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ホモ専用の個室ビデオに潜入
こんにちはマー君です。日本各地のオカシな場所に潜入する新連載。第一回はホモ専用の個室ビデオです。さっそく行ってきましたよ。中は暗い個室で、隣の部屋との壁に丸い穴があいてるんです。なんだこれ?ニュルリン。
突然フル勃起したチンチンが出てきました。隣の客がペロペロしてほしくて突き出してるんですね。
しょうがないからシコってあげました(イかせられなかったけど)。そしたら今度は穴から手が! おれのチンコを触らせろってことです。ちょっとそれはカンベンなので逃亡!
青春ホモビデオ
ガッチリとくれば一間違いなくアッチだろ
かれこれ十数年前の話になる。ラグビーの名門校で活躍した俺は、その実力を買われラグビーの強豪大学へ進学した。一般学生のような華やかなキャンパスライフとは一切無縁、まるで傭兵のことく汗水を垂らしながら猛練習に明け暮れる毎日だ。もちろん休日などは年に数日しかなく、むさ苦しい同輩との寮生活も必須である。俺を含め大半の連中は一般的な中流家庭の出。その貴重な休みも、部費を稼ぐため日雇いの土木作業バイトに精を出さねばならなかった。
「なんか、もっとラクなバイトないかなあ」
ラグビーだけしかできない。馬鹿な連中と頭を突き合わせていたある日、スポーツ新聞欄の求人広告が目に入った。『モデル募集』その下に目をやると、
ガッチリスポーツマン短時間高額保障の文字が。
「おいこれイケルんじゃねえーかっ」
「だよな。俺たちガッチリだーもんな」
しかしいったい何のモデルなんだろうかと考え始める俺たちに、仲間のー人が言う。
「こりゃあ、ホモだな」
「ホモっ」
「わけのわからねえモデルで高額だろ、しかもガッチリと来た。間違いないねえアッチだよ」
アッチか。でもモデル程度で金もらえるんなら別に構わんだろ。
・募集広告に片っ端から電話をかけると、どの業者も、大学ラグビー部といっだけで好感触。「いつ来れるっ、ねえ、いつっ」とせっついてくる。うまくいけば収入を得られるかもしれないという期待に鼻の穴が膨らんだ俺たちは、とりあえずAという業者に面接にいくことにした。
数日後、オフの日にAを訪ねた。
やはり仕事内容はアッチ系の写真、ビデオのモデルで、ギャラは2、3時間で2万5千円だ。
「一般の店では販売されないから心配いらないよ」
心は決まった。日雇いの土木作業など朝から晩まで働いて日当ー万からー万2千円(当時)。たかが数時間で倍以上の金になるなんて素晴らしいではないか。次のオフの日、仲間と共に再びAに赴くと、すぐに写真撮影が始まった。まずはー人ずつ、上半身裸や下着ー枚での写真を撮られ、後は皆で話をしているところやジャレあってるようなのを数枚。幸い、アソコの撮影はなく、約束どおり3時間で終了した。「はい、こくろうさま」ギャラが手渡された。事前に髪を短くするよう言われていた俺には、別途散髪代も入れておいたという。合計3万円也。数日後、業者Aかり連絡が入った。
「今度はビデオを撮りたいんだ。休みは取れないか」「夏になったら数日休めますが」「あ、そう。じゃあそのときにしよう。今度は海外ね」
か、海外ッ
「どこですかっ」「うーん椅麗に撮りたいからハワイとか」
ハワイって、俺たちゃグラビアアイドルかよーでもバイトで海外に行けるなんて最高だな。
「で、今度は君と5君の2人・だけでいいんだけど」
どうやら顔や体つきがアッチの人たちにウケているらしーい。
結局、あまり時間のない一たちの都合に合わせグアムでの撮影が決まった。ギャラは5日間拘束で俺が4万、仲間は2万だ。俺のほうがイイ男なんだな、ふふ。人生初の海外、真っ青な海に面した白い砂浜に到着すると、さっそく担当者から声が飛んだ。
「それじゃあ、オナニーしてくれるか」
そう来ますか。こんなキレイなとこで、よりによってオナニーっすか。憂欝だったが、誰も来ない岩場の陰でオナニーするだけだと説かれ、了承することに。こんなとこまで来てヌケませんでは男が廃るだろう。神経質な俺を気遣って力メラマンは付かず、撮影は力メラを岩場に固定して行われた。力メラのアングルに入らないところへ洋物のエ口本を置き、意識を集中させる。ざっぶーん、ざざー。ああ、キレイな海だなあ。泳ぎてえなあ。なんでこそこそオナニーしてんだ、俺。ええーい、ままよースコスコスコ。金髪ギャルを見ながらちょっと集中するとあえなく発射した。野外っつーのもオツなもんだね。お疲れさーん。同様にオナニーを終え、後は2人がビーチで戯れるシーンを撮影し、仕事は終わった。
他の日は観光にあけくれ、うまいものをたらふく食わしてもらって、無事帰国。別れ際、お約束のギャラをもらい驚いた。
「特別に多くしといたから、言わないでよ」
封筒を開けてびっくり、万札は30枚も入っていた。
その後、味をしめた俺は2度ほどビデオの撮影を行った。ギャラは30万ずつ。やることはオナニーだけだ。そんなある日、渋谷でぶらついていたら、いきなり見知らぬ男に声をかけられた。
「君、あれだよねっほら、ビデオの」
げっ、顔バレしてんじゃん。やっぱ見てるヤツは見てるんだな
「はっ知らねえよ」とっさにゴマかしたその日以来、俺はビデオ出演をやめた。ちなみに現在はホモ業界も不景気らしく、よっぽど美形でたくましいモデルでもー回10万ほどしかもらえないそうだ。あのころはいい時代だったんだなあ。ここ数年、たまに各大学の運動部員たちがホモビデオに出演したしてないと週刊誌等を賑わせているが、どうかそっとしてやってほしいと願う。
過酷な部活動の合間にできるバイトなんて、あれぐらいしかないんだから。
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