ブルマ好きロリコン教師の秘めたる喜び0110_20181210011551d94_201910142015116bd.jpg0111_201812100115512f9_20191014201512bb8.jpg
今年で30才になる私は、田舎の小学校で5年生を担任している男性教諭です。最近は、小学の生活も相当荒れており、うちの学校にも不登校や校内暴力といった昔なら考えられなかった行動を起こす生徒が多数います。そのせいで形式的な職員会議が夜遅くまで開かれるのですから、まったく困ったものです。
私も一応は「金八先生」を見て育った世代のー人ですが、教師になった理由は、子供の教育に夢を持っていたからでも、荒んだ少年少女を更正しようと思ったからでもありません。私が教師になった理由。それは、女子のはくブルマと体操服とごく身近に接したかったからという、ただその一点のみなのです。
ブルセラか教員か2つに絞られた進路
私がなぜブルマに性的興奮を覚えるのか。そんなことをここに長々と書いても仕方ないでしょうし、自分でもよくわかりません。もちろん口リコンの気は否定しません。中学よりは小学のほうに魅力を感じるのですから、十分な口リコンでしょう。ただ、今の教え子たちと同じ小学5年生のときには、すでに姉のブルマを利用してオナニーをしていましたから、口リコンが長じてフルマ好きになったのではなく、元々ブルマフェチの素養を持っていたのだと思います。
彼女など作ることのできない青春時代を送ってきた私ですが、それほど内省的になった党えはありません。周りの生徒のブルマ姿を目に焼き付けてオナニーに励む毎日も、決して自己嫌悪に陥るようなものではありませんでした。ただー度だけ真剣に悩んだことといえば、大学3回時、進路問題に直面したときです。
「好きなことをして生きるのが幸せな人生である」
祖父の教えを胸に就職先を考えたとき、私の頭の中には2つの道が浮かびました。ブルセラショップの店員か、教師か。結局は安定志向が上回って教職の道を選ぶことになったのですが、あのときほど悩んだことは後にも先にもありません。こんなニ択を経て教師になった者も私ぐらいのものでしょう。
逆上がりはお尻を支えなければできない
小学教師。口リコンでブルマ好きの男にとってこれほどの環境は他にありません。と同時にこれほど欲望の制御に苦しむのもないでしょう。私の受け持つ5年生は、思春期を迎え、異性の目を意識しだす年頃。低学年には珍しくないブルマ姿で授業を受ける生徒も姿を消しますから、やはり楽しみは体育となります。
一応はカリキュラムが決まっているとはいえ、ドッジボールやバスケットで時間をつぶすことの多いこの授業。生徒は束の間の息抜きととらえているようですが、私はそれをよしとはしません。マット運動や鉄棒を頻繁に組み込むのです。みなさんも昔を思い出してみればわかるでしょう。体育の中でこれほど面白味のない種目はありません。よって生徒も私のことを単に厳しい先生だと思ってしまうようです。むろん理由など気付く由もありません。
マット運動がブルマ好きにもたらす感動は、筆舌につくしがたいものがあります。特に開脚前転をさせた場合、股関節の固い者はお尻が持ち上がらず、自然、教師である私が手助けしてやることになります。ごく当たり前のようにブルマに触れることのできるこの時間が、どれだけ興奮することか。しかも彼女らの脚は目前で大きく広げられているのです。
鉄棒も同じです。いや、むしろこちらのほうがブルマへの接触は容易でしょう。腕と背中を補助するだけで起き上がれる開脚前転と違い、逆上がりはお尻を支えなければ不可能なのですから。ああ、女子全員が運動神経に欠け、股関節が固ければどれだけ素晴らしいことでしょう。しかし悲しいことに、この年頃で運動神経がにぶいのは圧倒的に男子のほうなのです。目当てのコがすいすいこなす姿を見ると、まるであざ笑われているかのような気にもなります。
週にー度のクラブ活動もまた心踊るものがあります。なにせ他クラスの生徒はもちろん、胸の膨らみかけた6年生までもが私の目前で跳び跳ねるのですから。もし機械体操クラブを受け持つことができたなら、私の欲望はさらに充たされたことでしよう。もちろんこんなことは誰にも打ち明けるわけにはいきません。あくまで私はおとなしく真面目な先生。たまには浮いた話題の出る職員室でも、私が会話に加わることはまずありません。
卒業アルバムの写真がまたとないオカズに
ブルマそのものだけではなく、それをはいている生徒に思いを寄せることもあります。昨春卒業した生徒の中に、私好みのコがー人いました。小学離れしたムチムチ感の漂うコです。当時は4年生の担任だった私ですが、卓球クラブの彼女には触れ合う機会があったのです。
付き合いたい、というのが
本音でしたが、まさか告白するわけにもいきません。ならばせめて写真だけでも撮りたいと考えるようになりました。ところが学年が違えば修学旅行の引率もできませんし、球技大会の観戦もかないません。かといってクラブ活動中にカメラを構えるのも不目然です。
結局、私はアクションを起こすことができず、泣く泣く彼女の卒業を見送ることになったのです。しかしその後、予期せぬ喜びが降りかかってきました。卒業アルバムの中に、彼女がブルマ姿で走る運動会の写真が載っているではありませんか。それまで記憶の中にしかなかったオカズを目前に、私はよりいっそうの自慰に励むこととなったのです。
★このままではいつか犯罪に走るのではないか。それは自分自身でも十分に意識しています。しかし教職に就いている以上、この環境から逃れることはできません。私はこれかりも様々な誘惑の中で教師を続けることでしょう。
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