1_2019112020043603e.jpg2_2019112020043725f.jpg3_20191120200439e23.jpg4_201911202004401b5.jpg《私の彼氏が住居侵入・窃盗で逮捕されて今、留置場にいます。被害総額100万ぐらいで初犯です。初公判で刑事さんから求刑『2年6カ月』って言われて終わりました。来月に判決なんですが卦群猶予つきますか?教えて下さい。実刑になりそうでしょうか?》
矢継ぎ早の質問に戸惑うばかりだ。
詳細がわからないと何とも言えない、と送る。するとまた速攻で返事が。
《北尾さん、北尾さんのわかる範囲で結構です。教えてください、少しでも知りたいのです。初犯でも実刑になるんですか?》
その後、何度かメールのやりとりをしたが、彼女は、実刑になるかどうか知りたいとの一点張り。待ってくれ。読者なら、ぼくにそこまでわかるはずがないことくらい察しがつきそうなものである。ひょっとしてイタズラなのか。
電話番号を伝えると、すぐにかかってきた。声がうわずって興奮状態だ。イタズラとは思えない。
話すうち、ぼくに連絡してきた事情もわかってきた。彼女は、被告である内縁の夫と、ある地方都市から駆け落ちして、今年の初めから東北に。仕事ぐらいは何とか見つかるだろうと考えていたが、仕事そのものが少ないし、やっと募集を見つけて面接してもなかなか決まらない。わずかな貯金はすぐ
底をついてしまった。しかも彼女には連れ子がいて、春から小学校に入学したばかりで手が掛かる。
金も仕事もない。逃げてきた身だから親類にすがることもできない。ないないずくしでどうにもならなくなり、腹を空かせて落ち込む妻子を見かね、夫は窃盗をするようになったのだ。
働いてもいないのに金を持ってくることに疑問を抱かなかったのか。もちろん抱いた。犯罪の匂いもした。が、すでに追いつめられた心境だった彼女には、それより日々の生活をどうするかが大切だったという。
「明日食べる米がない。子供に着せる服がない。先の見通しもまったく立たない。彼が泥棒をしていることは気づいていたけど止められなかった」とすすり泣きしながら彼女がしゃべり続ける。慣れない土地、孤独感、子供に与える影響への心配、裁判の恐怖。ぼくに連絡したのは、地元に友人もおらず、相談相手もなく、不安で押し潰されそうになっているからだった。
刑事事件になったとはいえ、初犯であるし、事情も事情だから、執行猶予の可能性はある。でも、何度も繰り返したこと、被害総額が100万円を超えていることを考えれば、悪質だと見なされて実刑もあり得るだろう。弁償したわけでもなく、被害者の気持ちがおさまっているとも思えない。弁護士も、どちらとも言えないと口を濁しているそうだ。うかつなことを言うわけにもいかず、黙っていると、また彼女の泣き声が聞こえてくる。ぼくにはどうすることもできない。何の力にもなれない。だが、これも何かの縁だ。傍聴マニアのダンディ氏に聞いてみると、こうした事件のポイントは2つ。
被害者への弁償など、示談ができているか。社会に復帰したとき、同じことを繰り返さないためにも、仕事のアテがあるかどうかを裁判所は重視するらしい。
今回のケース、弁償も示談もできてなさそうだし、無職だとすると、実刑の確率もけっこうあることになる。つい傍聴に行くと言ってしまったが、目の前で実刑判決が下されたら、彼女をどう慰めればいいのか。かける言葉もないではないか。裁判所に向かう東北新幹線で、ぼくの気分は暗かった。
受付でスケジュールを確認し、場所を確認するため公判室を覗きに行く。と、向こうに立っていた女
性がこちらを見て会釈した。
「北尾さんですか。本当にきてくれたんですね」
彼女だった。目が真っ赤なのは昨夜ろくに寝ていないせいだろう。顔には涙の跡がたくさんあり、かなり前からここにきていたことを証明していた。部屋の前のソファに座ると、彼女が言った。
「証人になってくれる人がいまして、判決の前に証言をしてくれることになったんです.その方が仕事をお世話してくれることにもなりました」
それはいい。執行猶予への希望が高まる。もうひとついいのは、地裁での公判ではなく簡易裁判であること.新聞をにぎわすようなものではないということだ。てっきりどこかへ就職したと思って
いたところへ逮捕の知らせ。驚いて奥さんに連絡を取り、米を差し入れたりして面倒を見てきたという。住居も、以前娘が住んでいた家賃3万円のアパートへ、自分が保証人になって引っ越しさせたらしい。
「彼女は本当にいい.でね。ダンナも会ったからわかるけど、仕事があれば悪いことなんかしないって。子供がお腹空いたと泣いてさ、しょうがなくてやったのよ」成功に味をしめて犯行を重ねたこと
は言い逃れできない悪事。ちゃんと働いて弁償するまで事件は終わらない。実刑になってもしょうがない。でも、そうなったら奥さんは水商売でもするしかなくなる。本人はいいとしても子供が可哀想だ。だから自分は、彼を雇い入れることに決めた。おばさんは何でもないことのように語るのだった。ダンディ氏が言っていた、仕事のアテはできた。これは大きい。でも、なぜ。
「これも何かの縁だからね」
「でも…」「私は人情で動く人なの」うむむ、すごい。人間のスケールが違う。同じ《何かの縁》でも、ぼくのは彼女のためではなく、自分の好奇心を満たすため。自分が恥ずかしくなるよ。おばさんはこれまでにも、手に負えない不良と太鼓判を押されて行き場のなかった若者を雇い入れたり就職を世話したことが数多くあり、まるで駆け込み寺だと笑う。
「あの人たちも大変だけど、唯一良かったのは、私と知り合っていたことだよ、ははは」
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