0171_201811092311117ed_20191003174209fa6.jpg0172_20181109231112e13_20191003174212850.jpg0173_201811092311132c2_20191003174215e04.jpg0174_2018110923111522c_20191003174221412.jpg0175_20181109231117d10_20191003174223b6e.jpg0176_20181109231118b73_20191003174226014.jpg0177_201811092311192ff_20191003174227e31.jpg競馬好きの知り合いと話をしていると、大井競馬でコテンパンにやられたという話になった。よくあるポロ負け談義。これだけならどうってことない。しかし、ヤツはひとしきり敗北を語ったあと、こう付け加えたのである。
有り金勝負ば捨て身の美学
有り金ぜんぶ勝負できるか
「最後は残った小銭まで突っ込んじゃって、バス代もなくなったから歩いて帰った」
ない〜。これは聞き捨てならん。ヤシの家は高円寺。大井競馬場からざっと20キロはある。それを歩いたというのか。「うん。情けないよね」
ヤツによると、負け続けて迎えた最終レース。ポケットの100円玉までかき集めて馬券を買ったという。もちろん狙いは起死回生の一発。でもって、結果はお約束どおりの玉砕だった。わはははは。そりやあ無謀ってもんだよ、なんで電車代くらい残しておかないの、バカだなァ。そんなことを言いながら、ぼくはひそかに感動していた。歩いたことにジーンとしたわけじゃない。そうではなく、最後の100円まで馬券を買ったことに胸が熱くなってしまったのである。これはできそうでできないよ。ケシの毛まで抜かれたと言いつつ駅前のヤキトリ屋で一杯やってるなんてのは論外としても、ふつう交通費だけは取っておく。アツくなりがちな人間は、事前に帰りの切符を買って、ケシの毛1本は残す。残さなくていいのは歩いて帰れる近所のヤシだけ。長年の習慣で、交通費と勝負資金とは別勘定になっているのだ。だが、果たしてそんなものが真の勝負と言えるのか。たとえば最終レースに絶好の穴馬を発見したとする。この馬から流せば、どれがきても万馬券だ。しかし手元には300円しかない。家に帰るには280円かかる。この場面でキミは勝負できるか!
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