今年の夏、外人会員の多い出会い系サイト「マッチコム」で、中国人女と繋がった。
『ヨウと言います。私、アナタのこと気になる』
プロフィールを見れば「現住所:中国・ハルピン」とある。向こうに住んでいる方らしいが、写真は若くてかわいい美人さんだ。何となくメールを続けてみたところ、相手は猛烈にアプローチしてきた。
『ノブハルさん、中国に来れませんか?大連で会おうよ。成田から直行便出てます』
『泊まる場所は私が用意する。空港で、アナタの名前を書いた看板を持って立ってます』
『アナタと結婚したい』
日本人と結婚して日本の国籍を取ってやろうっていうよくあるパターンだろうが、若くて可愛い子に好意を寄せられるのは気分がイイ。会えば当然ヤレそうな流れだし。
かくして週末の昼、私は大連行きの飛行機に乗り込んだ。成田から飛行機で2時間半、夕方、大連に到着した。言われていた通り、到着ゲートの先には『ノブハル』という看板を持った女が立ってるが…。写真とは別人だ。年齢もえらいオバサンである。まさかダマされた?
「ノブハルさんですか?」
「…そうだけど。あなたがヨウさん?」
「違う違う。私は親戚。ヨウに頼まれて迎えにきた」
「あ、そうなんだ」
 事前に言っといてくれよ。びっくりしたじゃん。
 私の泊まる宿はもう取ってあり、ヨウ本人はそこで待っているという。 空港からタクシーで30分、ホテルに到着した。とりあえず受付でチェックインをする。「ホテル代は前金です。1泊で400元」しかし、カードで払おうとしたところ、差し出された明細の金額がおかしい。1200元(日本円で約2万5千円)になっているのだ。間違ってんじゃん? オバサンに助けを求める。
「ねえねえ、金額多く取られそうになってるんだけど、この明細」
「間違ってない。今日は私とヨウもここに泊まる。だから、あなた、私たちの分も払う」
「はぁ?」
「男が女にお金払う、中国では当たり前」
 おいおい、ちょっと待ってくれよ。とそのとき、後ろから声をかけられた。
「ノブハルさん」
 ヨウ本人だ。写真通りの美人さんだ。
「会えて嬉しいです」
「いや、こちらこそ…」
「お金大丈夫ですか?」
「…それはまあ何と言うか、ちょっとアレだけど…」
まぁ、今夜はこの子とヤレるはずだ。ここでシラけて台無しに、みたいなことだけは避けたい。宿代くら払ってやるか。
「お金払うか暴力か、どっちがいい?」
ひとまずゴハンでも食べようと近所のレストランへ出かけた。
「ヨウが心配なんで」と一緒についてきたオバサンにはイラっとしたが、食事はそこそこいい雰囲気だった。ホテルに戻ってきたのは夜9時だ。
「じゃあ、この後は、せっかくだし、ヨウさんと2人でしゃべりたいんだけど」
「……」
 ヨウは黙っている。恥ずかしがっているのか。そこにオバサンが出しゃばってきた。
「今日はもう疲れたんで寝ようよ」
「え?」
「いきなり男と2人っきりは、ヨウのお父さんお母さんも心配する」
「少しくらいいいでしょ」
こっちはわざわざ日本から来ているのだ。このままあっさり1人で寝るなんてありえないんだけど。
 オバサンはヨウを自室に帰し、こちらをギロっと睨んできた。
「2人っきりは結婚してから。アナタ、まだ結婚してないからダメ」
「はぁ?呼び戻してよ」
「ダメ。ここ中国!中国の文化に従ったほうがいい」
 何だそれ?
 ここまでやってきて何でこんなオバサンに怒られないといけないわけ。腹立ってくるなぁ。
「意味がわからないけど」
「あなたの方がわからない」
「もういいわ!バカらしくなってきた!」
「じゃあ、結婚しないの?」
「そんなもんするか!」
「アナタ最低!」
 付き合ってられない。私はくるりと回れ右すると、さっさと自分の部屋に戻った。
 翌日。部屋がノックされる音で目が覚めた。
「あなた、本当に結婚しないの?」
 オバさんだった。しつこいって!
「結婚しないんなら、私たちハルピンに帰る。飛行機代払って下さい。3000元(日本円で約6万円)」「はぁ?払えるわけないだろ、そんなもん!」
 追い返そうとすると、思いも寄らぬ言葉が飛んできた。
「じゃあアナタ、お金払うか暴力か、どっちがいい?」
「えっ!?」
 ……脅しか? 背中に冷たいものがすーっと走った。おばさんがおもむろに携帯を取り出し、中国語で誰かに電話を始めたからだ。何だかヤバイ雰囲気じゃないか!
次の瞬間、体が勝手に動き出した。急いで荷物をカバンに突っ込み、部屋を飛び出した。早く逃げないと!
オバサンが何かギャーギャーわめいているが、強引に振り切ってホテルの外に出る。都合よく通りかかったタクシーに乗り込んでから、後ろを振り返った。
うわぁ!オバサンを先頭に、男が6人も走ってきている。しかも車に乗り込んでいるではないか!追いかけてくる気だ!ヤバイ!早くタクシー出してくれ。
「とにかく、ゴーゴーゴー」
連中はめちゃくちゃしつこかった。15分ほど町をぐるぐる走ったものの、まったくあきらめる気配はない。そのうちに、タクシーが信号で止まると、男が近付いてきて窓ガラスをドンドン叩いてくる。何なんだこいつらは。もう警察に行くしかないか。いや、でも警官に日本語が通じない可能性はある。そうだ!空港なら言葉の通じる人間がいるはず!
「エアポート、エアポート、ゴーゴーゴー!」
頭はほとんど錯乱状態に陥りながら、何とか空港に辿り着いた。もちろん連中の車はついてきている。勇気を振り絞ってタクシーを下り、ロビー入り口に向かって走ると、男たちももの凄い勢いで走ってきた。「ひぇぇ!」
腕をガシっと捕まれる。次の瞬間、これまでの人生で出したことのなかったほどの大声で叫んでいた。
「うわぁぁ!殺される!」
渾身の力で男たちの腕を引き払い、近くにあった鉄パイプにしがみつく。周囲の目など気にしてられない。
「助けてくれー!日本人です。結婚しないと暴力ふるうって脅されてますー!」
5分くらいそうしていただろうか。ほどなくして、日本語のわかる空港スタッフがやってきて事情を説明し、ようやく男たちは去っていった。
教訓。出会い系の落とし穴は、こんなところにもあるんです。