄弟の末っ子だったこともあり、同居する曾祖父母や祖父母に可愛がられ、すくすくと育った。毎日、2人の兄たちと自宅の庭で野球の打撃練習をしたり、ピアノ教室に通ったり。そんなごく普通の少女時代を過ごしてきた彼女に、その後の人生を狂わせる事件が起こった。「小5の頃、自宅を新築したんですが、そのとき出入りしていた大工の棟梁がすごい人でなしで、...

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  • 2018/12/20AV女優になった理由

       1993年、神奈川県に生まれた佐原は、幼少時からおませな子だった。「私はよく覚えてないんですけど、幼稚園ですごく仲のいい男友だちがいて、いつもその子と一緒だったらしいです。ちょっと目を離すとすぐにキスしてたって母が言ってました(笑)」小学校に入ってからは、ジャニーズ系のガキ大将にゾッコンになった。小3のバレンタインで彼とディープキスを経験すると、一気に性的な興味が芽生えだした。「...

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  • 2018/12/17AV女優になった理由

       厳密に言えば、路上での撮影は道路使用許可が必要。さすがに検挙されたというケースはないが、アタマの堅い警察官に当たると始末書まで書かされたりするからたまらない。野外ではあまり手間隙かけず、さっさと撮影して切り上げること。これは、ナンパビデオを作る上での鉄則なのだ。星の数ほどあるナンバAV(インディーズは除く)も、中身は似たり寄ったり。どれもだいたい次のような流れである。①路上で手当...

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  • 2018/12/08AV女優になった理由

       古海みくは1993年、滋賀県に生まれた。幼稚園にいく朝は、子煩悩だった父親にいつも玄関前でほおずりされるのが日課だった。「ヒゲが痛くてタバコくさくてイヤだったけど、お父さんは大好きでした」エリートサラリーマンの父と、家庭的な母。体操、トランポリン、ピアノ、そろばんなど、彼女がやってみたいと言えば、両親が走り回って教室を探してくるような、そこそこ裕福な家庭だった。一家が別の街へ引っ...

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  • 2018/11/29AV女優になった理由

       1993年、北海道に生まれた桃実は、父、母、2つ上の姉の4人家族。幼少時代はいつも家の中にこもり、姉と一緒にお人形遊びをしていた。「実は私、生まれたころは未熟児で。保育器で育ったから体が小さくて、外に出たくても出れなかったんです。性格も大人しかったですね」小学校に入学後は、自然と友達が増えていったが、家では父と母が険悪な雰囲気を漂わせていた。原因は父のDVだった。「小4のとき両親...

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  • 2018/11/24AV女優になった理由

       1978年、白鳥寿美礼は青森に生まれた。幼少時代、両親は共働きで日中はほとんど不在だったため、同居している祖母に預けられることが多かった。「祖母は躾に厳しい人だったけど、両親と一緒にいる時間があまりなかったからか、私自身、祖母に一番懐いてましたね。何でも素直に言うことを聞いてたな」小学校に入ると持病の喘息が悪化、入退院を繰り返すようになり、学校を休みがちに。そのせいでイジメに遭う...

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レズに目覚めAV女優デビュー

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1993年、神奈川県に生まれた佐原は、幼少時からおませな子だった。
「私はよく覚えてないんですけど、幼稚園ですごく仲のいい男友だちがいて、いつもその子と一緒だったらしいです。ちょっと目を離すとすぐにキスしてたって母が言ってました(笑)」
小学校に入ってからは、ジャニーズ系のガキ大将にゾッコンになった。小3のバレンタインで彼とディープキスを経験すると、一気に性的な興味が芽生えだした。
「よく彼の家でお互いの性器を触りっこしてましたね。はじめは彼が私のパンツに手を入れてアソコのスジを上下にこするだけだったんですよ。でもそのうち『俺のも触ってよ』って言うようになって。69の体勢になって、触りっこしたこともあったっけ」
結局、彼とはそれ以上の関係にはならなかったものの、中1のとき、ついにロストバージンの機会が訪れた。それも最悪の形で。当時つき合っていた彼氏の家に遊びに行ったところ、彼の部活の先輩が
待ち受けていたのだ。
「何で先輩まで一緒にいるのってパニックになっちゃって。そうこうしてるうちにパンツを脱がされて、先輩に無理やりオチンチンを入れられちゃったんです。で、先輩が射精したあとで、今度は彼氏が挿入してきて。ごめんなさい。あまりのショックでその先のことは覚えてないんです…」
悲劇はそれで終わりではなかった。先輩と彼氏との3P話が学校中の噂となったのだ。以来、男性不信に陥った佐原だったが、持ち前の性的好奇心の強さは健在で、それは進学した女子校でも存分に発揮された。
「同じ学校の子に告白されてレズに目覚めちゃったんです。お互いにクンニし合ったり、ローターでちょろっと遊んだりって感じ。その子とは1年ほどで別れて、また別の子とつき合いました」  高3の秋。ようやく男性不信から脱却した彼女は、バイト先で知り合った30才のバンドマンと交際を始めた。17才の少女に顔射や剃毛、アナルセックスを強要する変態男ではあったが、もともと彼女自身もスケベなことにはどん欲なだけに、彼とのセックスライフは非常に満足できるものだった。
佐原がAVスカウトマンに声をかけられたのは、高校を卒業し、その彼と別れた直後のことだ。
「最初はむちゃくちゃ怪しいと思いました。でも喫茶店で『やってみませんか?』って聞かれて、素直にハイって言っちゃったんですよね。内心はすごく興味があったんで。実はスカウトの人から撮影の話を聞いているだけで、濡れてたんです(笑)」
こうして、トントン拍子にデビューすることになった彼女は、現在もAV女優を天職として、精力的に活動を続けている。
「仕事は本当に楽しいですね。新しい彼氏も欲しいけど、今は、もっともっとテクニシャンな男優さんたちと触れ合っていたいです」

お姉ちゃんに2人がかりでよくイジメられてて単体女優としてAVデビュー

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「私はよく覚えてないんだけど、お姉ちゃんに2人がかりでよくイジメられてたみたいですね。まあ、今にして思えばカワイイものだったのかも」
小学校に上がると、彼女は極度の人見知りに。近所のスーパーのレジで会計をするのも恐怖を感じるほど他人との接触が苦手になった。
「中学時代は、持病の喘息が悪化して、長期の入院と自宅療養を繰り返すようになるんです。人見知りは治ってたけど、好きな男のコと話すこともできなくて」
高校に入ってからは、治療の効果もあって、喘息が軽くなった。おかげで友達もでき、成績もあがったものの、相変わらず男っ気は足りなかった。
「早く彼氏が欲しいなあってずっと思ってましたね。チャンスが訪れたのは、食品関係の会社に就職してから。取引先の営業マンに自分から告白したら、デートに誘われたんです」
当日、東京湾でデートした後、彼の自宅で処女を捧げた。そのまま付き合うことになり、エッチを重ねるうち、オーガズムも覚えるようになっていった。
「でも、彼とは性格が合わなくて、すぐ別れちゃうんです。そんなとき、渋谷を歩いてたら、スカウトの人に『AVの仕事してみない?』って声をかけられて、どうしようかって」
AVなら男女の面倒臭いこともなく、エッチだけが純粋に楽しめる。お金も入ってくるし、やってもいいんじゃないか。素直にそう考えた。「我ながら大胆だとは思うけど、これまでマトモに男の人と付き合ったことがなかったぶん、ハジけちゃったっていうか。うん。迷いはありませんでしたね」
こうして彼女は、あれよあれよという間に単体女優としてAVデビュー。現在までに50本以上の作品に出演している。
「AVの世界は想像以上に楽しいですね。3Pとか拘束とか、普通に生きてたらできないようなエッチがたくさんできるし。撮影のたびに『あ、私、こういうの好きだったんだ』って、知らない自分を見つけてます」
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これぞ天職!着エロから念願のAVの撮影

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今井香菜は、1992年、埼玉県に生まれた。両親は第一子となる彼女をことのほか可愛がったが、5才下の弟が生まれた直後に離婚、父は家族を残し家を出ていった。
「離婚の理由はよく知りません。母にもあえて聞いたことはないし。ただ思い出の中の父は、とにかく優しい人だったなあ」
奥手な性格のため、小学校時代はいつもひとりぼっちだった。友だちらしい友だちもできず、学校が終わるとまっすぐ家に帰って、テレビを見て過ごす毎日。特に孤独とは感じなかったが、小学校6年間の楽しい思い出といえば、夏休みに福岡の祖母の家に帰省すること以外、ほとんどなかった。
そんな彼女の家庭環境がガラリと変わったのは、中学へ入学する直前だった。突然、母親が再婚することになったのだ。
「それまでも、母はしょっちゅう知らない男の人を家に連れてきてたんですけど、あまりイヤじゃなかったんです。むしろ、お母さんに優しくしてくれる人がいるのは良いことだって思ってたし。でも新しいお父さんとなるとやっぱり抵抗があって、中学の入学式には母だけ出席してもらいました」
中学は、これといった思い出もないまま終わり、続いて進学した高校でも特に勉強や部活に打ち込むこともなく卒業した。もちろんその間、気になる異性は何人かいて、あわよくばつき合ってみたいと考えてはいたものの、結局、その望みが叶うことはなかった。彼女に初めて彼氏ができたのは、地元のイベント会社の派遣社員となった18の夏。相手は飲み会でたまたま知り合った同い年の大学生だった。
「飲み会の後、何度かデートするうちに、彼が『付き合ってくれないか』って言ってきたんで、とりあえず『ハイ』って。でも、私も彼もそのときは処女と童貞だったので、初体験は入ったのか入らなかったのかよくわからない超ビミョーなセックスでした(笑)」
しかし、この経験が、それまでずっと眠っていた彼女の性欲を呼び覚ますキッカケとなる。
「なんか、ヤルたびにすごく気持ちよくなって。彼と会えない日は、必ず家でオナニーして我慢してたくらいなんです。自分がこんなに感度がいいなんて、考えたこともありませんでしたね」
やがてその彼氏と別れ、すぐに新しい恋人ができると、さらに性の快楽にのめり込んでいった。
「新しい彼とは身体の相性がかなりよくて。アソコの奥にチンチンが当たると超キモチいいんです。もうそれだけで結婚したくなるくらい(笑)」
2人の関係は1年ほどで破局を迎えるのだが、その出来事によって、彼女はまもなく、思い切った行動を起こす。こんなにセックスが気持ちいいなら、もっといろいろな男性としてみたい。そう考え、自らAVプロダクションに応募したのだ。
「とりあえず、事務所の方には着エロからやってみろって言われて、もう何本か作品に出ました。で、つい先日、やっと念願のAVの撮影を体験したんです。SMっぽい内容で、濡れかたが半端じゃなかったです。私が求めていたのはこれだったんだ!って確信しましたね」

28才処女に焦りを感じてAV女優デビュー

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1979年、宇江希ともえは茨城県で生まれた。3人兄弟の末っ子だったこともあり、同居する曾祖父母や祖父母に可愛がられ、すくすくと育った。
毎日、2人の兄たちと自宅の庭で野球の打撃練習をしたり、ピアノ教室に通ったり。そんなごく普通の少女時代を過ごしてきた彼女に、その後の人生を狂わせる事件が起こった。
「小5の頃、自宅を新築したんですが、そのとき出入りしていた大工の棟梁がすごい人でなしで、自分のアソコを私に握らせたんです。『どう?』って言いながら私の手をおさえつけて」
不幸中の幸いというべきか、それ以上深刻な事態にはいたらなかったが、以来、彼女の心には強い男性不信が芽生えることになる。恋愛話に夢中になる同級生たちを尻目に、中学時代は吹奏楽部でトランペットの練習に明け暮れた。その後、吹奏楽の名門校として知られる地元の高校に進学すると、ますます音楽に対する情熱は高まり、吹奏楽部の甲子園とも言われる、普門館コンクールに毎年のように出場を果たした。しかし、輝かしい青春を謳歌する一方、男性に対しては相変わらず、苦手意識をぬぐえなかった。
「たぶん、興味がないことはなかったんですけど、男の人が近くにいると鳥肌が立っちゃうんです。結局、専門学校を出て24才になるまで彼氏ができませんでした」
ところが、ここでもまたトラウマが邪魔をする。彼氏に胸やアソコを愛撫されるまではどうにかいけたが、いざ挿入の段になると、どうしても脚を開けない。事情を聞いた彼は、はじめこそ理解を示してくれたものの、いつまでもプラトニックを貫くことはできず、やがて彼女の元を去っていった。
28才、転機が訪れた。従姉妹の結婚式に出席し、焦りにも似た強い衝動を覚えたのだ。「従姉妹は幸せに結婚するというのに、私はこの歳でも処女じゃないですか。このままじゃいけない。変わるためにはどうしたらいいんだろうってすごく悩んだんです。たどり着いた答えがAVでした。ネットで『モデル募集』の求人広告を見つけて、思い切って応募したんです」
28才処女の応募に色めきだったプロダクション社長は、すぐに彼女のために単独作品の仕事を用意した。かくして、彼女の記念すべき人生初のセックスは、監督や大勢のスタッフの目の前で行われることになる。
「撮影の2〜3日前から全然眠れませんでした。カメラが回り始めてからも『はぁ〜これがエッチなんだなぁ』とぼんやり感動するのが精一杯で(笑)」 
そんな彼女もいまではすっかりセックス好きになり、2人目の彼氏を作りたいと思うほど、心に余裕も生まれている。
「普通の女のコより遅れてる分、人間磨きと女磨きをしないとって思ってます。AVの世界もまだ片足を突っ込んだばかりだから、もっと深いところまで見てみたいですね」

スカウトマンの撮影の話を聞いているだけで濡れてたAV女優

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「私はよく覚えてないんですけど、幼稚園ですごく仲のいい男友だちがいて、いつもその子と一緒だったらしいです。ちょっと目を離すとすぐにキスしてたって母が言ってました(笑)」
小学校に入ってからは、ジャニーズ系のガキ大将にゾッコンになった。小3のバレンタインで彼とディープキスを経験すると、一気に性的な興味が芽生えだした。
「よく彼の家でお互いの性器を触りっこしてましたね。はじめは彼が私のパンツに手を入れてアソコのスジを上下にこするだけだったんですよ。でもそのうち『俺のも触ってよ』って言うようになって。69の体勢になって、触りっこしたこともあったっけ」 
結局、彼とはそれ以上の関係にはならなかったものの、中1のとき、ついにロストバージンの機会が訪れた。それも最悪の形で。当時つき合っていた彼氏の家に遊びに行ったところ、彼の部活の先輩が
待ち受けていたのだ。
「何で先輩まで一緒にいるのってパニックになっちゃって。そうこうしてるうちにパンツを脱がされて、先輩に無理やりオチンチンを入れられちゃったんです。で、先輩が射精したあとで、今度は彼氏が挿入してきて。ごめんなさい。あまりのショックでその先のことは覚えてないんです…」
悲劇はそれで終わりではなかった。先輩と彼氏との3P話が学校中の噂となったのだ。以来、男性不信に陥った佐原だったが、持ち前の性的好奇心の強さは健在で、それは進学した女子校でも存分に発揮された。
「同じ学校の子に告白されてレズに目覚めちゃったんです。お互いにクンニし合ったり、ローターでちょろっと遊んだりって感じ。その子とは1年ほどで別れて、また別の子とつき合いました」
高3の秋。ようやく男性不信から脱却した彼女は、バイト先で知り合った30才のバンドマンと交際を始めた。17才の少女に顔射や剃毛、アナルセックスを強要する変態男ではあったが、もともと彼女自身もスケベなことにはどん欲なだけに、彼とのセックスライフは非常に満足できるものだった。
佐原がAVスカウトマンに声をかけられたのは、高校を卒業し、その彼と別れた直後のことだ。
「最初はむちゃくちゃ怪しいと思いました。でも喫茶店で『やってみませんか?』って聞かれて、素直にハイって言っちゃったんですよね。内心はすごく興味があったんで。実はスカウト人から撮影の話を聞いているだけで、濡れてたんです(笑)」
こうして、トントン拍子にデビューすることになった彼女は、現在もAV女優を天職として、精力的に活動を続けている。
「仕事は本当に楽しいですね。新しい彼氏も欲しいけど、今は、もっともっとテクニシャンな男優さんたちと触れ合っていたいです」

素人ナンパAVビデオはやらせか本物か

0090_2018121714134016b.jpg 0091_20181217141341226.jpg 0092_201812171413435eb.jpg 0093_20181217141344c52.jpg
厳密に言えば、路上での撮影は道路使用許可が必要。さすがに検挙されたというケースはないが、アタマの堅い警察官に当たると始末書まで書かされたりするからたまらない。野外ではあまり手間隙かけず、さっさと撮影して切り上げること。これは、ナンパビデオを作る上での鉄則なのだ。星の数ほどあるナンバAV(インディーズは除く)も、中身は似たり寄ったり。どれもだいたい次のような流れである。
①路上で手当たり次第声をかけるが失敗の連続←胸チラあるいはパンチラくらいならという女の子をゲット(約2名ほど。場合によってはパンティも脱がせる)←セックスOKの子をゲット、個室に連れ込んでのカラミシーン
多くの作品が、冒頭の路上でのナンパシーンでは次々と声をかけても、結局は会話どまりでエッチにまでは持ち込めない。この場合、出てくる女はほとんど素人、つまりここまではホントにナンバしている。そんなワケで、どのメーカーも、1本の作品中で最低3人の女の子を確保している。ギャラは、胸&パンチラで3〜5万、カラミで10万ほどをモデルプロダクションに支払い、その半額程度が本人たちの取り分だ。万一、たとえ素人から「ヤラせてくれ」と頼んできても、最後のカラミだけは断る場合がほとんど。まったく本末転倒といった気もしないではないが、そこはやはり「会社の存続こそ第一」という企業の論理が働いているのだ。ナンパAVで脱いでいる女(カラミは除く)が必ずしも仕込みでないことは前記したとおり。では、素人と仕込みを見分ける方法はあるのだろうか。
よく「顔にモザイクがかかっている女は素人だ」なんていうウワサを耳にするが、その限りではない。実のところ、モザイクの基準は結構暖昧で、一応素人には極力モザイクをかけるようにはしてい
るが、パンチラや胸チラを壁露してくれた子の中でも、自らモザイク入れを希望しなかった場合(こ
ちらが説明をしていないだけなのだが)、そのまま顔を出してしまうケースもある。
逆に、仕込みの女だからといってモザイク無しとは限らない。メーカー側がプロダクションからAV女優を借りる際、他の作品や雑誌などで顔がそこそこ知れているコだと、ヤラセなのが一発で(してしまうからだ。もちろん、どんなコであれ、モザイクをかけない方が視聴者に歓迎されるのは百も承知だが、逆にすべて顔が見えてしまうのもかえってウソっぽい。そのあたりのバランスが実に重要で、売れているシリーズほど顔見せとモザイクの比率が安定しているといっていいだろう。モザイク問題もさることながら、本物っぽく見せる上で苦労するのはむしろ女優側の演技の方である。当日、現場で合ったばかりのAV女優に演技指導なんかしてもハッキリ言ってムダだ。一応、肩書きこそ女優ではあるものの、そんな意識を持った者などまず裸になれば金をもらえると思っている連中ばかりだから、あまり難しいことを指示しても混乱させるだけだ。

激烈な着エロ作品からAVデビュー

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古海みくは1993年、滋賀県に生まれた。幼稚園にいく朝は、子煩悩だった父親にいつも玄関前でほおずりされるのが日課だった。「ヒゲが痛くてタバコくさくてイヤだったけど、お父さんは大好きでした」エリートサラリーマンの父と、家庭的な母。体操、トランポリン、ピアノ、そろばんなど、彼女がやってみたいと言えば、両親が走り回って教室を探してくるような、そこそこ裕福な家庭だった。一家が別の街へ引っ越す小学校4年生ごろ、同級生の女子とエロ漫画を回し読みするなかで、セックス行為について知識を得た。自分はいつするんだろうと胸をときめかせてもいた。彼女の性器が男性の感触を知るのは6年生のときだ。
「いとこのお兄ちゃんの家に遊びに行ったら、その友達がいて、いとこがトイレ行ってるすきにキスされたんです。これがセックスなんじゃないの? って思ってたら、パンツの中に手が入ってきて、アソコを指でなぞられたんです」幸い、いとこが戻ってきたことで、行為は未遂ですんだ。
それからの彼女の男性遍歴は極めて淡白だ。中学、高校と、女友達との付き合いばかりで、エロ漫画同人誌の製作やコスプレ遊びなど、およそ男性とは縁遠い生活を送る。卒業後に上京すると、中学時代から続けていたクラシックバレエを活かし、ミュージカルの舞台を目指した。踊りのレベルは決して低くなく、一時はサンリオ関係者の目にとまり、ピューロランドのダンサーを打診されたこともあった。しかし…。
「新聞配達やコンビニでバイトをしながら頑張ってたんですけど、ある日、ぷっちんって切れちゃったんです。もうわたしダメかもってへこたれてるところをナンパされて、いつの間にか赤羽のラブホで初体験でした」この男は既婚者で、ただの遊びに過ぎなかった。
「遊ばれたって気づいたときはもう死にたいくらいでしたけど、やっぱり自分はステージに上がらないとダメになるって思ったんです。それで、ネットでいろいろ検索して、アメリカの映画会社のモデル募集に応募したんです」
ところが、その応募先の会社は「21世紀FAX」という、激烈な着エロ作品をリリースするメーカーだった。「衣装は女の子に合わせて用意するし、監督は女性を立てる」と聞かされすっかり油断した彼女が当日着用したのは、メコスジもあらわな極細水着だった。「でも着エロやって、撮られるのは嬉しい! 楽しい! って思って。それでまた求人誌を探したら、『高収入! 写メモデル募集』っていうのがあって、それがいまのAVプロダクションでした」かくして彼女は、快くカメラの前でチンコをくわえ、3Pに悶えるようになる。「アメリカの映画会社のはずだったのがいつの間にかこんなことになったんですけど、このご時世、必要とされるだけでもありがたいですね」

コンプレックスだった巨乳を武器にAVデビュー

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1993年、北海道に生まれた桃実は、父、母、2つ上の姉の4人家族。幼少時代はいつも家の中にこもり、姉と一緒にお人形遊びをしていた。「実は私、生まれたころは未熟児で。保育器で育ったから体が小さくて、外に出たくても出れなかったんです。性格も大人しかったですね」小学校に入学後は、自然と友達が増えていったが、家では父と母が険悪な雰囲気を漂わせていた。原因は父のDVだった。「小4のとき両親は離婚しました。私と姉は母につき、父親から逃げるように実家を離れて、ホテルを転々とする生活です。好きな男のコを作る余裕もなかったな」
中学校に入るころ、上京して3人暮らしが始まる。母はパートでいつも家を留守にしていたが、そのぶん姉と2人で家事をこなした。「高校では飲食店でバイトを始めました。そこで、初体験を済ませるんです。同じ店員の男性と付き合うことになって。半年後に結ばれて。感想?すごく痛くてもうムリって」高校2年、大きな不幸が襲う。母が脳梗塞で倒れ、働くことができなくなったのだ。生活の
ため、高校は自主退学せざるをえなかった。「昼はバイトしながら、夜は定時制の高校に通いました。いちおう卒業したんだけど、問題は就職先。母の入院費と生活費を稼ぐためには、手っ取り早くまとまったお金が欲しいなと」そんなある日、ネットで高収入バイトを探してたとき、AV女優募集の記事を見つけた。『あ、これだ』と、彼女にはひらめくものがあった。「実は私、自分の胸がずっとコンプレックスだったんです。バカみたいに大きいからイヤでイヤで。でも、AVならそれも活かせるでしょ。迷いはなかったですね」こうしてデビューが決まった矢先に、母は他界してしまう。もはや彼女には体を張る理由はないが、この業界に入ったことは後悔していない。
「コンプレックスだった巨乳も、撮影とかでキレイだねって褒められるようになって、自分に自信が持てるようになれたし。出来る限り頑張ってお仕事を続けていけたらと思っています」

プライベートセックスで感じたことが無くてAVデビュー

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1978年、白鳥寿美礼は青森に生まれた。幼少時代、両親は共働きで日中はほとんど不在だったため、同居している祖母に預けられることが多かった。
「祖母は躾に厳しい人だったけど、両親と一緒にいる時間があまりなかったからか、私自身、祖母に一番懐いてましたね。何でも素直に言うことを聞いてたな」
小学校に入ると持病の喘息が悪化、入退院を繰り返すようになり、学校を休みがちに。そのせいでイジメに遭うも、めげずに人一倍、勉強を頑張った。
「中学時代も勉強漬けの日々を過ごしましたね。男子から相手にされないほどガリ勉だったけど、高校で音楽にハマってからは、ピアスを開けたり、髪を染めたりするようになって…」
そんな彼女の初体験は高校2年。相手は近くの高校に通う同じ歳の男子学生だった。その感想は『こんなもんか』。痛くもなければ気持ち良くもなかった。「最初だけかなと思ったんだけど、何度エッチしてもずっとそんな感じなんです。その後、彼と一緒にAVを見たら、女の人が気持ち良さそうにしてるから、不思議で仕方なくって」高校を卒業後、上京してPAの専門学校へ入ったあたりで、初体験の彼に別れを告げる。正直、彼以外の人ともエッチがしてみたかった。
「念願が叶ったのは、IT関係の会社に就職してから。共通の趣味で知り合った男性と入籍したんです。もちろんエッチしまくりだったけど、4カ月後には離婚してしまって…」離婚後は、フリーでIT関連の仕事を請け負いながら、空いてる時間に副業をしようと思い立つ。そんなとき、ネットでAV女優募集の記事を発見した。
「これだ!って。いろいろな人とエッチもできて、お金までもらえるなんて、一挙両得じゃないですか。で、とりあえず応募したら、面接に通って、あっさりデビューが決まったんです」
以降は、Jカップの爆乳を生かしながら、熟女AVを中心に活躍している。
「AVは副業と割り切ってたんですが、撮影現場は雰囲気いいし、何よりプロの男優さんってホントにエッチが上手。今は本業にしたいって思うぐらいこの仕事を楽しんじゃってます」
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