AV女優になった理由のカテゴリ記事一覧

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カテゴリ:AV女優になった理由

  • 2019/11/15AV女優になった理由

    1970年、京都府に生まれた新村まり子は、両親が共働きだったため0才から保育園にあずけられた。「生まれてすぐに保育園だったから、そのころは両親に甘えた記憶ってほとんどないですね。センセイに言わせると、当時から妙に落ち着いていて、あまり自己主張し通い性格だったみたいです」小学校に入るとクラスメイトの女子グループからイジメにあうようになるが、彼女は卑屈になることなく、母のすすめで始めたたくさんの習い事...

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  • 2019/11/12AV女優になった理由

    神奈川県で生まれた森谷みうは、母親以外の人に抱っこされるとたちまち泣き出すほど人見知りが激しく、それは相手が父親でも同じだった。写真を入れるほど私を溺愛してくれてた父はかなりショックだったそうです。でも、弟が出来てから人見知りが治ったみたい姉としての自覚が芽生えてたのかな幼少から小学校にかけて明るく社交的な性格に育っていったが、身体の成長はかなり遅く、中学入学時の身長は130センチと、学年で一番小...

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  • 2019/11/01AV女優になった理由

    1990年、真木今日子は神奈川県に生まれた。家族仲は悪くなかったものの、姉2人にとって、年の離れた末っ子の彼女は格好の〝おもちゃ〞だった。「私はよく覚えてないんだけど、お姉ちゃんに2人がかりでよくイジメられてたみたいですね。まあ、今にして思えばカワイイものだったのかも」小学校に上がると、彼女は極度の人見知りに。近所のスーパーのレジで会計をするのも恐怖を感じるほど他人との接触が苦手になった。「中学時...

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  • 2019/10/22AV女優になった理由

    今井香菜は、1992年、埼玉県に生まれた。両親は第一子となる彼女をことのほか可愛がったが、5才下の弟が生まれた直後に離婚、父は家族を残し家を出ていった。「離婚の理由はよく知りません。母にもあえて聞いたことはないし。ただ思い出の中の父は、とにかく優しい人だったなあ」奥手な性格のため、小学校時代はいつもひとりぼっちだった。友だちらしい友だちもできず、学校が終わるとまっすぐ家に帰って、テレビを見て過ごす...

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  • 2019/09/22AV女優になった理由

    広島県で生まれた藤森荊那は、一人娘だったこともあり、両親から愛情をなみなみと注がれて育った。小さいころからまったく人見知りせず、保育園でもすぐに友達ができた。「先生にも明るく朗らかなコだって言われてました。ただ父親の仕事の関係でしょっちゆう引っ越してたから、友達と仲良くなってもすぐにお別れしなきゃいけないのは幼心に辛かったです」そんな彼女の初恋は小1。相手はクラスメイトの男子で、集団下校では、他の...

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  • 2019/08/17AV女優になった理由

    現代スカウトマンには、『並外れた性欲と根性』『ヤクザにも屈しない勇気』『オマワリに媚びる芝居力』が必須。連中に、そんな能力があるとはとても思えない。こうして、「精子捕獲作戦」はあえなく失敗。現有戦力で戦わざるを得なくなったオレたちはより多くのオナゴを搬入することを強いられる。オレは考えた。一般人ネットワ—クを駆使し、調達したらどうか。例えば、彼らの合コンに参加し、根こそぎオナゴを持ち帰ってしまうと...

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  • 2019/07/27AV女優になった理由

    1974年、新潟に生まれた新尾きり子の家庭は、両親と父方の祖母、3つ下の弟の5人家族。共働きの両親は留守がちだったとはいえ家族仲は良く、金銭的にも不自由なくノビノビと育てられた「活発でいつも外で遊ぶおてんば娘でしたね。人見知りもしなかったし。逆に弟は病気がちで大人しい性格だったんで、家族には男女が入れ替わってたらねってよく言われてました(笑)」ダンナには申し訳ないけどセックスしてくれないから仕方ないでし...

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  • 2019/04/29AV女優になった理由

      美咲藤子は1974年、京都で生まれた。工場勤務の父は酒浸りで、彼女は幼いころから、夜な夜な酒に酔った父と母親が激しく口論する姿を見て育った。「暴力こそなかったけど、父は毎晩のように丹とケンカしてましたね。私や弟がいるなんておかまいなし。幼心に早くこんな家から出たいって思ってました」内向的な彼女は、小学校に入ってもなかなか友達ができず、アニメの世界に逃避した。教室の隅で絵ばかり描いてるう...

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  • 2019/03/24AV女優になった理由

       若槻ゆめは1982年、東京に生まれた。両親は共働きで留守がちだったため、幼いころはふたつ上の姉と一緒に、祖父母の家に預けられることが多かった。「仕事ばかりで全然構ってくれない父母よりも、いつも優しくしてくれるおじいちゃんとおばあちゃんの方がずっと好きだったな。姉とは年齢が近いせいか、ケンカは結構してましたね」小学校に入ると、2才のころから習っていたモダンバレエが理由でイジメを受け...

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バレリーナを目指した軟体女子が女を取り戻すため熟女でAVデビュー

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1970年、京都府に生まれた新村まり子は、両親が共働きだったため0才から保育園にあずけられた。
「生まれてすぐに保育園だったから、そのころは両親に甘えた記憶ってほとんどないですね。センセイに言わせると、当時から妙に落ち着いていて、あまり自己主張し通い性格だったみたいです」
小学校に入るとクラスメイトの女子グループからイジメにあうようになるが、彼女は卑屈になることなく、母のすすめで始めたたくさんの習い事に夢中になった。
「仲間はずれにされてもふ〜んって感じで一番好きだったのはバレエかな。将来は海外でも活踊するような一流のバレリーナになりたいと思ってました。あの出来事が起きるまでは…」
高校1年の秋、いつも学校の行き帰りに立ち寄るパン屋に寄ったときのこと。その日は帰りが遅く、お店に入ったのは閉店ギリギリだった。
「店ではオジさんが1人で店番をしてて、他にお客さんもいなかったんです。悪いから早くお会計して店を出ようとしたら、いきなりシャッターを閉められて…。本当に本当に怖かったです」
レ〇プによって男性恐怖症に陥った彼女は、高校を中退してアメリカへ留学。紅余曲折を経て日本に戻り、東京で日本人の男性と結婚し、1人の子供を授かった。
「でも、ここでも不幸が待ってました。2人目の妊娠がわかった途端、主人のDVが始まったんです。どうにか子供(双子)は出産したけど…ますます男性恐怖症に陥りましたね」
離婚後は、主婦向けの雑誌モデルと派遣バイトで生計を立てたが、子供の学費を捻出することすら厳しい。そんなとき、たまたま手に取った女性向け高収入情報誌でAVの仕事を見付けた
「これだーって思いましたね。一番の理由はもちろんお金ですけど、正直このまま女を終わりたくないって気持ちもあって。AVなら私の不安定な精神も治してくれるような気がしたんです」
38才のAVデビユー。あまりに遅すぎる業界入りだが、今も彼女は熟女AVで活躍しながら、3人の子供を育てる日々を送っている。
「撮影現場ではひとりの女性として扱ってもらえるのが嬉しい。あとやっぱりプロのAV男優さんってすごいですね。今では男性恐怖症だったなんて自分でも信じられないです」

女友達にAV出演をカミングアウトされ自分も自分を変えるためAVデビュー

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幼少から小学校にかけて明るく社交的な性格に育っていったが、身体の成長はかなり遅く、中学入学時の身長は130センチと、学年で一番小さかった。
「妹キャラって感じで、男にはモテなかったですね。しかも高校に入ったら横だけ成長しちゃって(笑)。一日最低4食たべる上にお菓子もガンガン食べてれば、太るのも当然ですよね」
そんな彼女の初体験は高2の冬。相手は当時バイトをしていたファミレスの先輩で、大学生ながらお客の間でファンクラブができるほどのイケメンだった。
夢を見いだす事が出来ず、人間関係も上手くいかない。そんなときたまたま仲良しの友達から呼び出された。
「AV出演していることをカミングアウトされたんです。すごくビックリしたけど、逆に業界に興味が湧いてきたんですよね。これまでの自分を変えたかったっていうか。うん、迷いはありませんでしたね」
友人に現在のプロダクションを紹介してもらい、昨年7月にAVデビュー。以来、素人企画モノを中心に20本以上の作品に出演している。
「正直、自分に変化があったかどうかはよくわからないけど、今はのびのびと楽しく仕事させてもらっています。なにより頑張ったら頑張ったぶんだけ、褒めてもらえるのが一番嬉しいですね

単体AV女優デビューのきっかけ|あの美熟女と実際にヤレる喜び

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「私はよく覚えてないんだけど、お姉ちゃんに2人がかりでよくイジメられてたみたいですね。まあ、今にして思えばカワイイものだったのかも」
小学校に上がると、彼女は極度の人見知りに。近所のスーパーのレジで会計をするのも恐怖を感じるほど他人との接触が苦手になった。
「中学時代は、持病の喘息が悪化して、長期の入院と自宅療養を繰り返すようになるんです。人見知りは治ってたけど、好きな男のコと話すこともできなくて」
高校に入ってからは、治療の効果もあって、喘息が軽くなった。おかげで友達もでき、成績もあがったものの、相変わらず男っ気は足りなかった。
「早く彼氏が欲しいなあってずっと思ってましたね。チャンスが訪れたのは、食品関係の会社に就職してから。取引先の営業マンに自分から告白したら、デートに誘われたんです」
当日、東京湾でデートした後、彼の自宅で処女を捧げた。そのまま付き合うことになり、エッチを重ねるうち、オーガズムも覚えるようになっていった。
「でも、彼とは性格が合わなくて、すぐ別れちゃうんです。そんなとき、渋谷を歩いてたら、スカウトの人に『AVの仕事してみない?』って声をかけられて、どうしようかって」
AVなら男女の面倒臭いこともなく、エッチだけが純粋に楽しめる。お金も入ってくるし、やってもいいんじゃないか。素直にそう考えた。「我ながら大胆だとは思うけど、これまでマトモに男の人と付き合ったことがなかったぶん、ハジけちゃったっていうか。うん。迷いはありませんでしたね」
こうして彼女は、あれよあれよという間に単体女優としてAVデビュー。現在までに50本以上の作品に出演している。
「AVの世界は想像以上に楽しいですね。3Pとか拘束とか、普通に生きてたらできないようなエッチがたくさんできるし。撮影のたびに『あ、私、こういうの好きだったんだ』って、知らない自分を見つけてます」

地方のテレビCMタレントや激烈な着エロ作品からAV女優デビューした美少女たち

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「離婚の理由はよく知りません。母にもあえて聞いたことはないし。ただ思い出の中の父は、とにかく優しい人だったなあ」
奥手な性格のため、小学校時代はいつもひとりぼっちだった。友だちらしい友だちもできず、学校が終わるとまっすぐ家に帰って、テレビを見て過ごす毎日。特に孤独とは感じなかったが、小学校6年間の楽しい思い出といえば、夏休みに福岡の祖母の家に帰省すること以外、ほとんどなかった。
そんな彼女の家庭環境がガラリと変わったのは、中学へ入学する直前だった。突然、母親が再婚することになったのだ。
「それまでも、母はしょっちゅう知らない男の人を家に連れてきてたんですけど、あまりイヤじゃなかったんです。むしろ、お母さんに優しくしてくれる人がいるのは良いことだって思ってたし。でも新しいお父さんとなるとやっぱり抵抗があって、中学の入学式には母だけ出席してもらいました」
中学は、これといった思い出もないまま終わり、続いて進学した高校でも特に勉強や部活に打ち込むこともなく卒業した。もちろんその間、気になる異性は何人かいて、あわよくばつき合ってみたいと考えてはいたものの、結局、その望みが叶うことはなかった。彼女に初めて彼氏ができたのは、地元のイベント会社の派遣社員となった18の夏。相手は飲み会でたまたま知り合った同い年の大学生だった。
「飲み会の後、何度かデートするうちに、彼が『付き合ってくれないか』って言ってきたんで、とりあえず『ハイ』って。でも、私も彼もそのときは処女と童貞だったので、初体験は入ったのか入らなかったのかよくわからない超ビミョーなセックスでした(笑)」
しかし、この経験が、それまでずっと眠っていた彼女の性欲を呼び覚ますキッカケとなる。
「なんか、ヤルたびにすごく気持ちよくなって。彼と会えない日は、必ず家でオナニーして我慢してたくらいなんです。自分がこんなに感度がいいなんて、考えたこともありませんでしたね」
やがてその彼氏と別れ、すぐに新しい恋人ができると、さらに性の快楽にのめり込んでいった。
「新しい彼とは身体の相性がかなりよくて。アソコの奥にチンチンが当たると超キモチいいんです。もうそれだけで結婚したくなるくらい(笑)」
2人の関係は1年ほどで破局を迎えるのだが、その出来事によって、彼女はまもなく、思い切った行動を起こす。こんなにセックスが気持ちいいなら、もっといろいろな男性としてみたい。そう考え、自らAVプロダクションに応募したのだ。
「とりあえず、事務所の方には着エロからやってみろって言われて、もう何本か作品に出ました。で、つい先日、やっと念願のAVの撮影を体験したんです。SMっぽい内容で、濡れかたが半端じゃなかったです。私が求めていたのはこれだったんだ!って確信しましたね」
2人目激烈な着エロ作品からAVデビュー
古海みくは1993年、滋賀県に生まれた。幼稚園にいく朝は、子煩悩だった父親にいつも玄関前でほおずりされるのが日課だった。「ヒゲが痛くてタバコくさくてイヤだったけど、お父さんは大好きでした」エリートサラリーマンの父と、家庭的な母。体操、トランポリン、ピアノ、そろばんなど、彼女がやってみたいと言えば、両親が走り回って教室を探してくるような、そこそこ裕福な家庭だった。一家が別の街へ引っ越す小学校4年生ごろ、同級生の女子とエロ漫画を回し読みするなかで、セックス行為について知識を得た。自分はいつするんだろうと胸をときめかせてもいた。彼女の性器が男性の感触を知るのは6年生のときだ。
「いとこのお兄ちゃんの家に遊びに行ったら、その友達がいて、いとこがトイレ行ってるすきにキスされたんです。これがセックスなんじゃないの? って思ってたら、パンツの中に手が入ってきて、アソコを指でなぞられたんです」幸い、いとこが戻ってきたことで、行為は未遂ですんだ。
それからの彼女の男性遍歴は極めて淡白だ。中学、高校と、女友達との付き合いばかりで、エロ漫画同人誌の製作やコスプレ遊びなど、およそ男性とは縁遠い生活を送る。卒業後に上京すると、中学時代から続けていたクラシックバレエを活かし、ミュージカルの舞台を目指した。踊りのレベルは決して低くなく、一時はサンリオ関係者の目にとまり、ピューロランドのダンサーを打診されたこともあった。しかし…。
「新聞配達やコンビニでバイトをしながら頑張ってたんですけど、ある日、ぷっちんって切れちゃったんです。もうわたしダメかもってへこたれてるところをナンパされて、いつの間にか赤羽のラブホで初体験でした」この男は既婚者で、ただの遊びに過ぎなかった。
「遊ばれたって気づいたときはもう死にたいくらいでしたけど、やっぱり自分はステージに上がらないとダメになるって思ったんです。それで、ネットでいろいろ検索して、アメリカの映画会社のモデル募集に応募したんです」
ところが、その応募先の会社は「21世紀FAX」という、激烈な着エロ作品をリリースするメーカーだった。「衣装は女の子に合わせて用意するし、監督は女性を立てる」と聞かされすっかり油断した彼女が当日着用したのは、メコスジもあらわな極細水着だった。「でも着エロやって、撮られるのは嬉しい! 楽しい! って思って。それでまた求人誌を探したら、『高収入! 写メモデル募集』っていうのがあって、それがいまのAVプロダクションでした」かくして彼女は、快くカメラの前でチンコをくわえ、3Pに悶えるようになる。「アメリカの映画会社のはずだったのがいつの間にかこんなことになったんですけど、このご時世、必要とされるだけでもありがたいですね」
3人目地方のテレビCMから着エロを経てAV女優に
1989年、東京に生まれた早乙女らぶは小さいころから聞き分けがよく、手のかからない子供だった。共働きの両親の休みが合わずあまり遊べなくても、文句ひとつ言わなかった。
「家族揃って出かけた思い出は少ないけど、それでも家族仲は良かったですね。2つ上の姉がいつも一緒にいたから、寂しいと思ったことはなかったし」
運動神経が良かった彼女は中学ではハンドボール部に入部。顧問のスパルタ式の練習にもめげず、朝から晩まで部活に打ち込むうち、奇妙な感覚が生まれていった。
「それまで弱小チームだったんですが、先生のおかげで県大会に出場するぐらい強いチームになって。それが楽しくて、もっともっと先生の力になりたいって思うようになったんです…って、なんかMっぽいですね(笑)」
そんな彼女の初体験は中二。相手は付き合って1カ月の同級生だった。周りは処女の.のほうが少ないくらい進んでいたこともあり、全く抵抗はなかった。
「高校に進学すると、合唱部に入部しました。実は私、子供のころから歌手になるのが夢だったんですよ。ハンドボールも楽しかったけど、夢を実現したかったから、合唱部が全国的に有名な高校に進んだんですよね」
タレント養成所に通い始めたのは高二のころで、最初の仕事は地方のテレビCMだった。毎日忙しかったが、男には興味津々。常に彼氏のいる状態だった。
「もうすっかりセックスの良さに目覚めちゃいましたね(笑)。ただ、芸能の仕事は単発のものばかりで、食べていくことはとうてい不可能だったんで、高校卒業後は地方銀行に就職して、平行してタレント活動を続けたんです」
そんなある日、事務所から着エロの話が舞い込んだ。バラエティや映画のチョイ役などはしていたが、もう歌手はムリかなとあきらめていたころだった。
「引き受けたんだけど、これでエロの世界にハマったんです。テレビの世界と違って、私を中心に撮影が進んでいくじゃないですか。初めて主役になれた気がしてすごく嬉しかったんですよね」
この後は、知り合いに新しい事務所を紹介してもらい、今度はAV作品に出ることに。こうして彼女はAV女優としてデビューを果たした。
「最近AV女優がタレント活動してるけど、逆に私はあの世界に戻りたいと思わないですね。今はとにかくAV女優として有名になっていつか一番になりたいです」

AV女優になった理由・男性との出会いがないからも多い

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広島県で生まれた藤森荊那は、一人娘だったこともあり、両親から愛情をなみなみと注がれて育った。小さいころからまったく人見知りせず、保育園でもすぐに友達ができた。「先生にも明るく朗らかなコだって言われてました。ただ父親の仕事の関係でしょっちゆう引っ越してたから、友達と仲良くなってもすぐにお別れしなきゃいけないのは幼心に辛かったです」そんな彼女の初恋は小1。相手はクラスメイトの男子で、集団下校では、他の生徒の目がある中、いつも自分から手を繋いで帰るほど早熟だった。「マ七ガキですよね(笑)。初体験は中学2年で、相手はブラジル人だったんですよ。友達の紹介で知り合って一目惚れしちゃったの。年は同じだけど、大人っぽくてとにかく格好良かったんです」
「小学ー年のころですね。当時は将来モデルになりたいなあって思ってました」
風貌こそイマドキのギャルっぽくなるも、ごく一般的な学生生活を送る。一方で演劇の道を目指すべく、劇団に入りハードな稽古をこなした。「でも、来る仕事はエキストラとかそんなのばっかり。もう嫌になっちゃって、女優の道はあきらめて、アメリカの大学に留学したんです。」
目標はなかったけど、何か新しい道が見つかるかもしれないと思って
そこで出会ったのは、同じ学校に通う日本人男性だった。間もなく交際を始めたふたりは、紅余曲折を経て1年半後に帰国し、それぞれ東京の会社に就職する。夏休みに一時帰国したとき一晩中飲んだ。「一緒に写ってるのはただの男友達。関係はもちろんないですよ」
「タイミングも良かったし、同棲を始めたんだけど、5年くらいで結局、別れちゃったんですよ。私は生活のために、昼は一般事務の仕事、夜は六本木のキャバクラで働くようになりました。
高校になると見事なギャルになり韓国旅行へ。
「あのころは仲良しの友達と毎日、遊んだなあ」
そんなある日、仕事帰りにスカウトから声をかけられた。キミ、AVの仕事に興味ない?きっと稼げるよ
悩んだ挙げ句、彼女は首をタテに振った。
「理由は…やっぱりお金かなあ。そもそもOLの給料だけじゃやってけないから水商売を始めたんだし。それに人に見られる仕事をするとキレイになるっていうから。AVなんてうってつけでしょ」こうして昨年夏にデビューした彼女は、現在までに8本のAVに出演。脚フェチ系の作品をメインに活動しながら、今もOL&水商売を続けている。
「昼の仕事は辞めても構わないんだけど、元々だらしない性格だから朝起きて夜寝るっていう規則正しい生活をしないと、ダメになっちゃいそうで。今後も三足のワラジで頑張ります」
その他の人気女優がAV女優になった理由は
希美まゆ「家にお金を入れたいから」とtwitterでファンからの問いに答えている。 
つぼみ
高収入アルバイト雑誌の募集で、業種が書かれていないページに掲載された会社へ電話したところ、AV事務所だった。
Rio
大学に在学中、駅で女性のスカウトマンから声を掛けられたことがきっかけ。 友達との待ち合わせしてたものの、「友達を帰してそのまま面接に行った」とのこと。
成瀬心美
付き合っていた彼氏がRioのファンで、それに影響され自身もファンになり、Rioに憧れてAV事務所へ応募した。
など、他には男性との機会がないという理由も多い

元教師をAVデビューさせたスカウトマン|エッチ告白

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現代スカウトマンには、
『並外れた性欲と根性』『ヤクザにも屈しない勇気』『オマワリに媚びる芝居力』
が必須。連中に、そんな能力があるとはとても思えない。
こうして、「精子捕獲作戦」はあえなく失敗。現有戦力で戦わざるを得なくなったオレたちはより多くのオナゴを搬入することを強いられる。
オレは考えた。一般人ネットワ—クを駆使し、調達したらどうか。例えば、彼らの合コンに参加し、根こそぎオナゴを持ち帰ってしまうとか。
旅行代理店の面々なら、スッチーはもちろん、日本中を飛び回ってるぶん、全国の鉄板女にも精通している。成功報酬としてスカウトバックを折半すれば、セッティングを断られることもあるまい。おし、決定!
数日後、知り合いの代理店マンに頼み、スカウトマン5人対スッチ—5人の合コンを開催。曲りなりにも、オレたちはプロ。当然のように持ち帰りできるものと信じて疑わなかった。
しかし、合コン慣れしていない上普段、スッチ—などというお高い人種と話したこともないため、なかなかエロトークに花が咲かない。
苦し紛れに全裸踊りを披露したところで、万事休す。まるで汚いモノでも見るかのように、成田にトンボ帰りされちまった…。
いや、それでも良しとしよう。少なくとも、彼女たちと知り合いにはなれたのだ。周囲にAV希望者が現れたときは、すぐにオレたちに紹介してくれるに違いない。
教師合コン、婦警合コン、タレント卵合コンと、その後も毎晩のように大酒を振る舞うオレたち。あまりの«地味な努力»に涙が出てくる。そんなある日、合コンに参加した教師から仰天の電話がかかってきた
「あたし、学校の先生を辞めることになって」 
「え、そりゃまたなんで?」
「あなたとエッチしてからなんか.股間が痛くって。アタシ、やらしくなっちゃったのかなぁ。やっば教師なんて合ってないのかも」
どうやらオレのクラミジアが伝ったらしい。何たる勘違い
「それは股間からエネルギーが出るということだよ。機が熟したな。辞めなさい、辞めなさい!そしてオレと一緒に旅に出よう」
猿芝居が効いたのか、翌日彼女はオレの自宅にノ—パンで登場。その2週間後AV専門雑誌『D』にはこんな広告が踊った。
元高校数学教師ついにデビュー

【画像】旦那とはセックスレスに陥って人妻AVデビュー

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1974年、新潟に生まれた新尾きり子の家庭は、両親と父方の祖母、3つ下の弟の5人家族。共働きの両親は留守がちだったとはいえ家族仲は良く、金銭的にも不自由なくノビノビと育てられた
「活発でいつも外で遊ぶおてんば娘でしたね。人見知りもしなかったし。逆に弟は病気がちで大人しい性格だったんで、家族には男女が入れ替わってたらねってよく言われてました(笑)」
ダンナには申し訳ないけどセックスしてくれないから仕方ないでしょ
そんな彼女の初恋は3才のときで、相手は親戚のお兄ちゃん。もちろん川わぬ恋だったが、これ以降も常に誰かに恋をしているような早熟な少女だった。
「でも、小学校から中学校までずっと父の趣味でショートカットにさせられてたんですよ。日焼けして色も黒かったから、男のコに間違われることなんてしょっちゆう。好きな入からも女子として意識されなかったですね」
家が厳しかったため、高校に入ってからも夜遊びをした経験は一度もなかった。高校では茶道部に人部した。彼氏も作らず、毎日部活に校則の厳しいお嬢様学校だ。健全な学生時代だった。しかし、その裏ではエッチなことに興味津々だった。
「オナニーも実はこのころに覚えちゃったんですよね。弟が隠し持っていたエロ本を見ながら、机の角にアソコをこすりつけたり。いまにして思えば、AV女優になる素質があったのかも」
高校を卒業後、田舎を離れ、東京の大学に進学した。初めての彼氏もでき、18才で念願の初体験を済ませる。
「想像してたのと全然違って、とにかく痛かったですね。で、お互いのすれ違いから、交際10年目で破局して。次に付き合った人と交際一年後にデキ婚したんです。今のダンナですね」
しかし、この結婚を期に旦那とはセックスレスに陥ってしまう。結婚前はかなり濃厚なセックスをしていただけに、オナニーだけでは満足できない。
「そのころ、たまたま女性向け高給求人誌のフリーペーパーで、AV女優募集の広告を見つけたんです。ダンナには申し訳ない気持もあったけど、セックスしてくれないんだから仕方ないでしょ。なによりプロのテクニックを一度味わってみたいじゃないですか」
悩んだ挙げ句、彼女は男性経験2人にしてAVの世界に飛び込むことを決意した。
デビューして以来、人妻AVを中心にすでに30本以上の撮影を済ませている。
「AV男優のテクニックってすごいーこないだ20代のイケメン男優君と撮影でご一緒したんですけど、スタミナが半端じゃなくって、何度イカされちゃったかわからない。旦那にバレない限りAVはずっと続けていきたいですね」
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AV女優になって自殺する気がなくなった

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0121_20190429113158bff.jpg美咲藤子は1974年、京都で生まれた。工場勤務の父は酒浸りで、彼女は幼いころから、夜な夜な酒に酔った父と母親が激しく口論する姿を見て育った。
「暴力こそなかったけど、父は毎晩のように丹とケンカしてましたね。私や弟がいるなんておかまいなし。幼心に早くこんな家から出たいって思ってました」
内向的な彼女は、小学校に入ってもなかなか友達ができず、アニメの世界に逃避した。教室の隅で絵ばかり描いてるうち、クラスメイトからイジメに遭う。蒜持ち物を隠されたり、無視されたり。母に相談しても、『イジメられる自分にも問題がある』って取り合ってもらえないんです。このまま消えちゃいたいって、自殺することばかり考えてました」
そんな彼女の初恋は高校時代。相手は生身の男性ではなく、アニメの主人公だった。
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陵辱されたトラウマから解放されるためにAV女優としてデビュー

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若槻ゆめは1982年、東京に生まれた。両親は共働きで留守がちだったため、幼いころはふたつ上の姉と一緒に、祖父母の家に預けられることが多かった。
「仕事ばかりで全然構ってくれない父母よりも、いつも優しくしてくれるおじいちゃんとおばあちゃんの方がずっと好きだったな。姉とは年齢が近いせいか、ケンカは結構してましたね」
小学校に入ると、2才のころから習っていたモダンバレエが理由でイジメを受けるようになった。髪の毛を全部アップにするために前髪を伸ばしていたからだ。
「見た目が派手で気に食わなかったんでしょうね。この年の.にはありがちなことだけど、イジメられる側はタマったもんじゃないですよ。でも、小4のころに経済的理由でバレエを辞めることになって、前髪も切ったのに・・・」
それでもイジメはなくなるどころか、エスカレートしていく一方だった。高校に入ってやっとイジメはなくなり、初の彼氏もできたと思いきや事件が起きる。「人気のない道を歩いていたら男たちに犯されちゃったんです。詳しいことは言いたくないんですが、処女喪失の痛みより殺されるって恐怖の方が強くって…」
高校卒業後は、昼はファミレスやパチンコでアルバイトをしながら、夜はキャバクラで働き始める。家にいると色んなことを思い出すから、とにかく実家を出たかった。
「お金を貯めて1人蕪らしをしたかったんです。環境を変えればまた新しく人生をやり直せるような気がして。男性とお酒を飲む仕事は本当はやりたくなかったけど、てっとり早くお金が欲しかったから、割り切ることにしました」
そんなある日、知人の紹介で現在所属するプロダクションの社長と知り合い、AVの仕事に誘われる。悩みに悩んだ挙げ句、彼女は首をタテに振った。「理由はキャパのときと同じ。ただ、もしかし
たら事件のことを忘れたかったのかもしれませんね。人前でセックスするようになれば、トラウマから解放されるんじゃないかって」
こうして彼女は企画女優としてAVに出演。撮影会やテレビの仕事もこなす傍ら、去年はストリップデビューも果たした。
「過去の出来事から解放されたかはわかりませんが、思ってたよりAVの撮影って楽しいんですよ。それにやっぱり踊ることも大好き。今後はストリップの方で本格的に活動する予定です」
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