0171_20190503225630409.jpg 0172_20190503225631120.jpg 0173_201905032256333fa.jpg 0174_201905032256345c9.jpg 0175_20190503225636f88.jpg 0176_20190503225637656.jpg 0177_20190503225639dd4.jpgその人のことを思い出すとチクチクと胸が痛む。そんな相手はいないだろうか。たとえば、ささいなことでケンカ別れした友人。軽い気持ちでついた嘘や流した噂で傷つけてしまい、自分から離れてしまった知人などである。
冷静に考えると悪いのは自分。でも、相手から何か言ってくるわけでもない。で、時がすべてを解決してくれるさと、楽観的に考えてみたりする。
謝るってのは楽しいことじゃないから、できれば避けたいのが人情。しかも、謝ったところで元の関係に戻れる保証もないから、ついタイミングを逃し、それっきり。そして月日が流れ、それぞれ違う道を歩き始める頃にはすっかり疎遠に。そうなると、もうどうしようもなくなってしまう。一言謝っておけばよかった。なんでオレはあんなことしたんだろう。そんな後悔が、苦い記憶となって残るだけ。普段は忘れていても、何かのはずみで思い出すとちよいと気分が重くなる。誰でもひとりやふたりは、そういう相手がいるのではないだろうか。
ぼくにはいる。人間関係が切れるときは相手を大嫌いになるか、ものすごく嫌われるかハツキリしているタイプなので、友人関係にはいないんだけど、その昔、さんざんからかった相手がいる。
担任の教師だ。高2のとき担任だった近藤隆先生(仮名)を思い出すたび、悪いことしたなあと思
ってしまうのである。ぼくだけじゃなく、当時の同級生と話をすると必ず近藤イジメの話題になって
しまうところをみると、みんな悪かったと思っているみたいだ。で、少しだけ神妙な雰囲気になって
「いつかワビ入れなくちゃなぁ」
とい易人云話で話が終わる。でも、誰ひとりとして謝ったヤツはいないのですね。機会もないし、いまさらという気分もある。そんなことしなくても困ることもない。これが表向きの理由。が、本音はくつのところにある。自分たちがからかったせいで、近藤先生のその後の人生が大きく狂ったとしたら、それを知るのが恐い。だったら多少後味は悪くても、ほうっておくほうが気楽なのだ。
この調子では一生、謝ることなどできないだろう。するとどうなるか。かつて高校だった自分の後ろ暗い部分を、ずっと便秘のように抱えて生きていかなければならないのである。まったく、あのころのぼくはイヤなガキだった。近藤先生は、ぼくらの学年から教師デビューした新人だった。教科は英語。ぼくは高2から編入したのだが、そのころにはすでに、近藤先生は生徒にナメられていたと思う。というのも、誰もが先生をあだ名で呼んでいたからだ。あだ名で呼ぶなんてけつこう愛されてるじゃないかと思うかもしれないが、そんなことはない。先生のあだ名は「エラ」だったのだ。エラが張っているから、そのまんまエラである。こんな調子で呼ばれたのは、まだ若かったせいだろう。それに加え、先生は生徒に軽く見られがちな特徴をエラ以外にも備えていた。色白で銀縁メガネをか
けた童顔のルックスは、典型的な学級委員タイプ。性格はマジメ一本で、ちょっと神経質そうでもあ
る。やせているのだが妙に姿勢がよく、そっくりかえって喋る姿はややバランスが悪い。怒ると顔を赤らめるからすぐわかり、じっと生徒をニラむのだが迫力はまったくない。生徒側から見れば、気が
弱くて情けない感じに見えたとしてもしょうがなかった。
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